第24話 人間バンジー塞翁が馬
ここは地獄。
今日も亡者共が、その門をくぐり抜けてくる。
「お前は向こうだ、お前はこっちだ」
鬼がその者達を選別している。
「おいそこのお前、お前は前世で何をしてきたのか?」
言われた男は背中を丸めながら答える。
「へっ、あっしは詐欺を働いてまいりやした」
「詐欺師か? ならば、お前はこちらへと来い」
鬼はその男の首根っこを掴むと、荊で編んだ大きな籠の中へと放り込んだ。
「痛ててっ、何しやがるんでい」
身体中に棘による切り傷を作りながらも、男はなおも鬼に噛みついた。
鬼はギロリとその目で男を見据えると、静かに呟く。
「では、お前もあの者共といっしょに血の池へと落ちるか?・・・」
見ると、そちらへと集められた者達は首に重い枷をはめられ、一列になってはその向こうに広がる大きな赤い池へと入っていく。
「血の池?・・・」
「そうだ、前世で人を殺めた者共は、まずこの血の池地獄へと送られる」
「まず?・・・」
鬼は不敵に笑う。
「その後はどうなると思う? ふふふっ・・・」
男はゴクリと唾を飲み込んだ。
男は思った。
(良かった。うそぶいて『俺は人殺しをしてきたんだ!』なんて言わなくてと・・・)
鬼は集めた者達を一列にと並べた。鬼が言う。
「では、隣の者と手をつなげ」
もともと前世では人間に馴染めず素直ではない者達がここへと送られてきているのである、誰一人として手を繋ぐものなどいない。
すると男の隣にいた、チンピラ風の若い男が文句を垂れた。
「何で地獄にまで来て、こんな爺さん達と手を繋がなくちゃならねえんだよ!」
刹那、鬼は背中に担いだ大きな木槌を振り下ろす。
「だむっ!」
一瞬で、男の隣にいた若者の姿が消えて無くなった。
その様を見て、一列に並ぶ者達はすぐに互いの手を取り合う。
その男が問う。
「隣にいた者は?・・・」
鬼は木槌を拭いながら冷ややかに答える。
「この地獄で再び死んだ者は、もう転生をすることはできなくなるのだ」
「転生?・・・」
「輪廻転生。つまりはこの後、再び現世にて生まれ変わるということだ」
男は先程の者共を振り返る。
「では、あの血の池地獄へと入っていった彼らは?・・・」
「奴らは死ぬわけではない。まあ良くても微生物や虫けらといった下等な生物からのやり直しと言うことになろうな」
「下等な生物?・・・」
鬼の言葉に、男は再び唾を飲み込む。
男は思った。
(良かった。思ったままの不満を口にしなくてと・・・)
「手を繋いだか。ではお前達はあの橋を渡るのだ」
見るとそこには、深い谷に掛かる一本の細い橋が見える。橋と言えば聞こえはよいが、つまりは幅40cmほどの板の上を、一列になって渡って行くのである。
手を繋いだ者達は、皆足をガクガクと振るわせながら恐る恐るその橋を渡っていく。
男は手を取り合う別の男に声を掛けた。
「お前は、前世でどんな悪いことをしてきたんだ?・・・」
「痴漢と窃盗です」
答える男の手が小刻みに震えている。
今度は左隣の男に尋ねる。
「お前は?・・・」
「空き巣ですよ」
こちらの男は手を強く握り返してきた。
ちょうど橋の中央へと達したとき、鬼がその男に声を掛けてきた。
「ではそこのお前、この橋より飛び降りるのだ」
「えっ?・・・」
指さされた詐欺師の男は、まだ意味が飲み込めてはいない。当然周りで両隣と手を繋いでいる者達も同様である。
鬼がもう一度叫ぶ。
「お前達の両隣の者は、その男の足首をしっかりとつかめ」
「足首?・・・」
言われたとおり、痴漢の男と空き巣の男は、その詐欺師の足首を必死に掴む。
「さあ、では飛び降りろ!」
男は思った。
(こんなことなら、いっそ血の池地獄でひと思いに消え失せた方がましだったと・・・)
鬼はニヤリと笑う。
「早くしないか。これこそ人間バンジーだよ」
「人間バンジー?・・・」
「つまりは、お前が飛び降りる為の綱の代わりを、この者共がしてくれると言うわけだ」
男は橋の上に居並ぶ、無数の罪人たちを見回す。
「何で俺が飛び降りなきゃならないんだ・・・・」
「何で?・・・ さんざ、人を騙しては信用させてきたんだろう。今度はお前が、その者共を信用する番ではないのか?」
男は自分の足下を覗き込んだ。橋の遙か彼方には、谷底に白く流れる川が一本の糸のように小さく細く見えている。
男は思った。
(こんな奴ら、信用できる分けないだろう。こんなことなら、詐欺師ではなく泥棒でもしておけば良かったと・・・)
男はぼそりと呟く。
「つくづく、俺はついていないな・・・」
すると、鬼が蔑むようにと笑う。
「そうとばかりも言えないぞ。もしお前がこの人間バンジーに成功したなら、お前は再び現世で人間へと生まれ変わることができるのだぞ」
「人間へと?・・・」
男の顔が幾分気色ばむ。
男は思った。
(これはもしかしたらピンチじゃなくてチャンスなんじゃないか?と・・・)
鬼は更にまくし立てる。
「そうだ、目の前の災いがどう幸運へ転ぶかわからんというものだ。お前達人間の世界でもそう言うであろう。『人間バンジー(万事)塞翁が馬』とな・・・」
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