第49話 用意周到

 「やっぱり脅かすには、ピストルが一番だろう。念のため、ナイフも持っていくか。それに、人質を縛っておくためのロープもいるな。もし停電にでもなったら大変だし、懐中電灯と・・・ろうそくも入れておくか・・・」

 この男、何を隠そう、これから銀行強盗をしに行くのだ。


 通りの向こうに、お目当ての銀行がある。男は横断歩道を横切ると、閉店間際の銀行へと入って行った。

 行内に入ると、男は真直ぐ女子行員のいるカウンターへと向かう。途中、他のお客の視線が少し気にはなったが、そんなことにかまってはいられない。

 ところが、カウンターへ着くすんでのところで、後ろからフロアー係の男性行員に呼び止められた。

 「お客様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 当然だろう。冬でもないのに黒のトレンチコートに大きなマスク、サングラスにニット帽とくれば、誰でも怪しく思うに違いない。おまけに男は、三十キロ以上にもなろうかという、大きなリュックを背負っているのだ。どう見ても明らかに怪しい。

 

 男はその男性行員を無視するかのように、行内をキョロキョロと見回す。

 「お客様?本日はどのようなご用・・・」

 男性行員がもう一度、その男に尋ねようとすると、カウンターの下で何やらごそごそとうずくまっていた男は突然立ち上がりながら叫んだ。


 「やい、俺はとても凶悪な銀行強盗だ。今日はお金をもらいに・・・じゃなかった、奪いに来た。抵抗するものは容赦なくこのハジキの餌食だぜ・・・」


 男は、小さな紙にメモされた言葉を読み上げると、明らかに偽者とわかるモデルガンをちらつかせる。

 それでも、やはり女子行員にしてみれば怖かったのだろう。「キャー」と悲鳴をあげると、行内はたちまちパニックとなった。

 間もなく、この騒ぎに気付いた支店長が奥から飛んできた。見たところ四十代後半ぐらいであろうか、とても恰幅のよい男である。

 支店長はその男に尋ねる。

 「その玩具の鉄砲で、いったい何をしようというんだ?」

 「なに!・・・」

 男はその鉄砲を床に叩きつけると、今度はリュックの中から果物包丁を取り出した。どうやら、これは本物のようだ。

 「いったい、おまえの要求はいくらなんだ?」

 おびえるどころかこの支店長、今にもつかみかからんとしそうな勢いで、再び男に尋ねる。


 「じゅう、十五万だ!」


 男は少したじろぎながらも、自分の要求額を支店長に伝えた。

 「わかった、だがしかし、お金を用意するには多少時間がかかる。それまでソファーにでも座って待っていなさい」

 支店長は余裕の笑みを浮べると、男に指示する。と、同時に、近くにいた女子行員に目で合図を送った。警察への防犯ブザーを押しなさいというのだ。

 女子行員は勤めて冷静に、足元にあるブザーを二度押した。

 男はまた、何やらカウンターの下でごそごそとリュックを開け、中から荷物を取り出している。


 いつの間にか、カウンターの上は、その男が用意したさまざまなものでいっぱいになっていた。

 その中には、なぜか消火器や洗剤まで入っている。挙句の果ては、長期戦でも想定していたのだろうか、枕や歯ブラシまで出てきた。

 男はカウンターから離れると、支店長の支持通り、向かいのソファーに腰を降ろした。


 辺りを見回すが、すでに一人もお客はいなかった。もうみんな逃げて行ってしまったのであろう。

 男はリュックの中から本を取ると、大胆にもそれを読み始めた。きっと男にとって十五万円を用意するのには、相当な時間がかかると思ったに違いないのだ。


 しばらくすると、支店長がその男のところへとやって来た。隣には制服の警察官四人を従えて。

 しかし、その男は答える。

 「やっと来ましたね。早く私を捕まえてください。私は働く当てもなく、明日の食事もままなりません。むしろ私にとっては刑務所の中の方が天国なのです」

 これには、支店長も警察官も唖然とする。

 結局、この男は警察署で散々お叱りの言葉をいただいたうえで、無罪放免ということになった。

 男はまた、夜の街へと放り出されてしまったのである。

 


 次の日、男は再びあの銀行に来ていた。しかし、今日はその手に何も持ってはいない。

 男は昨日と同じようにカウンターへと向かうと、女子行員に向かってこう言い放つ。


 「お姉ちゃん、二千万円用意しな」


 カウンターの女子行員も、なにせ昨日の今日だ。顔も声もはっきりと覚えている。彼女は別におびえる様子でもなく振り返ると、奥の支店長を呼んだ。

 支店長は、再び面倒くさそうに歩いて来る。


 「また、お前か。いいかげんにしないと本当に刑務所行きだぞ!」

 支店長は回りの行員達に、かまわず仕事を続けなさいと目で合図をする。


 「ところが、今度は本当なのさ」

 男はニタリと笑うと、支店長にこう囁きながら、カウンターの裏側にガムテープで止めてあった薄い小刀を取り出した。もちろんそれは、昨日、この男が貼り付けておいたものである。

 「おっと、動くなよお姉ちゃん。お前さんの足元には防犯ブザーがあるんだったよな」

 男はそう言うと、女子行員の足をブザーから遠ざけさせた。男はなおも続ける。


 「金を持ち出す袋は後ろのソファーの下にある。もちろん、昨日隠しておいたのさ。おっと、抵抗したって無駄だぜ。あそこに消火器が見えるだろう。あれは俺が昨日持ってきたものだが、実は中身は毒ガスなんだ。さすがに作るのには苦労したぜ」

 

 そう言うと、男は手際よく防毒マスクを装着する。

 「命の欲しい奴は、俺の言うことを聞くんだな。つまりは、すべて用意周到ってわけなのさ・・・」

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