第7話 救援物資

 「来るなー 戻れー!」

 NGOが依頼したJ国の輸送機を見上げながら、男は必死に手を振る。


 「おっ、嬉しそうに手を振っているぞ。よし、このあたりに投下しよう」

 大型の輸送機からは、コンテナに詰まれた荷物が、次々と投下された。もちろん、中身は内戦に苦しむこの国へと贈られた、豊かな国からの救援物資だ。

 コンテナには、白とモスグリーンのコントラストの落下傘が三つもついている、かなり大きなものらしい。


 丘の向こうで、ドーンという音が四回した。おそらくは救援物資が地上へと到達したのであろう。

 輸送機はしばらくの間、上空を旋回している。

 男はありったけの声を振り絞って叫んだ。


 「もう来るなー もう救援物資はいらないんだー」


 もちろん、無線があるならこんなことをしなくても済むのであろう。しかし、通信設備はおろか、隣の村への道路すら、今は無い状態なのだ。男にとっては、こう叫ぶしかなかったのである。

 当然、この声が輸送機に届くはずが無い。それでも男は機のあとを追いながらも、必死に懇願する。


 「おい、機に向かって走ってくる男がいるぞ」

 「白人か。きっとボランティアの者だろう」

 低空で飛んでいる輸送機にも、その男の姿がハッキリとわかる。

 「よっぽど嬉しかったんだろう。今度はもっと大きなコンテナで運んできてやるか」

 輸送機の操縦士は、無線で本国にそのことを伝えると、満足に満ちた面持ちで、また飛んできた方向へと戻って行った。


 男はがっくりとひざをつき、輸送機が空の点となるまでにらみつけた。

 「何で・・・ 何で勝手に贈って来るんだ・・・」

 村の者達が、心配そうに男のまわりに集まってきた。


 そうだ、悲しんでばかりはいられない。男には、これからすぐにやらなければならないことがあるのだ。

 男は立ち上がると、支援物資が落下した所から少しでも離れた場所へと、村の者達を遠ざけなければならない。

 村の者達も必死だ。何しろ、この一分一秒が命取りもなるからだ。

 男と村の者達は、身を隠せる場所まで来ると、今来た丘の方へと眼を移す。うっすらと砂煙が上がっているのが見える。それに混じって、トラックか何かのエンジン音もかすかに聞こえる。


 夜になると、男達は村へ戻った。

 男は、かたわらに積んである真新しいテントの山を見て、ため息をつく。

 男のまわりには、眼をギョロギョロさせた笑顔の子供達が集まってくる。みんなポケットには、あり余るほどのお菓子が詰まっている。


 ここには何でもある。

 食糧も衣類も電気製品も、救援物資という名のもとに・・・

 ところが、過剰な食糧は腐ってしまい、悪臭と病原菌を生み出す原因となる。虫歯になった子供達からは笑顔が消え、変わりに地獄のような痛みとの戦いが始まるである。

 乾燥した砂に、フリルの付いたワンピースや女性用のブーツが無造作に埋まっている。


 電気製品などはもっと始末が悪い。何しろ、使い方がわからない。わかったとしても電池の切れたものなどは砂除けにもならないといった具合だ。


 これから先、いやでも村人と、この大地へは戻らないプラスティックとの共存が始まるのである。

 男は、村の者達の名前を一人一人呼びつづけながら、また、ため息と共に呟く。


 「それにしても、本当に困るのはあのコンテナだ。反政府軍のやつらは、空になったコンテナを集め、村人達を捕まえては牢屋がわりに使っている。何ともいまいましい救援物資だ・・・」

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