α2「現場回り」その1

 社会部の取材記録からどこの高校で事件が起きたのかは簡単に判る。まずは「校長が自殺した高校」の方で取材をしていくことにした。

 坂の途中にある高校。駅からの道もほぼ上り坂だった。外から見た感じでも校舎間の高低差は大きく、別の階が平面的につながっているらしい。見た目的にも建物が古い印象がある。

 公式ルートで取材してもおそらく門前払いになる。そう思って生徒への聞き込みから始めることにした。

「あの、愛東新聞の者ですが、お話とか伺ってもよろしいですか」

 女子生徒を捕まえ、記者証を見せる。噂話の類は女の子から集めた方が効率がいいと踏んだからだ。

「えー、何についてですかぁ?」

 文末を延ばす言い方をする生徒だ。煩わしく思えるが、話を聞く以上態度には出さない。

「六月に起こった事件について、ですが」

「あれって自殺じゃないのぉ? 校長でしょぉ?」

 確かにその認識は間違っていない。間違っていないが、私の聞きたいことはそんな単純ではない。

「その前後で何か変わったことが高校で起こりませんでしたか?」

「変わったことですかぁ? うーん、なかったっぽいかなぁ」

 せめて何か情報が欲しい。聞く分野について変えてみる。

「あとこの学校には『七不思議』なるものがあると聞きましたが、それについては何かありますか」

「なんか『幽霊が出る』とかは聞いたことがありますけどぉ、それくらいかなぁ」

 そちらにも引き出しは少ないようだ。お礼を言って、別の生徒を探すことにする。

 次に捕まった生徒は眼鏡をかけた、真面目そうな少女。事件についてはこちらも詳しいことは知らなかった。しかし、七不思議の方では引っかかる。

「そうですね、『視聴覚室に幽霊が出る』『校長室の床下に地下室がある』『木にひっかかったワイシャツ』『しずくという名前の生徒は入学できない』『花が咲かない桜の木』『三年八組は倉庫だった』だったと思いますが。七つ目については知らないです」

 それでも大したものだ。ただ七不思議は七つ全て知ってしまうとよくないことが起こると言われているので、その辺りの関係で誤魔化したのかもしれない。もっとも、自分が学生の頃に流行った七不思議は自分が聞いただけでも十五くらいあったが。

 他の生徒に聞いても判らないか例の少女の知っていた範囲で、七つ目が出てこない。逆にそれはすごいじゃないかと思ってしまうが。

 翌日、私はアポイントメントを取って先生達に取材をかけることにした。ただ予想通り、口は重い。


 ──事件の前後に変わったご様子はありましたか?

「そうねえ……何かあったということはなかったですな」

「職員室ではあまり見かけないのでなんとも」

「何かに怯えているのはいつものことですので」


 ──この学校には七不思議があるみたいですが、それについては? しずくという名前の生徒は入学できないとか。

「生徒達では回っていたらしいですね。ただ、そのような名前はあまり見かけないといえばそれまでですし」

「ここを受けて合格できなかった生徒さんが、その言い訳として言い始めたんじゃないですか?」

「ここだけの話、その単語を口にすると幽霊に遭遇するという噂があるので、我々教職員も使わない傾向にはなっていますが……。生徒の入学如何までは影響しないと思います。まあ、合格かを最終的に決めるのはもっと上の方々ですけどね」


 七不思議なるものはある、しかしその真偽については不明。取材した結果はそんな感じ。そして明らかにはならない「七つ目」。

 職員室を出て高校外での取材に戻ろうと思ったとき、目の前を不思議な魅力の少女が通った。何というか、ずっと前から知っているような。ここの生徒を以前取材したことなど、ないはずなのに。

「ねえ、あなた」

 声をかけると、彼女は振り返る。後ろでまとめ垂れ下がっていた髪が、遅れてぐるっ、と円を描く。

「ああ、見えるのね、私が」

 私が怪訝な顔になると、ああこっちの話、と手を振って誤魔化す。

「七不思議について聞き回っているんですよね? 七つ目が知りたいとか」

 女子高生の間の噂はやっぱり早い。

「私、知ってますよ。七つ目の七不思議」

「それは、何」

 反射的にその言葉は出た。記者根性なのだろうか。

「『この七不思議は全て本当のこと』ってのが七つ目です」

「え、それだけ……?」

「それだけです。残念ですか?」

「いや、それが本当なら受け止めるわ」

 ただ七不思議が全て真実なら、実際に調べてみないと記事にならない。特報部としての記事にはなりそうにはないが、何か手がかりが出てくるかもしれないという打算もある。

「あ、くみちゃん」

 長い髪と短い髪、対照的な髪の長さの女子生徒二人組がそこにやって来た。ついでとばかり、彼女達に聞く。

「あなた達は、校長について何か知っているかしら」

「何かって……、くみちゃん、言ってもいい?」

 これは意外に当たりだったかもしれない。

「別にあの人のこと嫌いじゃなかったし、穏やかにしてほしいなって」

 これはもしかして、教師と生徒が恋愛していたとか、そういう系の話になるのか。その筋なら自殺の理由にならないこともない。

「そうだよね、荒らされたくはないよね」

「私達の知っているのはほとんど、くみちゃんか部長さんの受け売りになっちゃうからね」

「じゃあその『ブチョウサン』とやらに取り次いでもらえるかしら」

 すると短い髪の方が携帯電話をスカートのポケットから取り出し、電話をかける。短いやりとりの後機械をしまい、私に言う。

「オッケーが取れました。ついてきてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る