6-5.反乱軍の意思

 ガーセルの集めた反乱軍はベルストンの読み通りに、南の領地に入ってすぐの丘陵で待ち構えていた。

 先王から、騎士団長襲名の際に受け取った甲冑に身を包んだガーセルは、その先頭で語気も荒く熱弁を振るう。


「女の王など何の役にも立たないことを、我らは国民達に知らしめるべきだ! 現に天使を見よ。女王を認めたか? シャルハはその地位にしがみつくのみで、一向に天使に愛されてはいない!」


 降り始めた雨の中でも、反乱軍の熱気は冷めない。


「栄えある王国の未来のため、そして国民のため、資格なき王の冠を奪うことが、我々の使命だ!」


 ガーセルを讃える声が四方から上がる。

 その台詞が口先だけか本心だけかは、実際のところ彼らの半分も気にしていなかった。

 地方諸侯と保守派を集めた軍隊は、ガーセルが王となった場合の利益のみを目的としていた。

 元々、男の王が続いていたのだから、ここでガーセルが王になったところで、劇的な変化は訪れない。そして直系ではないガーセルが王になれば、地方諸侯達がそこに取り入る隙が生じる。


「ガーセル新王!」

「共に新しい時代を作りましょうぞ!」


 湧きたつ喝采にガーセルは満足をしていた。

 先々王の孫の中で最初の男児として生まれたのはガーセルだった。

 この国の王は、その殆どが妾を持たず、仮に婚外子がいたとしてもそれを王室に入れることはなかったため、先王の妃がシャルハのみを産んで亡くなった際、ガーセルの母親は自分の子供こそが次の王になると信じていた。

 それを聞かされていたガーセルは、当然自分が王になるものだと決めつけていた。

 シャルハが王になると決まるまでは、ガーセルは比較的友好的だった。自分が王になっても、何らかの厚遇は与えてやろうと思っていた。

 だが先王はその期待を裏切った。


「私こそが王に相応しい。私が王となれば、貴君らに相応の褒美は与えよう!」


 勿論先王は、ガーセルを王にするなど一度も言ったことはなく、裏切ったことにはならないのだが、もはや思い込みと刷り込みがすぎたガーセルに、その理屈は通じなかった。

 自分が王になると思っていたからこそ、自分より年下で、しかも女であるシャルハが武勲を上げて、剣の腕も上であることを良しとしてきた。

 それが無くなった途端、ガーセルの中でシャルハは、ただ邪魔な者となり果てた。


「女王軍は混乱している。シャルハは私を反逆軍として捕らえて、罰を与えるつもりだろう。しかし! 我らが反逆軍ではなく王国軍となるチャンスは今しかない!」

「その通り!」

「女王シャルハを廃位に!」


 士気が絶頂に達した時、女王軍が南の領地に入ったことを知らせる笛の音が鳴り響いた。

 それほど遠くもない場所から、馬の蹄の音が聞こえる。

 ガーセルは自分の馬に跨ると、王都から続く街道より向かってくる、女王軍の姿を見た。

 先頭を走るのは、予想した通りシャルハだった。

 甲冑で身を護っているが、その体躯は周りの男達よりも小さいので、顔を見ずともすぐにわかる。

 しかし、そのすぐ後ろにいる老兵を見つけると、ガーセルは我が目を疑った。


「ベルストン……!」


 他の者も同じことに気付き、軍に動揺が走る。

 その厳しさと勇猛から、戦神とすら言われた前騎士団長。三年前にその座を退いたが、当時のことは皆の記憶に新しかった。


「ええい、怯むな! 所詮は老人! 女王軍は彼に頼るしかないほど、追いつめられていると考えろ!」


 動揺が広がり切らぬうちに、ガーセルは全員を叱咤する。

 向かってくる女王軍に、右手に握った剣の先を突き付けた。


「全軍突撃せよ!」


 その声が届いたのか、シャルハもまた同じように剣を向ける。


「反逆軍を鎮圧せよ!」


 互いの軍の馬の蹄の音と、怒号が丘陵を支配する。

 ガーセルは真っ先にシャルハの方に馬を走らせた。

 飛び交う弓を剣で斬り落とし、力強く地面を蹴る馬の蹄の音にのみ集中する。誰もが、その意図を悟ったかのように、その行く手を阻まない。

 視線の先にいるシャルハだけが、ガーセルの求める戦果だった。

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