3-8.女王陛下の指輪

 客人たちはその音に驚いた顔をして、視線を一点に集中させた。だがその先はシャルハのいるテーブルではなく、会場に設けられた壇上だった。

 壇上には道化師が複数人立っており、そのうちの一人が華やかな色の紙風船の残骸を、誇らしげに掲げている。破裂音の正体を見て、客人たちは一様に期待の色を目に浮かべた。


「あれはこの国では有名な……」

「なんでも素晴らしい奇術を見せるとか」

「それは楽しみですね」


 そんな会話の片隅で、シャルハは呆然としてユスランを見ていた。

 ウナに渡すための大皿で、咄嗟に腸袋を受け止めたユスランは、腕から首あたりまで血に染まっていた。


「大丈夫ですか、女王様」

「君こそ平気なのか?」

「平気とは言いにくいですね。怪我をしているわけではないですが、凄いにおいだ」


 軽い口調で言いながら、ユスランはシャルハのドレスに目を向ける。ユスランほどではないが、シャルハも血に汚れていた。


「誰かに見られると厄介です。外に出ましょう」

「だったら、こっちに」


 道化師たちの演出用に照明は落とされており、二人の姿を気に留めるものはいない。シャルハはユスランについてくるように言うと、テーブルのすぐ近くの衝立の裏に入り込んだ。

 そこには人一人が通れるような通路が口を開けて待っていた。


「使用人たちが給仕に使う出入り口だ。今は誰も使わないので衝立で隠しておいた」

「それは幸運ですね。早いところ隠れましょう」


 賑やかな会場を後にして、二人は狭い通路へと飛び込む。狭いと余計に血の匂いが目立つが、幸いにしてシャルハは血の匂いには慣れていたし、ユスランも特に何も言わなかった。


「なんだったんだろうか」

「性質の悪い悪戯じゃないでしょうか」

「……ボクの即位を気に食わない誰かか」

「僕が貴女と話をしているのに嫉妬した誰かかも知れません」


 飄々とした口調で答えるユスランを、シャルハは狭い通路を進みながら一度だけ振り返る。


「しかし、よく反応出来たな。ボクも何か飛んで来たのには気付いたが、コルセットが邪魔で動けなかった」

「娘がお転婆なので、よく石を蹴り飛ばしたりするんです。慣れというやつですね」

「君の娘が俄然気になってきたよ」


 通路を抜けると、城の裏口に出た。

 裏口には一つだけ松明が灯してあり、その灯りの下でシャルハは改めて相手の格好を見る。


「その服は……どうしたものか。隣国の王子を招いて服を汚したとなれば、問題となる」

「替えは持ってきてあるので大丈夫です。第五王子に与えられる正装なんて、兄王子の御下がりばかりですから、価値もない。隠しておいて、国に帰ったら狩りにでも行きますよ。そこで鹿を捌くのに失敗したことにしましょう」

「狩りはしないと言ったではないか」

「出来ないとは言っていません。ただ趣味ではないだけで」

「君は存外、肝が座っているんだな」


 感心したようにシャルハが言うと、ユスランは首を竦めた。


「馬に蹴られた時のことを考えたら大抵のことは笑い話で済みますから」

「なるほど」

「それより、女王様。指輪にも血がかかっていますが大丈夫ですか?」


 シャルハは血に汚れた左手の指輪を見て、「あぁ」と苦笑した。


「安物だから心配しないでくれ。こっちだったら大問題だったけれど」


 右手を首元に伸ばすと、チェーンに繋がった無骨な指輪を胸元から引っ張り出した。


「王家の指輪だが、先王達が男だったためにボクの指には合わなくてね。こうして首にかけているんだ」

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