5−5「つい饒舌になってしまうよ」

 あと一歩、クロが丁度踏み込み位置に決めた十字路の交差点。建物の陰から乗り出してライフルらしきものを構えた機体は、クロ機にその銃口を向けていた。


 まさか、全てはこのための罠!?


 最悪の可能性に心臓を抉られたような喪失感に襲われる。それでも、まなこは急に出現した機体を注視し、頭ではその情報の分析が始まっていた。人間である以上、動揺を完全に防ぐことはできないが、慣らして上手に付き合うことはできる。命のやり取りを行う駆人としてクロはそのような訓練を受けていた。


 敵機の待ち構えていたにしては直立の姿勢、それに射撃の反動を微塵も抑えようとはしない腕部の構え方。いかにも素人くさいが、この敵機に構っていたら、ザッパーに再び間を空けられてしまう。少しでも手間取ると追っ手の相手もしなければならない。そうなってしまえば、もはやザッパーに追いつくことは不可能だ。


 どうせ当たらない。最悪、胸部に一発ぐらい何とかなれ!


 クロはこの機体に対応しないことを決めて、ザッパーの方を優先した。死をも予感させた敵機の横に脚をつく。これで機体の速度、距離共に条件は整った。踏み込む脚の着地の際、跳躍を若干遅めて機体をつんのめらせ、重心をさらに前にもっていく。自壊を防ぐために抑えていた跳躍の出力を解放し、ここぞとばかりに全力でペダルを踏み抜いた。


 これで、終わりだ。


 真横で響いた射撃の音を意識から追い出し、急に上がった機体の速度で操縦席に押し付けられることを期待したクロ。しかし事象は起こらない。その僅かな時間の差異で瞬時に異常を感じ取り、咄嗟に別の入力を入れた。


 完全に重心の崩れたクロ機は、踏み切ろうとした反対の脚を出してギリギリ転倒を防ぐ。操縦席にけたたましい警報を鳴らしながら、機体は長時間に渡り道路を抉ってようやく停止した。


『脚部被弾。右の跳躍機関が逝っちまった。今ので左脚もやべーぜ』

「くッ……」


 クロは乱暴にボタンを殴りつけて警報を止めた。クロ機の跳躍は突如現れた敵機の攻撃によって不発に終わる。その間にザッパー機は塵の中に消え、しばらくして反応も消えた。追撃していた敵機の反応もなくなっていた。


 そんな、取り逃がした。


 クロの殺意がザッパーに及ぶことはなかった。メイカから発せられた命令を、アイゼンに助けてもらったにも関わらず果たせなかったのである。ザッパーに致命傷を与えた方法をやり返されるとは何と皮肉なことか。


『ちょっとクロさん、この前のメイカ様よろしく悔しそうな声出さないでくださいよ。今回は勝てそうですからね』

『ん、ザッパーは手負いだ。あの分ならその辺でくたばるだろう、死に様を見れんのは残念だがな。まぁよくやった。あと、お前の運のなさもよくわかった』

『そうそう。死ななきゃオッケーよ』

『こっちは全機撃破した。そんなときもある』


 反省の間もなく聞こえてきた通信にクロの険しくなった顔が解ける。そう、まだ“勝てそう”であって、勝ったわけではないのだ。


「ありがとうございます。……最後の1機を処理します」


 クロ機はザッパー機への一撃を邪魔した機体にゆっくりと近づいた。最初に行動を起こして以降、一切動きがないのをみるに、ザッパーを逃す目的を果たしてこれ以上戦う意味がなくなった、とかそんなところだろう。


 時間が経って塵がいくらかマシになり、少し距離があっても機体を確認できた。白のYOROI、ライフルと大型ブレードを持った所謂傭兵スタイルの敵機は、クロ機の方を向いて立っている。そこそこ整備された機体だが、強そうな気配は全然伝わってこない。あまりにも無抵抗でどうしたものかと思っていると、メイカが話しかけた。


『お前、敵のクライアントだな?』

『いかにも。私は未来へ踏み出す勇気の一歩の代表をしていたデュークマンだ。君たちの強さはわかっていたことだが、いやはや恐れ入ったよ』


 敵意を一切感じさせない男の声はやや上ずっていて硬い。


『雇い手が傭兵を守るとはどういう了見だ?』

『彼は私たちを勝たせるために色々としてくれた。私は私なりにしてあげられることをしただけだよ』

『それが本心なら相当おめでたいな』

『どうなんだろうね。本当は死ぬ間際になって、何でもいいから達成感を得たくなっただけなのかもしれない。理由なんて曖昧さ。嬉しさの中にも悲しみはあるし、愛おしさの中にも憎しみは存在する。自分の中でも100%確かでないのに、それを言葉にしてしまえば、もっと確かでなくなる。……ハハッ、どうでもいいことなのに、つい饒舌になってしまうよ』


 デュークマンは恥ずかしそうに笑った。誰かと話をして、言葉を発していないと自らの死を意識してしまい、怖くてたまらないのだろう。おそらく駆人になってまだ日は浅い。初めての出撃で似た様子になる駆人をクロは何人か見たことがあった。


『あの状況でそのまま逃げることもできたはずだが?』

『いいや、そんなことはしない。未来へ踏み出す勇気の一歩はデレクタブルだからこそあるんだ。……西の大征伐で全部を失った。どうしてもやりきれない未練を抱えた私たちが、死に場所を求めて集まったのが初まりだから』


 僕も似たようなものだな。


 他人からしてみれば、取るに足らないようなことで縛られる人間を愚かだとは思わない。クロはデュークマンの言葉を聞いて率直にそう思った。ザッパーとの戦闘から冷めやらぬ興奮で少々感情的になっている。


『急速に人が増えて、いつしか目的も変わってしまったけど……そんなに甘い世界ではなかったね』


 ここで、これまで棒立ちだったデュークマンのYOROIがブレードを肩部に担ぎ、半身になってライフルを構えた。そして頭部のアイライトが一度だけ強く光を放つ。


『だからさ、最後は傭兵になった身として、昔の、それから今の仲間たちに自慢が出来るように、あのザッパーに勝った君と勝負をさせてもらうよ』

『面白いな。いいだろう』

『……ありがとう。せっかくだから名前を教えてもらえるかい?』

『どうせすぐに広がる情報だ。構わん』


 メイカに許可を求める前に答えが返ってきた。ザッパーには逃げられてしまったが、目の前の目標を倒せば依頼は果たされる。とはいえこのデュークマン、少し話を聞いただけなのにどうにも憎めない男だ。


 せめて満足してもらおう。


「ゼンツク傭兵団、クロ・リースです」

『いずれはアイゼンさんに代わり、我が団の代名詞となられるお方です』

『おお、それは凄い』


 クロは自らが強いと思われるイメージで、落ち着いた雰囲気を匂わせるよう静かに名乗った。冗談にしても波紋を呼びそうな一言を秋山が添える。そして、感嘆の後の静寂。


 あとはクロとデュークマン、二人の世界である。


『……では——』

『「勝負!」』


 かつては栄えていた大都市デレクタブルの一角、塵に包まれた戦場にブレードの交錯した金属音が大きくこだました。

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