4−5「オッケーいっちょやったるよ!」

「接敵の予想時間は200秒です。有効射程を考えればマイナス10秒ぐらいでしょうか」

「余裕だ。到着したらすぐにリムの機体を出せ」


 ゼンツク一行は所定の位置へと急いだ。目指すポイントである建物の上に立てば、高いビルに囲まれているターミナル付近を直接見ることができる。そこは諜報部隊の綿密な調査によって発見した絶好の狙撃場所であった。


 後出しの争いは既に終わっている。ここからは部隊を展開する場所と速さの勝負だ。特にゼンツク側は車両群を防衛する意味でも、攻めの起点となる場所は重要となる。


「到着っす」

「ッ……!」


 急ブレーキが掛かり、メイカの首が一際大きく振れた。正直今のは危なかった。否、微妙な違和感を感じるあたり、ダメだったのかもしれない。それでも、秋山が笑って見ているのできっと大丈夫である。


『機体に異常なーし。オッケーいっちょやったるよ!』


 すぐに輸送車両の起き上がったハンガーからリム機が降ろされ、生き生きとした叫びで動き出した。目的の場所へは直接行けないので、近場の屋根を跳び移りながら軽快な動作で上がっていく。これこそ跳甲機の強みだ。先の一戦の負け惜しみではないが、跳躍はやはり跳甲機の重要な機能である。


 リム機は無事にたどり着くと、床にバンカーを打ち付けてキャノンを構え、盤石の射撃姿勢を整えた。


『俺も出る』


 両手にライフル、肩部に大型ブレードと索敵ランチャーを装備したアイゼン機が接近中の敵部隊方向へ大跳躍した。これでゼンツクの部隊展開は完了である。


 リムのいる前方は開けた直線の長い道路で、その脇にはちょうど跳躍で超えられそうな高さの建物が隙間なく並んでいる。建物の屋根を伝って来るならリムが、道路を進んで来るならアイゼンが対処できる。先行部隊を迎え撃つ布陣は万全だ。とりあえずしばらくはこの二人に頑張って貰えばいい。


 余裕のできたメイカはデレクタブルの全傭兵たちに通信を飛ばした。


「あーあー、聞いているか、ケチな貧乏傭兵共。私は傭兵団ゼンツクのメイカだ。今から未来へ踏み出す勇気の一歩と一戦交える。それ以外の奴に用はないが、出てきたら容赦なく潰す。死にたくなかったら大人しくしていろ。以上だ」


 名前が知られているというのはこういう時に便利だ。細々と生きる傭兵にとっては戦場で出会いたくない相手だろう。ミライからゲリラ戦を仕掛ける命令が出ていたとしても、しけた報酬に命を張る者がいるとは思えない。これで十分な予防線が張れた。


『おーすメイカ、死地に踏み込んじまったのにえらく威勢がいいな。それとも気づいてねぇのか? おめぇはもう逃げらんねぇのよ、今日でゼンツクは終了な』


 いつか聞いた鬱陶しい声が耳に届いた。ザッパーである。通信が来るなら普通はミライの団長だが、この男であれば貧乏な弱小クライアントぐらい支配下に置いていそうだ。敵からの下らない通信は無視することも多い。しかし、この一戦に関しては戦況に応じて煽りを挟むのも悪くない。メイカは努めてふざけた態度で対応した。


「そうだったか。負けることなど微塵も考えてなかったから知らなかった。礼を言おう」

『……じゃ、余裕がなくなってく様子でも拝ましてもらうわ』


 そこでちょうど先行していた敵部隊4機が遠くの交差点を曲がって姿を現した。デイが3機に“筍一号”が1機。エンブレムもなければ、所々塗装が剥げていて見窄らしい。このいかにも弱そうな部隊は恐らくミライだ。ホルテンジアの傭兵ならば、もう少し見た目に気を使うはずである。


 さらにいえば、筍系を開発した“シトロン”は跳躍機関の技術に秀でており、その機体は山中や岩場などの足場が安定しない場所で真価を発揮する。市街地戦では利点を生かせないどころか、まして筍一号は自動制御を嗜む駆人に扱える代物ではない。ひとつでも何か褒めるとしたら、それは事故りやすいデイに乗り込んだ勇気ぐらいである。


『しっかし呑気にキャノン構えてていいのか? 前に出てるエースのアイゼン様は万全じゃねぇんだろ? 間を抜かれて即決着ってのは詰まんねぇから止めてくれよ』


 なるほど。そこまで知っているか。


 ゼンツクに強者の駆人アイゼンありというのは周知されていることだ。しかし、その絶対的エースは扱う機体に対して繊細なところがあって、操縦に違和感がある状態では、満足に力を発揮できない面倒な一面をもつ。メイカはこれまで知られているとは思わなかった。前回の作戦で機体を損傷した一番機は左腕部を取り替えたのだが、未だその調整に手間取っている最中だ。故に本作戦でアイゼンは補助的な役に回っている。


「心配ない。丁度いいハンデだ」

『対処する』


 アイゼン機が道路を直進し、ライフルの有効射程まで詰めていく。アイゼン機が迫ってきたことで敵部隊は動きを止め、同じくライフルによる先制攻撃を仕掛けた。気にせず突っ切っても簡単に当たる距離ではないが、即座にアイゼン機は大きく右に跳んだ。建物を挟んだ反対側の道路に移るらしい。その行動は完全な状態に比べると、どこか少し消極的に感じられる。


 アイゼン機の軌道をなぞるように敵部隊の銃口が動いたその時、筍一号の胸部にキャノンの砲弾が直撃した。高所から角度をつけて貫通した弾は道路に刺さって、その残骸を飛び散らす。直後、風穴の空いた敵機は爆散した。


『私もいるんだから無視しないでね。ボケっとしてたら呑気に構えたキャノンでぶち抜きまーす』


 リム機に意識を向ければアイゼン機への対応が疎かになり、その逆もまた然り。そこいらの傭兵は実戦で跳甲機の操縦を学んできたといえば聞こえはいいが、要は己の体を動かす感覚で操縦できるほど技術が成熟していない。複数のことに意識を割いたり、思いどおりに動かせてもらえない状況では、著しく能力が落ちるものだ。


 一瞬にして目の前の機体がやられた残りの敵3機は、取り乱して屋根や道路に散開した。それをアイゼン機は装甲の薄い背中側に回り込んで、ライフルを軽々と命中させていく。追撃によって逐次敵機は刈り取られた。


『ターミナル上に敵機発見!』

『実はそいつもう狙いつけてたんだよー、ねッ!』


 一方、リム機はターミナルの陰に姿を覗かせた遠距離武装の機体の半身を大破させた。損傷する直前に放たれた敵の砲弾は、リム機を狙っていたか疑わしい程逸れ、町の瓦礫を増やした。操縦の技量に加えて、慣れない武器を使えばその差は歴然である。とはいえ、索敵も届かないノーロックでの撃ち合いを一発で決めるとは、リムの狙撃もなかなか様になってきた。

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