1−4「雑魚しかおらんのか」

「ん、来るか」


 敵の一団の先頭を進んでいた機体が急停止し、残りがこちらの3つの部隊配置に合わせて3手に分かれた。左右に6機づつと、2機がアイゼン機に向かってくる。真ん中の集中突破は左右に挟まれるので、現実的ではない。それでももう少し数を割いてくると思っていた。アイゼンの実力を考慮しているのなら、敵の頭はできる。ついに各所で撃ち合いが始まった。


『ゼンツク傭兵団、アイゼン! 突撃する!』


 早々にアイゼン機は前に来た2機に突っ込んでいった。経験からくる優れた予測によって被弾を回避し、距離をとった敵機の片方に的を絞って一気に詰め切った。旋回の遅れた敵機の真横に滑り込み、もう1機の攻撃から盾にできるような位置を取る。そして胸部横、装甲の薄い部分を確実に捉えて弾丸を叩き込んだ。


『敵機撃破』


 攻撃を受けた敵機は直後に制御を失って転倒した。


「本日も絶好調ですねぇ」

「初めからこいつの心配はしてない」


 両翼では守備部隊が盾を使って壁を作りながら、お手本のような戦線を築いて戦っていた。敵も無理には突っ込もうとせず、互いに有効射程ギリギリでの撃ち合いが展開されている。故にどちらにも被害は及んでいない。


「入りの感触は思ったほど悪くないな」

「このまま膠着してくれるとありがたいですが」


 防衛側であるアザーは戦闘が長引くほど有利だ。敵の一団に弾薬や予備のバッテリーを積んだ機体は見当たらなかった。この状態が1時間でも続けば攻撃手段を失った敵は引き上げる他ない。そういった意味でも荒野のど真ん中にあるこの町は強い。


 しかし、その後すぐに戦況は傾き始めていった。




『こちらA1番! 押されてる! もうダメです!』

『B2番! た、隊長機が大破! 戦線の維持は不可能!』

『――――』


 しばらくしてノイズ交じりに次々と守備部隊の不穏な通信が流れ始めた。守備部隊は戦法を理解しているものの、技量の面から綻びが生まれていた。そこからできた隙は次第に広がっていき、徐々に押し込まれている。


「チッ、雑魚しかおらんのか」

「訓練しているのか怪しいレベルですねぇ。これ以上被害が出る前に、先にこちらから下がると言いますか?」

「ん、仕方ない。通信の用意だ。まさか初陣というわけでもないだろう」

「場所が場所だけに、わかりませんよ」


 なおも両翼の部隊から機体の損傷を伝える報告は止まらない。それでも本部から撤退の指示が出る気配は一向に感じられなかった。本部には違った戦局でも見えているというのか。なんにせよ、役に立たないどころか邪魔な存在である。


「はいメイカ様、準備できました」

「よし、繋げ」


 指示を出すと、ガヤガヤ騒がしかった通信が荒い鼻息に切り替わった。


『どうした? 油を売っている暇があるならさっさと敵を追い払わんか!』

「あいにく私たちは撤退するところだ。お前の部隊もさっさと下がらせろ、負けるぞ。それと待機している部隊も前にもってこい、いないよりはマシだ」

『ごちゃごちゃうるさいわ! 撤退だと!? 貴様らこの町を盾にするつもりか。己の被害を抑えようと手を抜いたな! 傭兵はすぐ下衆な事を考える』

「塀やら門が壊されれれば報酬から引かれる契約だというのに、手など抜くかクソが。お前のとこの作戦本部が話にならんせいだ。守備部隊の管理もできんのか。組織を腐らせるならさっさと身を引け、それか死ねバカ!」

『うるさい、こちらのせいにする気か! 貴様らの実力が至らんだけだろうが! いいか、我らが守備部隊が命を賭してまでここを守っているのだ。貴様らも御託を言う前にそれくらいせんか!』


 怒鳴り散らした後に荒い鼻息はなく、通信は切断されていた。


「通信切れましたねぇ」

「クソがッ!」


 メイカは衝動の赴くままに、前の壁を思いっきり蹴った。接触したところから徐々にじんわりと熱を帯びる。


 これだから腐った企業は信用ならん。あと、滅茶苦茶痛い。


 組織の守備部隊などは長期にわたって駆人を勤めるので、閉鎖的な訓練によって技量が衰えてしまう傾向にある。敵の襲来などによって出撃すると訓練を見直す良い機会になるのだが、死んでしまえばそれまでである。守備部隊の質の低下は訓練方針であったり、管理側が何らかの対策をとれば容易に改善できることだ。


 この程度の実力ならば、初めから籠城戦をすれば良かったのである。しかし、守備部隊長がそれを進言したところで作戦の方針が変わることはないだろう。部隊の実情も知らない素人が指揮を取る企業は愚かとしか言いようがない。


 とはいえ、そのような事情は当然織り込み済みである。今の戦況もメイカの想定の範囲内、むしろ予定通りであるが、実際を目の当たりにすると怒りが込み上げてくるのだから仕方がない。無意味な結果に終わると分かっていても、八つ当たりをせずにはいられなかった。


『本部より全部隊に通達、直ちに戦線を放棄して撤退せよ。これよりは塀を用いて敵を迎え撃つ。繰り返す——』

「バカが。全部引いたら追い打ちを食らうだけだ」

「本部もだいぶテンパってますねぇ」

「どっちが敵だかわからん」


 これ以上守備部隊の数を減らされてもかなわないので、仕方なく殿を務める。アイゼンとリムもそれを分かっていて退く素振りを見せなかった。


 2機目を仕留めたアイゼン機が、停止してから一度も動きを見せていない敵の隊長機を狙った。アイゼン機を阻むものは何もない。がら空きの隊長機へと一直線に向かっていく。高みの見物を決め込んでいるのか、なおも隊長機は動こうとしない。


「アイゼン、左右から1機づつ上がって来た。挟まれるぞ」

『むっ!』


 直後、アイゼン機が後ろに跳んだ地点から爆発が起きた。左翼から上がって来た敵機のグレネードランチャーだ。


「チッ、いいとこ狙ってくる」


 そこへ右翼からも1機合流して、2機のYOROIが隊長機の守りを固めた。


『お嬢、続けてもいいがハイリスクだ。大将の首を取れる可能性も低い』


 DEC-1は防御力よりも機動力を重視している。そこにグレネードランチャーが直撃すれば、一撃で落ちることは間違いない。直撃せずとも、爆発の衝撃で跳躍機関が壊れてしまうことも十分にあり得る。戦場で脚を失った跳甲機などまさにただの棺だ。


 守備部隊の方に目を向けると、左右の部隊が合流して長い列を成していた。


「頃合いだ。お前達もそろそろ退け」

『承知』

『はいはーい』


 道に沿って撤退していく守備部隊の跳甲機群。戦闘前は24機だった守備部隊は18機まで減ってしまった。残っている機体も損傷を負っている数の方が多い。対する敵はアイゼンが2機撃破のみで残り13機。守備部隊が早々に引き上げたので、メイカの想定より被害は大きくならなかった。意外と先ほどの通信が功を奏したのかもしれない。


 アイゼン機とリム機も撤退する守備部隊の最後尾に付いて様子を伺った。敵は追いつけないと判断したのか追撃を行わず、隊列の組み直しをしてから進行を始めた。


「結局、もったのは15分か。戻るぞ」

「足元にお気をつけください」


 ひとりで勝手に階段を下りていくメイカを後片付けを済ませた秋山が追った。


「アイゼンさんがあのまま隊長を喰えれば良かったんですが、そう旨くは行きませんでしたねぇ」

『あの3機は別格だと思った方がいい』

『ランチャー3兄弟ねー。相当金積まれたらしいし、エースでも連れてきたんじゃない?』

『1対1なら負けんさ』

『すごーい、アイゼンさんパないっすねー』


 アイゼンとリムは互いにまだ余裕があることを主張するように軽口を交わした。


 この撤退によって、最も報酬の望める勝ち方が潰えただけのこと。まだ状況はこちらの方が有利だ。退くタイミングさえ見誤らなければ多少の強引さは許容できる。初めから可能性のあった事態だけあって、精神的な余裕は十分残されていた。

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