博士と思い出の時間旅行

卯月 幾哉

前編

「やった! 遂に、タイムマシンが完成したぞ!!」

 博士は自宅に併設した研究所で一人、歓声を上げた。

「この十年の研究の成果がやっと実ったなぁ! いやぁ、今日は素晴らしい日だ!」

 結婚こそしていたが、研究者としては一匹狼である彼は、少し独り言が多かった。

 この十年は妻にも苦労を掛けてきたが、なぜかこの研究の成果を心待ちにしているらしい彼女のことだ。きっと大喜びしてくれるだろう。

「だが、待てよ。この私の理論に狂いはないはずだが、万一ということがある。まずは慎重に検証を重ねなければ」

 用心深い彼は、まず自分の腕時計を過去に送ってみることにした。

「成功だ」

 博士は、腕時計を一分前の過去にタイムスリップさせることができた。その一分前に、未来から送られたことになった腕時計は、転送装置のすぐ近くに出現した。時刻を確かめると、ちゃんと一分進んでいた。

「生き物でも試してみよう」

 博士は、実験用のモルモットにエサをたくさん食べさせ、満腹になったところで、ケージごと十時間前の過去にタイムスリップさせた。

 未来から送られたはずのモルモットのケージは、元の置き場から少し離れた棚の上で見つかった。すっかりお腹が空いたらしい彼は、エサを与えるとまたむしゃむしゃと食べた。

「よしよし」

 気をよくした博士は、次に博士自身が過去にタイムスリップしてみることにした。

 博士は腕時計を着け直して、タイムマシンの中に入り、二十三時間前に旅立った。


 ハッと博士が気づくと、研究所の外にいた。腕時計を見ると、木曜日の午後三時三〇分――タイムスリップを実行した時刻だった。

 博士が研究所の窓から中を覗くと、昨日の自分がタイムマシンの最終調整をしている最中だった。

 やったぞ! 過去に戻るという実験にも成功したぞ!

 博士は思わず両手でガッツポーズを作った。

「……何してるの、あなた? 珍しいわね、この時間に外にいるなんて」

 背後の声に、博士はビクッとした。

 振り返ると、博士の妻、ヒナコが立っていた。この日、彼女はこの時間に外に出ていたのか。

 まずい。博士は焦った。自分が二人いることが妻にばれたら、おかしなことになってしまうかもしれない。

「……いやぁ、なに。そ、外の空気が吸いたくなってね」

「ふーん。どう、研究は順調に進んでる?」

 そう言ってヒナコが同じ窓から所内をのぞこうとするので、博士は慌てて前を遮った。

「あ、ああ! 順調そのものだよ! お前は何をしているんだい?」

「そうそう。四時までに郵便局に行かなくちゃいけないのよ」

 彼女はいま思いだしたというように、そう言った。

「じゃあ、私行くわね。頑張ってね」

「ああ、必ず成果を出すから、期待しててくれ」

 彼女は車庫から車を出し、走り去って行った。


 ――さて。

 過去に戻った博士には、実験したいことが二つあった。まず、博士は研究所の入り口に向かい、扉を開いた。

 過去の博士(以下、過去博士)は、すぐに博士に気がついた。

「君は……私そっくりだな。もしや、未来から来たのかね?」

 過去博士は察しがよかった。実はさっきの博士と妻のやりとりが窓から見えており、気になっていた。

「その通り。さすが私だ。話が早いな」

 博士は答えると、過去博士の近くまで歩み寄った。

 過去博士は博士を頭から爪先まで観察し、確かに自分自身だと確信した。そして改めて驚き、喜んだ。

「なんと……! 遂に成功したのか!! いつだ? いったい、君――いや、私か――はいつの未来から来たんだ?」

 興奮する彼を、博士は両手で押さえるようにしてなだめた。

「落ち着きたまえよ、過去の私。こうして未来から来た私がいるのだから、何も心配することはない。君のいま進めている方向性は間違っていないから、そのまま続ければいい」

「そ、そうか。確かにそうだな」

 博士は特に、研究の最後のピースになったもののヒントを与えるようなことはしなかった。過去の自分を信じていたからだ。それに、いたずらに過去に干渉することはしたくなかった。

「実は君に一つ、頼みがあるんだ」

「なにかな」

「携帯電話と、お金を少し貸してくれないか。君は今日、誰とも連絡を取らないから、問題ないはずだ」

 自分で自分に借り物をするというのもおかしな話だが、財布と携帯電話を未来から持ってこなかった博士には、他に頼れる人がいなかった。

「ふむ……。過去を変えるのか」

 過去博士は、博士の狙いに気づいたようだった。それはそうだ。博士が昨日よりもずっと前から、タイムマシンが成功したときの実験内容として、考えていたものなのだから。

 博士は携帯電話と一万円札を過去博士から受け取ると、研究所を後にした。


 一つ目の実験はこれで終わった。

 それは、「過去の自分と会う」というものだった。

 しばらくすると、博士は、過去に旅立つ前の日――つまり、今日、未来から来た自分に会ったことを思いだした。そうだ、私は確かに携帯電話と一万円札を未来の私に渡したではないか。

 一方で、博士はそれを実験として、自らの意思で行ったことも覚えていた。


(後編に続く)

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