48 祭りのあと

 決勝戦は周防高校が52対0のワンサイドゲームで東萩高校を破り、8年連続の花園出場を危なげなく決めた。

 役員として本部にいた三谷は、中央ラグビー場を取り囲むテレビカメラと報道関係者の多さに胸を痛めた。神村抜きのスリーアローズが東萩高校と対戦する光景を絶えず思い浮かべていたからだ。周防高校に勝っていれば、東萩高校をも破り花園に行き、地元を盛り上げていただろうと思うと、悔しくて顔を上げることができなかった。

 心を痛めていた要因はもう1つある。奈緒美のことだ。彼女は依然として電話に出ない。あの日の着信は、いったい何だったのだろう?

 こうなってしまった今、奈緒美を置いて向津具に来たこと自体が正しかったのかどうかさえ分からなくなっている。


 翌日、三谷は校長室に呼び出される。

「お疲れ様でした。すばらしい試合でした。ありがとうございました。地域の方からもあたたかい声をかけていただいてね、それから学校のホームページにもたくさんの書き込みがありました。ここ数年の話題の中で、最も反響が大きかったですね」

「でも、マスコミはあまり取り上げてはくれませんでしたね」

 三谷は率直なところを言う。

「マスコミは我々とは少し違った論理で動いているところもありますからね。大事なのは、三谷先生が、しっかりと種をまかれ、実際に成果を挙げられたということですよ。見ている人は、必ずどこかで見ているものです」

 三谷は礼を言った後、本論に入る。

「ところでですが、私が赴任して3年経ち、残念ながら花園に行くことはできませんでした。ということは、当初の予定通り、ラグビー部は廃部になってしまうのでしょうか?」

 校長は穏やかな表情で、それでいて三谷の瞳の奥をまっすぐに覗き込むようにして回答する。

「あの試合は、理事長を始め、理事の方々にも見てもらいました。みなさん、感激されていました。3年生がたった3人であそこまで行ったのだから、来年は花園に出られるにちがいないという声を聞いています。来週、臨時の理事会を行う予定です。そこで正式決定することになっていますが、私は部の存続を強く訴えますし、反対する人もいないでしょう」


 その理事会が終わった後、三谷は再び校長室に呼び出される。

 校長は部屋のドアを閉め、ストーブの点火スイッチを入れてから、三谷をソファに座らせる。

「理事会の報告をしなければなりません」

 三谷は唾をひとつ飲み込む。

「ラグビー部の存続が決定しました。これについて異議を唱える理事はいませんでした。周防高校との試合がすばらしかったからです。三谷先生のおかげです」

「ありがとうございます」

 三谷は立ち上がって頭を下げる。

「まあ、お座りください。まだ続きがあるんです」

 校長はどこかやつれた表情をして、視線を落としたまま、低い声で言う。

「実は、来年度、本校ラグビー部に新しい監督が来られることになったんです」

「え?」

 ここ数日、憔悴しきっている心の奥で、何かが割れる音が響く。

「大阪明応高校の堀川コーチが就任されることになりました」

「おおさか、めいおう、ですか?」

 それは高校ラグビー界では知らぬ人のいない有名校で、毎年花園のベスト4に名を連ねる全国屈指の強豪だ。

「大阪明応高校は、来年ニュージーランドから監督を招聘しょうへいすることになっているらしくてね、現監督が総監督に昇任するようです。それで、以前から監督志望が高かった堀川コーチが行き場を失って、本校の監督として来ることになったんです。契約は3年で、いちおうレンタル移籍の形をとってはいますが、実績次第でその後の進路を決めてもらうことになりそうです」

「その人事も、宇田島さんがされたことなんですね?」

 校長は口を結び、三谷の瞳を覗き込みながらも、「それは、ここでは言えない」と答えを濁す。

「今の話がもし本当なら、あまりにもひどくないですか? なにより、選手たちが混乱してしまいます。これからスリーアローズはどうなるんですか?」

 校長は目を閉じて、言葉を選びながら、力なく話を続ける。

「実は、もう1つ理事会で決まったことがあるんです。来年、三谷先生は、本校のキャリア教育の方で力を発揮してほしいということなんです。先生には様々な人脈がおありだと聞いているし、ラグビーの指導に最新技術をも駆使した斬新なアイデアを採り入れ、選手たちの『学び方改革』をもたらされた。その手腕を、今度はキャリア教育で生かしていただきたいという声が上がっているんです」

「ということは、ラグビー部から離れるということですか?」

 噛みつくように聞くと、校長は静かに頭を垂れ、非常に残念ですが、そういうことになります、と答える。

「それも、宇田島さんの意向なんですね?」

 校長は何も答えない。

「キャリア教育部ということは、重岡先生の下で働くということですか?」

「そうです。ぜひ、三谷先生には、重岡先生に新たなアイデアを提案してほしいんです」

「校長、うちの進路指導部に斬新なアイデアを受け容れるだけの柔軟性があるとお考えなのですか?」

「そこを、三谷先生に切り開いてほしいのです。それこそ、学校の根幹に関わることですから。先生には、将来的に、本校を引っ張っていく人材になっていただきたいのです」

 校長は最後になって語気を強める。

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