43 人工知能がまた笑う

 マイボールのスクラムでゲームは再開する。浦のタックルで、チーム全体に大きな勇気がもたらされている。

 バナナラグビーの基本は大きく外に展開することだと太多に教えてもらった通りにグラウンドの端まで正確にパスをつなぎ、そこでエビラックを作った後、今度は逆サイドにパスを回しながら前進をはかる。相手ディフェンスは、グラウンドの端から端まで振り回される。

「オッケー、きれいなバナナだ。周防高校は、今は何とか対応しているけど、後半になったらバテてくるはずだ。しかもウチは後半、風上だ。前半をこのまましのげば、絶対に勝てる」

 太多はベンチに座り腕を組みながらつぶやく。髪は風になびいている。トップリーグのテレビ中継に映る表情よりも、緊張感が漂っている。

 だが、周防高校もさすがと言わざるを得ない。選手同士が細かく声をかけ合いながら、きっちり対応してくる。向こうもこちらの戦い方を研究しているのだ。


 両チーム無得点のまま、前半15分が過ぎる。三谷は、これまでのどの試合よりも早く時間が経つ気がする。

 それは周防高校も同じらしく、いつもは冷静な彼らにも明らかに焦りと苛立ちが見え始める。

 特に、中国地区の選抜選手である加藤雄大は真っ赤な顔をしている。ここ数年県大会で負けたことのない絶対王者がいきなり追い詰められている。

「敵陣! 敵陣!」としきりに叫ぶ周防高校の選手たちからは、逆に言えば、敵陣に入らなければトライパターンに持ち込めないという分析通りのメッセージが伝わる。


 前半20分を過ぎた時、周防高校ボールのスクラムとなる。

 陣地はやはり中盤だ。

 加藤雄大は、スクラムを組む前に、鬼気迫る表情でチームメイトを鼓舞する。

 目の前の敵とは対照的に、神村は冷静だ。相手の陣形を見てすぐに声をかける。

「C!」

 この形は、10番の藤澤峻一から12番にパスが渡り、そこから大きく外に展開すると見せかけて、もう1度、内側の藤澤に戻すというサインだ。スクラムの近くを執拗に攻撃して、FWを使ったパワープレーで敵陣に入ろうとしている。

 神村の頭の中には、大学から送られてきたアニメーションが正確に再現されている。同時に、このチームでの想い出が、凝縮されて胸に飛び込んでくる。

 1年生の時、河上屋に誘われてラグビー部に入ったこと、2年生からキャプテンを任され、プレッシャーと闘ったこと。にもかかわらず、今年は花園予選の決勝に出場できず毎晩泣いたこと。すべてのシーンが魂を奮い立たせる。ここで終わるわけにはいかない。こんな強い思い、これまで経験したことなかった。

 気がつけば、自分のタックルで藤澤峻一をなぎ倒している。

 慌てた藤澤はそれでも密集ラックを作り、次の攻撃を仕掛ける。

 すると、倒れたままの神村の頭の上で、三室戸を中心としたスリーアローズの声が聞こえる。

「P!」

 パターンPは、スタンドオフの藤澤が密集に巻き込まれたときのサインで、単調に外にパスをつなげて13番が入ってくる。いわば「つなぎ」の攻撃だ。

 周防高校はその通りにパスを放り、13番が前を向いた瞬間、再び肉体がぶつかる鈍い音がする。浦だ。

 猛烈なタックルが今度は13番を根こそぎ倒し、周防高校はボールを出すことができずに、スリーアローズのスクラムになる。

「おい、集中せえや!」

 ぶち切れたのは加藤雄大だ。周防高校の選手たちの多くは、腰に手を当てて首をかしげている。やることなすこと、すべてが上手くいかない、と。

 人工知能がもたらした成果が、この決戦の場ではっきりと出ている。8月から9月にかけての徹底した反復練習により、全員の身体に染みついていたのだ。

 しかも県予選の準決勝ということもあり、周防高校は簡単にミスをしない。そのことがかえって、アニメーションが予測した情報と同じ攻撃をさせる。

 山本の不敵な笑みが浮かび上がってくる。ウキャッ、と。

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