39 忘れかけてたBIG WAVE

 10月6日に、いよいよ花園予選の組み合わせ抽選会が行われる。

 例年ならば6月の中国大会予選の結果から、優勝した周防高校がAシードで、準優勝の向津具学園がBシードとなり、両者は決勝で戦うことになるのだが、今年は抽選方法の改革を行いたいというわけのわからない提案が大会本部から出された。

 それは周防高校のAシードは固定しておいて、残りはフリーで抽選を行うというものだった。向津具学園を簡単に決勝に上げたくないという意図がありありと透けて見える。

「理由はどういうことなのでしょう?」

 抽選の前に三谷は発言する。

「だから、今言ったとおり、今年はたった9チームしかおらんのに、わざわざ2つもシードを作る必要があるんかっていうことですよ。この提案は理事会で出されて、すでに承諾されたんでね」

 東萩高校監督で高体連ラグビー専門部の小笠原が言い捨てる。あの仁王像のような監督だ。全く理屈に合わない話だが、その高圧電流のような言葉から、自分に反論する権利はないのだということを悟る。

 そうして三谷は、周防高校のブロックのクジを引いてしまう。別ブロックのクジを引き当てた小笠原監督は般若のような笑顔を浮かべる。

 1・2回戦は11月11日と12日に行われ、勝てば翌週の18日に周防高校との準決勝となる。テレビ中継のある決勝戦は11月23日だ。おそらく東萩高校との対戦となるのだろう。


 学校へ戻ってすぐ、廊下ですれ違った三室戸が抽選結果を聞いてくる。

「え? 僕たちがシードじゃないんですか? 去年とやり方が違うじゃないですか、おかしくないですか?」

「仕方ないんだ。今年からルールが変わったらしくてね。まあ、どのみち周防高校に勝たないと花園には出られないんだから、同じことだよ」

 三谷がなだめると、三室戸は納得した表情で、ま、それはそうですよね、と言う。自分は常に生徒たちによって助けられる教師なのだとつくづく実感する。


 ところが、その1週間後、さらに信じがたい通告が突きつけられる。

 校内進路会議で、東京の神宮学院大学への推薦を志願していた神村が落選した。権利を得たのは書道部の女子生徒だが、評定平均も出席状況も部活動の実績もすべて神村の方が上だった。

 これが何を意味するかというと、第2希望の同立義塾大学の受験日は、決勝戦と重なっているのだ。

 三谷も保護者も、重岡に事前に事情を説明していたにもかかわらず、この結果になってしまった。

 練習を終えた三谷は、迷わず進路指導室の重岡の元へ駆け込む。

「残念だが、神村は決勝戦には出れんよ。受験日と重なったから」

 重岡は机に座ったまま、三谷の方を向くことすらせずに、あたかも当然のごとく言う。

「そんな……、話が違うじゃないですか。実績では上だった神村が、なぜ第1希望じゃないんですか?」

 震える声を振り絞ると、重岡は鬼の能面のような目をむいて噛みついてくる。

「るっせえよ。俺に意見ができるほどの実力がてめえにあるんか、こら。あのなあ、この際はっきり言っとくが、神村が神宮学院に入れんかったのは、てめえの指導のせいなんだよ。ラグビー部の奴等はな、みんな、てめえみたいに軽々しいんだ。それが許せねえんだ。高校生らしさがまるで感じられねえって、全教職員がそう思ってるんだよ。マイナースポーツで県大会の決勝に出たって、たいした価値もないんじゃ。学力を向上させるって、てめえが言ったんだろうが。そもそもラグビーの試合のために受験する大学を決めるっていう考え自体が非常識で、てめえの都合なんだよ。何でも思い通りになると思うな、ばか」

 重岡の口から言葉が出るために三谷の心はガラスのように砕け、すべてが粉々になる。そのうち、音声が入ってこなくなる。


 夜、神村の父から電話が入る。

「先生、どうしましょうか?」

 困り果てた声だ。

「憲治君あってのスリーアローズだということは間違いありません。彼は2年生からキャプテンを務め、チームをここまで引っ張ってきました。正直なところ、決勝戦も出場してほしいという思いは当然あります」

「でも先生、推薦を辞退したとしても、もし準決勝で周防高校に負けたらどうしましょう。憲治は行く大学がなくなってしまう」

 その言葉を聞き、粉々に壊れたはずの三谷の心は、さらに細かく踏みつぶされる。

花園出場を誰よりも信じ、先頭に立って父母会を盛り上げてきた神村の父が「もし準決勝で周防高校に負けたら」と言ったのだ。


 翌日、神村は練習が始まっても部室から出てこない。彼は、西日を受けながら泣いている。

「どうしたらいいのか、わからないです」

 がっくりとうなだれたキャプテンを見て、改めて重岡への怒りを覚える。

「俺は、憲治には決勝に出場してほしいと思っている。指定校推薦を辞退することになるけど、しっかり個別指導するから、一般入試に切り替えてほしいと思っている」

 神村は鼻をすすりながら答える。

「僕も、昨日の夜いろいろなことを考えたんですけど、もし今から一般入試に切り替えても、同立義塾大と同じレベルの大学に入れるような気がしません」

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