37 敵はロボットではなかった

 それ以降、選手たちは部室にパソコンを持ち込み、アニメーションを元に、相手の攻撃を再現して、徹底的にディフェンスの確認を行った。反復の中で精度も上がっていき、日ごとにリアリティが高くなった。

 宇田島は何も言わずにケヤキの木陰から様子を眺めている。今や、ここにいる誰もが、周防高校への勝利、つまり花園出場を信じて練習をしている。


 周防高校の仲野監督は、意外にも、快く練習試合を引き受けてくれた。

 風に冷たさが混じるようになった9月30日、場所は周防高校だ。

 グラウンドに足を踏み入れると、真ん中はラグビー部とサッカー部が半分ずつ使い、離れたところでは野球部が快音を響かせている。外周を陸上部がランニングし、その間隙を縫うように、やり投げと砲丸投げも行っている。校舎の近くでは、吹奏楽部が楽器を鳴らしまくっている。

「人数多いなあ」

 2年生の松川が口をぽかんと開ける。

「全校生徒が1200人を超えとるからな。まあ、ただ、必ずしも恵まれた練習環境とは言えんわな。ウチの方がよっぽど広々使えるとるやろ」

 今回帯同した宇田島が続く。ハンチングに付いたグッチのマークの金色が陽光にきらめいている。宇宙からの電波を受信しているかのようだ。


 ウォーミングアップの前に三谷は選手たちを集め、小声で確認をする。

「今日のテーマはデータの検証だ」

 選手たちが返事をした後で、神村が円陣の真ん中に入る。

「周防高校がエリアごとに何をしてくるかを確認すること。夏の合宿で確かめたとおり、相手自陣ではキックを蹴ってくる可能性が高い。BKSはキック処理に備えること。中盤ではこれまでやってきたパターンAからPまでの攻撃を仕掛けてくるはずだ。俺が指示を出すからディフェンスは準備しておくこと。とにかく中盤で攻め込まれなければピンチにはならん。今日は、データを利用した練習をよく思い出して、中盤での周防高校の攻撃をよく確認することだ」

 選手たちは、各自気合いを入れ直すように返事をする。


 正午を過ぎ、他の部活動の練習が終わった後、練習試合は始まる。

 レフリーの仲野監督がキックオフのホイッスルを鳴らし、神村が敵陣深くにキックを蹴り込む。朱色のジャージを着たスリーアローズの選手たちは、鋭い出足で、おなじみの黒いジャージの相手にプレッシャーをかける。

 周防高校の中心選手であるスタンドオフの藤澤ふじさわ峻一しゅんいちはキックを蹴り返し、タッチラインを割る。陣地は一気に中盤まで戻される。夏合宿で分析したとおりの戦術だ。

 スリーアローズのウイング、2年生のすぎはちゃんと反応しているが、あえてそこから攻撃を仕掛けない。相手にバレないようにしているのだ。


 マイボールのラインアウトからゲームが再開する。バナナラグビーの見せ所といきたいところだったが、競り合いに負けて相手にボールを奪われてしまう。向こうには国体メンバーの長身選手、加藤かとう雄大ゆうだいがいる。

 チャンスはたちまちピンチへと変わり、スリーアローズの選手たちは急いでディフェンスの体勢に入る。神村はすぐに相手の陣形をチェックする。

 ラインアウトからの攻撃は「パターンJ、K、L」の3つだ。相手15番と13番の立ち位置に注目すると、平均よりも近づいている。

 ということは「パターンJ」だ。

「J!」と神村が声を張り上げた時、他の選手たちはすでに準備ができている。「パターンJ」は47.9%の高確率で実行されることが頭に入っているし、嫌になるくらいに何度も繰り返した練習により身体が反応するのだ。

 何も知らない相手の選手たちは、アニメーション通りにパスをつないでいき、最後は13番と15番の間に12番を走り込ませる。それには浦が対応し、タックルで軽々と仕留める。 

 周防高校は素早い密集ラックから次の攻撃を仕掛けてくる。アタックラインは右側に連なっている。その陣形から神村は「M!」と指示を出す。

 すると、やはりデータ通り相手の15番がキックを転がす。フルバックの白石は素早く反応するが、ここでキャッチミスをしてしまい、相手ボールのスクラムになってしまう。思わぬ大ピンチだ。

「ドンマイ、ドンマイ」

 三室戸が声をかけるが、白石はミスのショックを引きずっている。今日は動きが固いようだ。

 周防高校はスクラムからFWがサイド攻撃を仕掛け、ゴリゴリと前進をはかる。スリーアローズは必死に応戦するが、相手のまとまりの前に後退してしまう。

 藤澤峻一にパスが出された瞬間、トコの出足が早く、オフサイドの反則を取られてしまう。周防高校はスリーアローズの集中が切れたそのわずかなすきを突いて、鋭いステップでトライを上げる。動きにそつがない。


 ゴールの下で30秒ミーティングをする選手たちには気負いがあるようにも見受けられる。

「なんや、こいつら。全然動けとらんやんか。ここんとこずっと練習中にパソコンばっかり見とったから、実戦感覚が鈍っとるんやないか?」

 隣に座っている宇田島は苛立ちを隠さない。

 三谷は、大丈夫ですよ、と応えて腕を組み、戦況を見つめる。


 スリーアローズのキックオフからゲームが始まる。

 やはり周防高校は、キックで陣地を戻し、中盤での攻防に持ち込む。この辺りの戦い方は徹底しているようだ。

 マイボールのラインアウトだが、また周防高校に奪われてしまう。相手のジャンプの方が高い。競り負けた三室戸が悔しがっている間に、周防高校は次の攻撃を仕掛ける。あまりの早さに神村は陣形を確認することができない。

 トコのタックルでどうにか1次攻撃を阻止したが、依然として周防高校のチャンスは続く。密集ラックからの攻撃、今度は「パターンN」だ。神村の声でディフェンスが整備され、相手の攻撃と共にプレッシャーをかける。

 ところが、本気になった浦の出足があまりに素晴らしかったために周防高校にパスミスが起こる。ボールが転々としているが、スリーアローズの選手たちは1歩が出ない。

 その隙を見て、周防高校のナンバーエイト田村たむら健介けんすけが素早くボールを拾い上げ、そこからFWが細かくパスをつなぎ始める。

 ミスの後の動き。これは人工知能が出力し得なかった情報だ。

 スリーアローズのFWは単発でタックルに入るが、相手の分厚いサポートの前にやすやすと突破を許してしまう。

 再び密集ラックになった後の攻撃は、最も確率の高い「パターンM」だったが、選手たちのリアクションが遅れて、ディフェンスの人数が足りない。

 結局、2本目のトライもやすやすと献上してしまい、あっという間に0対14の差を付けられてしまう。

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