30 前例踏襲にとらわれるな!

 6月になり、中国大会予選のトーナメントが始まった。

 春の県大会で東萩高校を破り準優勝となったスリーアローズはBシードに昇格した。

 1回戦の宇部うべ農業高校と、2回戦の新南陽しんなんよう学園高校のゲームは、ともに50点以上の差を付けて勝利した。1ヶ月間、みっちりと繰り返したエビラックとバナナラグビーの形も少しずつ現れ始めた。


 決勝の相手はもちろん、周防高校だ。


 4月に対戦した経験が大きく働き、選手たちに気負いはなく、練習通り平常心でプレーした結果、10対24というスコアでノーサイドを迎えた。5対35だった春からすると差はぐんと縮まり、「2トライ差以内」という目標も達成した。

 スリーアローズが奪った2トライのうち、1本目はバナナラグビーによる連続攻撃からで、まだ完全とは言えないまでも、ほぼ練習通りのトライだった。2本目のトライはトコが3人がかりのタックルをひきずって豪快にもぎ取った。60分を通じて攻撃の機会が大幅に増えた分、失点も減った。


「これは、本当に花園に行けるぞ」

 福岡から駆けつけてくれた太多は、興奮を隠さない。

「もしかして、行けないと思っていたのか?」

 三谷が返すと、太多は勝負師の表情のまま話す。

「可能性が上がってきたということだよ。そもそも伸びしろはウチにあるんだ。7月からはディフェンスを整備するから失点はより減るし、バナナラグビーの精度も上げていくから得点力もアップする」

「でも、周防高校は毎年夏に実力をつけるという噂だ。菅平すがだいらで10日間の合宿を組むことになっている」

「大丈夫だって。向こうは今の戦術を磨くことしかしてこない。事実、前の大会から戦い方は変わってないじゃないか。いいかい、スリーアローズの夏のテーマは『パイオニア精神』だ。これまでの価値観にとらわれずに、チームで知恵を振り絞って、バナナラグビーをより完成形に近づけるんだ。夏を過ぎると、俺たちもトップリーグのシーズンに入ってしまうから、今みたいな直接指導がやりにくくなる。もちろんそれも想定して計画を作っているから心配はいらないけどね」


 黒いジャージを着た周防高校フィフティーンは、試合後もずっと円陣を組んでミーティングをしている。名将・仲野監督が、ずいぶんと細かい話をしているようだ。相手もそろそろ本気になってきている。

 太多はその光景を遠くに眺めながらさらに続ける。

「夏に大きく飛躍するためにも、選手たちにはインプットすべき情報をすべて与えておく。で、そこからのアウトプットは自分たちで出し合いながら作り込んでほしい。その方が、加速度的にチーム力が上がっていくからね。情報が一気に正確に広がっていく人工知能みたいなもんだよ。しかも自分たちで考えたラグビーを自分たちが実現するんだから、理解度も深い。わざわざ金をかけて菅平まで行って合宿するよりも、強化が期待できる」

 太多の力強い言葉は、もはや何よりも説得力がある。ここまで、この男が描いてきたとおりにチームは進化しているからだ。

 三谷にとっても、普段やっているアクティブ・ラーニングの授業やキャリアカウンセリングの思想と合致していて、成果がイメージしやすい。

 だが、今太多が発した言葉の中には、三谷が生徒に言ってこなかったものもある。


――パイオニア精神

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