我闘亜々亜掌編集 カクヨム版

我闘亜々亜

現代舞台

研究の成果が示す未来【犯罪、暴力、流血】

 通いなれた研究室に来て真っ先に映ったのは、ぐちゃぐちゃに荒らされた室内だった。

 片づけや整理整頓が苦手な人ばかりなのもあって、乱雑とした研究室ではあった。

 でもそれぞれがそれぞれのこだわりを持って、どこになにがあるかは個人個人はちゃんとわかっていたから困りはしなかった。

 そんな研究室が荒らされている。

 時間に追われた誰かが乱暴に物色したとは、とても思えないほどに。

 これはつまり、不法侵入?

 ――ダメだ、リセット。






 順調に研究は進んで、実用が現実味を帯びてきた。

 夢物語だと思われていたことだけど、努力と研究を重ねて、実現が目の前まで迫っている。

 人間、やればできる。

 そう考えたら、本当の夢物語なんてこの世に存在しないのかもな。

 夢物語だと思われている事柄も100年1000年とたったら、きっと当たり前になっているんだろう。

 ラジオからテレビ、そしてネットへと進化したように。

 テレビも昔は白黒だったんだよな。今はフルカラーな上に薄くなっている。においや感触が伝わるテレビも、遠くはないだろう。

 街頭のテレビに視線を移して、足がとまった。

 画面が映すニュース映像。

 火事を伝える中継。

 燃えているのは、俺の研究所じゃないか?

 ごうごうと燃える赤、世界をくすませる煙、画面の奥で駆け回る消防隊。

 まだ研究所に残っている仲間が、研究資料が、燃えている。

 ――リセット。






 笑うヤツは笑う。

 期待する者は目を輝かせる。

 そんな研究だ。

 俺は当然、目を輝かせるタイプの人間だ。

 だからこそ、実現させたいからこそ、この道を選んだ。

 まだ夢みたいな話で、現実味がなくて、ゲームの企画をしているかのような気分になることもある。

 でもいつか実現する。

 そう信じているから。そんな未来を作ってやるから。

 俺は今日も研究をする。夢見た未来を作るために。

 実現に近づくための研究……だったはずなのに、背中に激痛が走った。

 声も出せないまま、激痛の理由も理解できまいまま、急速に力が抜けていく。

 倒れて遠くなる意識の中、去る人影がかすかに見えた。

 そいつの手に握られた、血のしたたるナイフ。

 ――刺されたのか、リセッ……

「もうやめなよ」

 声と同時に乱暴に装置を外されて、現実世界に戻される。

「まだいくらでも可能性がある」

 試していないパターンの中にあるはずだ。

「どうやっても、これが未来なんだ」

 首を横に振って、諭すように肩に手を置かれた。

 その姿をにらみつける。

 いつものゆるい雰囲気とは違って、鋭い目をしている。ここまで眉根を寄せたこいつを見るのは初めてだった。

「タイムマシンは、作ってはいけない」

 ずっと夢だった。

 タイムマシンを作って、過去も未来も自由に行き来できるようになるのが。

 こいつともそんな未来を語りあって、笑いあって。最大の理解者だと思ってきたのに。

 夢のために努力をしてきた。

 どうしてこんな形でとめられないといけないんだ。

「この装置に不具合があるんだろ」

 こいつが作った『あらゆるパラメータを指定して、そこから起こる未来を疑似体験できる』という高精度シミュレーション疑似体験装置。

 未来の回覧限定のタイムマシンともとれる、画期的な発明。

 聞いた際は、俺の目指すタイムマシン開発にプラスになると喜んだ。

 だがこいつは、装置片手に神妙な顔を見せた。

 そして告げられた事実。

「こんな未来は、嫌だろう?」

 俺たちの研究所がタイムマシンの開発を続けたらどうなるか、早速シミュレートしたらしい。

 パラメータをどういじっても、いつも悲劇的に終わった。

 俺たちを待つのは、終わり。

「タイムマシンの存在を快く思わない人もいる。その人たちがタイムマシンを使って、君たちの研究をつぶしに来る」

 侵入して研究資料の窃盗、研究所を放火、研究員である俺の殺害。

 どんなシミュレートをしても、未来人は研究を白紙にしようとしてくる。

「どうしろってんだ」

 信じたくない。

 でもこいつの研究成果に、言葉にウソや欠陥があるとも思えなかった。

 タイムマシン反対派が過去に飛んで、タイムマシンが完成しないようにする。認めたくはないけど、筋が通る。

「……これ、すばらしいと思わないかい?」

 しばしの沈黙のあと、高精度シミュレーション疑似体験装置を手に小さく発した。

「自慢かよ」

 自分の研究結果がよかったからって、調子に乗るのかよ。俺の夢をつぶして楽しむかよ。

「『見る』だけなら、いいと思うんだ」

 言いながら、装置のパラメータを設定した。

「『過去を変えられる』タイムマシンだから、いけないんだ」

 笑顔を作りながら、自分に装着した。

「『過去を回覧できるだけ』のタイムマシンにしたら、悲劇は起こらなかった」

 こいつは今、どんな光景を見ているんだ?

 過去を回覧できるだけのタイムマシンに研究をシフトチェンジした俺たちの未来か?

 おだやかな笑みを崩さない姿に、幸せな未来が見えているんだろうと想像できた。

「君の話をずっと聞いてきたけど、1度だって『過去を変えたい』とは聞いたことがない」

 そんなことをいちいち覚えていたのか。

「『過去の回覧だけができるタイムマシン』の完成でも、君の夢はかなうはずだよ」

 そう、かもしれない。

 タイムマシンなら過去にも自由に行けて、干渉もできるのが当たり前だと思っていたのかもしれない。

 高精度シミュレーション疑似体験装置を外して、いつもと変わらない笑みを向けられた。

「君の夢は、かなうよ」

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