第4話 人としての尊厳とは

 さらに警戒しながら森の奥へ進む。

 暁の誓いのメンバーは自分たちが進む先に、少し開けた地点があることに気付いた。先程やり過ごしたゴブリン達の尋常ではない様子に嫌でも緊張が高まる。森の静寂とゴブリンの異常行動の答えが、その先きにあるかもしれない。5人は最大限の警戒をしつつ、その先きへ進んだ。


 先頭いたサーペイスは、目に飛び込んで来た光景が理解できなかった。そのため、無意識の内にその場に立ち止まってしまった。そして、女性の悲鳴にも似た叫び声が辺りに響いたとき、自分自身の迂闊さを呪い既に手遅れの状態だと察した。チーム最年少のレイシアは絶叫し、そのまま気絶した。そしてある程度は予想していたが、もう一人の女性シズは満面の笑みを浮かべつつ、異常な興奮状態へ突入していた。ギラギラする瞳は、瞬きする一瞬すらおしいと思っているのか、目の前の光景を食い入るように見詰め、あろう事か対象へにじり寄っていた。


 その後、リーダーに目で訴えかけられたサーペイスは、シズを引っ張ってレイシアを介抱させようとしたが、レオナルドとリチャードが心配だからと言い張り、こちらの話を一切聞かずにその場に留まり続けようとした。本当は二人のフォローなどしないことを、サーペイスは気付いていたが敢えて口にはしなかった。ただ、二人の事を頼むと、諦めの言葉を送るのだった。


 その広場に足を踏み入れたとき、人間とゴブリンの二人組はともに酷く驚いた様子だった。突然現れた武装した冒険者に、彼らは両手を上げて戦う意思の無いことを示した。しかし、そのことでそれぞれの局部が丸出しになり、逆に武器を向けているこちら側が、微妙に心苦しくなる状態だった。


(なんだ!これは、一体なにが起こっている?あれは人間か?なんで裸なんだ、それにベタついているその液は?あのゴブリン泣いていたのか?ゴブリン泣くのか?)


 リーダーのレオナルドは、その光景を見て酷く混乱し、状況が全く理解できなかった。間の悪いことに止める間もなく、レイシアは悪夢の光景を目の当たりにして気絶した。そして、やはりと言うか、シズはギラギラした目を向けていた。リチャードと酒を飲みながら騒いでいるときなど、時々こんな感じで見られていた。何となくは知っていたが、あまり気持ちのよい視線ではなかった。本人にはそれとなく言ってみたのだが、瞳孔が開いたような微笑みを浮かべられて、逆にこちらが焦ってしまった。本人曰く、生き甲斐がどうとか言っていた。残念だが全く意味も分からなければ理解もできなかった。


「あんた、人間か?こんな所で何をしている。」


 レオナルドは、ゴブリンの上に覆い被さっていた男に、武器を向けたまま尋ねた。その時、二人とも両手を挙げていたので手を下ろせと指示を出し、ついでに局部を隠せと命じた。こんな状況で、警戒している自分が馬鹿ばかしく思えた。そして、やはり一人は人間だった。男が言うには、召還されたのだが森の中に召還され、尚かつ着るものが付いて来なかったらしい。


「あんたの言っていることの意味が分からん。本来の召還は、かなり高位のそれこそ宮廷魔術師レベルでも不可能だろう。それに、森の中の何処にもそれらしい痕跡がないが、それは本当か?」


 男は誓って嘘は無いと説明したが、信じられる要素が何処にもない。先程、逃去ったゴブリン達は、この光景を目の当たりにしたのか?


(全く、意味がわからん)


 レオナルドが、この意味不明な状況に如何に対処すべきか考え事をしていると、レイシアが目を覚ましそうな気配が伝わって来た。様子を窺っていたリチャードは慌てふためいたが、シズが冷静に男へ近づき布らしきものを渡した。男は手に持っていたゴブリンの腰布をゴブリンに返し、新しい布を嬉しそうに受け取った。腰布を返されたゴブリンは、それを受け取るとトボトボと森の奥へ消えていった。レオナルドは、その光景を何とも言えない表情で見送った。



 新しい布を貰った男は、満面の笑みでシズにお礼をいい腰に布を巻いた。その後が大変だった。暫くして気が付いたレイシアは泣きじゃくっていた。魂を穢されたと号泣だった。そしてシズにその魔物を焼き払ってくれと懇願した。

 リーダーは焼き払ってもいいかと一瞬考えたが、やはり人間のなので、我慢してくれとレイシアをなんとか説得した。


 その間、サーペイスとリチャードは終始苦笑いを浮かべ、問題のシズは腰布男にゴブリンの使い心地について問いただしていた。流石のリーダーもこれには、崩れ落ちそうになるが、必死で耐えた。


「森の様子が少し静か過ぎるが、あんた何か気付かなかったか?」


 冒険者のリーダーが男に尋ねるが、普段の森の様子を知らないので何とも言えないが、大きな物音や強力な魔物などは見ていないと言っていた。では、いったい何が原因なのか。レオナルドには見当もつかなかった。


 取り敢えず森の中間地点が近いので調査をここまでとし、ここからまた警戒しつつ森を戻ることにした。メンバーも妙な疲れが蓄積していたようで、これには賛成してくれた。腰布の男は逃げられないように、後ろ手に縛って連行する。しかし、ここでまた問題が発生する。ほとんど裸同然の男は運動神経が悪いのか、後ろ手に縛られていることで無様に何度も転がった。その都度、後ろから付いて行くレイシアが大声で泣き叫ぶ。


「あの変態!わざと見せつけるように転ぶのよ!あれは人間じゃないは!何か得体の知れない魔物に違いないは!シズ、お願いだから焼き捨てて!」


 しかし、命令されたシズは転げてもがく男に拍手を送っていた。他の男性陣達は、その光景に何とも言えないほろ苦さを感じた。リーダーは何かを諦めた表情で、その光景を視界に入れないように目を逸らしていた。そんな周囲の状況などお構いなしでシズが喋る。


「あはっ!男の人のお尻の穴って始めて見たわ。あれ?一つなのね?」


 リチャードは横を歩くリーダーを盗み見たが、三日間ほど寝ていない時と同じ顔をしていた。自分はそんな様子に気付かない振りをし、心の中で静かに詫びた。それから近くの村へ行き、馬車の手配をした。そこからの一行の動きは恐ろしく素早く、既に自分達が拠点とする、街の手前まで戻って来ていた。


 馬車が森を抜けると、丘の上に城塞都市バルドスがその姿を現していた。城壁は外側が少し低く、その奥に高めに作られた二重の城壁に守られた堅牢な城塞都市だった。その北部には森が拡がり、南部は田園が遥かに続いた。東部と西部は少し起伏があり、その地形を生かした作物を栽培する畑が続いていた。


 馬車は南東門から都市へ入ったところで止まった。馬車の前に衛兵と何故かご年配の修道女が立っていた。そのシスターの姿を見たレイシアは、馬車から飛び降り駆け寄った。


「クラビリーヌ院長様、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいましたか?……私は…私は……魂を……穢さ…れ…。」


 レイシアはそこまで捲(まく)し立てると、年老いた修道女に抱きつき泣き崩れた。その光景にある者は驚き、またある者は何とも言えない気まずい沈黙に包まれた。年老いた修道女は孤児院の院長であり、レイシアが冒険者になるまでお世話になっていたところであった。女子修道院に隣接した孤児院で育ったレイシアは、男性に対しての免疫がほとんど無かった。同じパーティーの男性メンバーでさえ、怖くて普通に話すことが難しかった。しかし、院長はそんなレイシアを慰めると、恐ろしい現実を突きつけるのだった。

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