第29話 告白

「気づいたのかもしれないけど俺はココのお兄ちゃんじゃない。」

 赤い顔からつらそうな顔に変わってケイちゃんはそう告げた。

 やっぱり…。そうだったんだ。

 私はもう一つ聞きたかったことを聞く。

「あの手紙は?」

「それは…愛子さんが。愛子さんに字を習ってたんだ、俺。だからそっくりな字をかける俺にココに手紙を書いてくれって。」

 元気だった頃のママは習字の先生をしていた。その教え子っこと?

 つらそうな顔のままそう言ったケイちゃんは私に手紙を出すのはつらいことだったのかもしれない。

「でも私に置き手紙した時の字とは全然違うくない?」

「あれはバレないように左手で書いたから。」

 そっか。それで…。そこまでして隠したいことだったのかな。

「だからもう俺はココの側にはいられない。」

 どうして…。全然分からないよ。さっきの大事だって言葉はなんだったんだろう。

 もっといっぱい聞きたいことはあるのに、何から聞けばいいのか分からない。

 それに…何か聞いてはいけないことを聞いてしまったら、それこそ…全てが終わってしまう気がした。


「心愛から離れていいなんて一言も言ってないぞ。」

「パパ!」

「喜一さん…。」

 二人で一斉に驚きの声を上げる。

「だいたい目の前で娘にプロポーズまがいなセリフを言っておいて出ていくつもりか?」

 パパったら最初から聞いてたのね。でもパパもそう思うよね?あれじゃまるで…。

 ケイちゃんはバツが悪そうな顔をして、それでも気持ちは変わらないようだった。

「喜一さんにそう言われても俺はもう…。」

 パパはケイちゃんの肩に優しく手を置いて私のベッドまで来た。


「そろそろ心愛にも説明しないといけないね。」

 そう言ってケイちゃんにもベッドの側に座らせた。そして口を開く。

「佳喜はパパとママの子だ。」

 まだ言うか…くそじじいめ!

「そう決めたのは愛子だ。」

「え…。」

 思わず顔を見ると優しく微笑むパパと、つらそうな顔をして俯いているケイちゃんがいた。

「そして心愛。お前もだよ。」

 優しく告げるパパの言っていることが少しも分からない。私も?ケイちゃんを家族にって決めた??

 私の疑問は置き去りにパパは話を続けた。

「佳喜は愛子がボランティアで習字を教えていた…身寄りのいない子供がいる施設にいた子なんだ。勉強熱心でね。愛子にもよく懐いていた。」

 施設の…。じゃやっぱり私と兄妹ってわけじゃ…。

「名字も同じ佐藤だしな。家族になれるなって冗談っぽく話してたんだ。それである日、カフェで心愛に会わせたんだよ。心愛はあまり覚えてないみたいだけどな。」

 そこまで話すとパパは鞄から何かを取り出して私のベッドの上に置いた。

「ここから先は愛子が心愛に話したいっていうからビデオを撮ってある。いつか大人になった時か、それとも見せる時が来たら見せて欲しいって。」

 ママから…。

 ドキドキしてDVDプレイヤーを食い入るように見つめた。

 ケイちゃんも知らなかったみたいで、同じように見つめている。


 ビデオが再生される。

「心愛ちゃん。久しぶりね。」

 ママだ…。私の記憶の通り優しいママの笑顔と声に涙が溢れる。

「今日は心愛ちゃんにどうしても伝えたくてビデオを撮ってもらっています。だってパパじゃ心愛ちゃんが可愛い過ぎて佳喜(よしき)くんのことちゃんと伝えない心配があるんだもの。」

 よしき…。けいきじゃなくて?

 パパとケイちゃんの顔を交互に見ても何も言ってくれない。

 私はまた画面に視線を戻す。

「佳喜くんにはあれから会ったのかな?心愛ちゃんカフェで初めて佳喜くんに会った時にね。ずいぶん佳喜くんが気に入ったみたいで、自分からキスしたのよ。それはなんとなく覚えてるでしょ?」

 もしかして…。ケイちゃんが私の初恋の人?だってそんなこと一言も…。あぁ。でも初恋の人の話をケイちゃんにちゃんとしたことなかったかも。

「パパったらショック受けちゃってね。ママが、心愛ちゃんが結婚する相手に口にするキスは残しておいてってお願いしてたから。こんな小さい頃に結婚の相手を決めたのか!って。」

 ママは画面の中でクスクス笑っている。

 そんな理由でパパと口でのチューをしてなかったんだっけ?私が大人になって嫌がったからとかじゃなかったっけ?

 そう思いながらも画面の中のママに注目する。

「パパが意地になって聞くもんだから心愛ちゃんもヨシくんと結婚する!とか言ってたのよ。」

 ヨシくん…。そう名前はヨシくんだったかも。

「心愛ちゃんが結婚したいなら本当に家族になれるわ。それなら養子縁組みたいなことはやめようって。兄妹にしちゃったら心愛ちゃんは結婚できないもの。」

 そこまでにこやかに話していたママの顔が少し陰った。

「でもどっちが良かったのか分からないわ。佳喜くんは私達にどんどん遠慮していって。それに私の体調もよくない時も続いて。」

 寂しそうに顔を伏せたママが今にも消えてしまいそうに思えて、ギュッと胸が痛くなった。

「これはママの意地ね。心愛ちゃんが佳喜くんの側にいて欲しいの。心愛ちゃんなら分かるわよね?心愛ちゃんがよ。どうなるかなんて分からないけど…そうなって欲しいわ。」

 ここでビデオは終わった。


「そうだったな。もう佳喜(けいき)なんて呼ばなくて良かったな。佳喜(よしき)。」

「喜一さんまで。今さらその呼び方やめてくださいよ。」

 改まって佳喜(よしき)と呼ばれたケイちゃんは居心地が悪そうな顔をした。

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