第27話 側にいる理由

 佳喜は部屋で一人になるとため息をついた。何度目になるか分からないため息を。

 不安そうな顔で自分の部屋にいった心愛。自分の言動のせいで不安にさせているのかもしれない。そう思うとやりきれなかった。

「あれが正解なんだろうか…。」

 いつも通りにすること。それしか佳喜にできることはなかった。そしてこの家のいつも通りはスキンシップを多めにすること。

 やっぱり心愛の前に姿を現すことが間違っていたのではないのか。ここにいること自体が間違いなのではないのか。

 しかしそれは佳喜はどうすることも出来ないことだった。


 次の日の朝、ケイちゃんに何も悟られないように明るく振る舞う。自分からおはようのハグをしてみたりして。

 でも抱きついたら離れたくなくなる。だから少しだけ多めに長めにくっついてみる。

 昨日あれから考えてみた。ケイちゃんがここにいる理由。もしお兄ちゃんじゃないとした場合。

 どう考えてもパパの差し金だ。じゃなきゃここに住めるはずがない。

 それなのにお兄ちゃんじゃなかったら、あのパパが私と、しかも二人っきりで暮らさせるなんておかしい。

「…くそじじいめ………。」

 つい心の声が出てしまってクククッとケイちゃんに笑われた。

「喜一さんがどうかした?そういえばテレビ電話しなきゃな。」

 恨めしくパソコンを睨みつける。今、パパの顔なんてみたら言わなくていいことを、これでもかってくらい言っちゃいそうだよ。

 とにかく理由はどうあれ、ケイちゃんはここにいるし、ケイちゃんが言うことを信じるなら、ずっとお兄ちゃんとして側にいてくれるらしい。

 少しずつ謎を解き明かしていけばいっか。一晩考えて冷静になると、秘密を知ってしまったかもしれないけど、何も変わらないんだって開き直れた。


 朝食が済んで並んで片付けをする。恒例になっているこれに幸せを感じるとか、私ってだいぶ色ボケな感じなのかな…。

 そんなことを思ってケイちゃんを盗み見るとケイちゃんはケイちゃんで何か考え事をしているような顔をしていた。

「そういえば…オーナーが忙しいから2、3日バイトに来て欲しいって。仕込みの手伝いだけならいいかと思うんだけど…。」

 まだケイちゃんは私に気を遣ってるのかな。私は思い切って前に言われたケイちゃんの言葉を信じることにした。

「私が…バイト先に行った方が良かったらついて行きます…。」

 言い出しておいて途中から不安になると声が小さくなってしまった。どれだけケイちゃんの迷惑を考えてないんだって話じゃない?

 でも心配は無用だったようだ。

「それなら行こうかな。最近のココは心配だから一人にさせたくなかったんだ。」

 くぅーっ。それ私に言っちゃいますか?聞き方によっては勘違いしちゃうからね!


 出掛ける準備をしながら考える。パパは心配性だからケイちゃんを護衛的な役割に任命したとか?

 でもそれなら別に桜さんのところに住まわせてもらうっていう話も何度か出たこともあるのに…。

 それをしないでケイちゃんをお兄ちゃんとして…。どうしてだろう。

 だってパパは異性と遊んでいるだけで8時に迎えに来るようなパパだよ?ケイちゃんがお兄ちゃんじゃないなら、そんな人を一緒に住まわせるのかな…。

 しかもあのお色気だだ漏れの…。

 …………。でも私、襲われそう!とかそんなこと全然ない。パパに約束させられているらしいスキンシップ以外は何も…。

 そりゃ向こうは妹として接しなきゃいけないんだろうけど………私って魅力ゼロってことかな。

 またもや頭の中がごちゃごちゃになって、うぎゃー!って叫びたくなっていると後ろでクククッと笑われた。

 えっ…と。いつからいましたか?ケイちゃん。

「ココって面白いよな。一人で百面相してた。」

 腕を回されてギュッとされる。ドキドキするけど、これは家族としてのスキンシップですよね。


 バイト先に行く前に時間があるからとケイちゃんが行きたいと言った本屋さんに行く。

「…。それ本当に日本語で書かれてる?」

 ものすごく難しそうな本を手に取って何冊かを迷っているみたい。

「日本語がご不自由でしたっけ?お姫様?」

 クククッと笑うケイちゃんはまた私をバカにしてる。憎たらしいって思うのに幸せを感じちゃう私はやっぱりまずいよね。

 本屋さんの後は私が行きたい雑貨屋さんへ。なんだかデートみたい。

 隣を歩くケイちゃんを見て、へへへって笑ってしまう。

「なんだよ。」

「ううん。別に。」

 こんな日がずっとずっと続けばいいのになぁ。


 バイト先に行くとケイちゃんはすぐにキッチンへと行ってしまった。

 前に文句を言われたウェイトレスさんと目が合って、小さくなってカウンターに座る。

 そこへオーナーがやってきた。

「今日はありがとね。ケイだけじゃ来てくれなかったよ。心愛ちゃんが大切過ぎてね。」

 太陽のように笑うオーナーの言葉はどこまで本当なのかな。くすぐったい気持ちになる。

 私の微妙な顔に気づいたのかオーナーはガハハッと笑った。

「心愛ちゃんは知らないんだね。ケイの夢。」

「ケイちゃんの夢?料理人になりたいってのですか?」

 フフフッとオーナーは笑うと顔いっぱいの笑顔で言った。

「自分のお店を持っていつでも心愛ちゃんの側にいられるようにすること。」

「え…。」

 ビックリして顔がみるみる赤くなるのが分かる。いつでも私の側にいるために?そんな…うそ…。

「ケイはハッキリそうは言わないが見てれば分かるさ。」

 オーナーはウィンクしてキッチンの奥へ行ってしまった。

 オーナーの…勝手な解釈だよね。ビックリした。

 そりゃ…自分のお店を持っていたら、そこに帰ればケイちゃんがいつでもいるわけで…。

 ちょっと待って!そうなるとケイちゃんがお店を持ってからも私は一緒にいることになっちゃうよ。そこまで図々しくていいのかな。妹じゃ…ないみたいなんですけど?

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