第25話 揺れる

 あの後は終始、翔くんの未来のお嫁さんの話になった。

 結婚したらアパートに住むっていう翔くんに「寂しくなるね!」ってまたルーくんをからかったりして。

 今度、みんなにも紹介するよっていう翔くんの彼女。きっと優しくて可愛らしい人なんだろうなぁ。


 お開きになった帰り道。

「今日はありがとね。ケイちゃんのピザ好評だったね。」

 笑顔を向けてお礼を言った………つもりだった。

「俺の前まで無理しなくていい。途中から無理してただろ。」

 引き寄せられてケイちゃんの腕の中に収まる。ケイちゃんの温もりがあたたかい。

 ケイちゃんもお見通しなんだなぁ。

「うん…。ちょっと初恋の人の話に驚いちゃって。」

 ずっと誰か分からなかった初恋の人。急にルーくんだって言われても戸惑いしかなかった。それに…今は…。…でも。

「ママと話したいなぁ。」

「………。」

 あ、いえ。ケイちゃんの糸電話をして欲しいわけじゃなくて、本心からのママと話したいってことです。

 ケイちゃんを困らせちゃったかな。そう思いながら家に帰っていった。


 心愛達が帰った桜さん達の家で。

「お母さんはあの言い方はないと思うわ。」

 桜さんが瑠羽斗をたしなめるように優しく言った。

「だって本当のことだろ?」

 瑠羽斗はふてくされてそっぽを向く。

「女の子みたいな子は確かに瑠羽斗だったかもしれないけど、心愛ちゃんからキスしたっていう子は瑠羽斗じゃないでしょ?」

 瑠羽斗は黙ったまま返事をしない。

「心愛ちゃんが小さい頃に結婚を決めたっていう…。」

「もうどうだっていいだろ!」

 瑠羽斗は逃げるように2階へ行ってしまった。桜さんはため息混じりにつぶやく。

「瑠羽斗も翔みたいに分かる日が来るといいんだけど…。心愛ちゃんは妹みたいに可愛い、家族としての好きだってこと。」


 家に着くとケイちゃんは「ちょっと待ってろ」と言って糸電話を私に渡した。

 やっぱりママと話したいって、これだと思ったよね…。

 そう思うのに、ケイちゃんにも聞いてみたい気持ちもあってそのまま糸電話のコップを握った。


 糸電話の糸がピンと張ったのを確認してコップに口を当てる。

「ママ?心愛です。」

 ドキドキしながら待っていると優しい声が聞こえた。

「どうしたの?心愛ちゃん。」

 ケイちゃん…。

 優しい声。ママの真似をしてくれるケイちゃんの優しさに胸がキュッと締め付けられた。

「あのね…。私に初恋の子がいたのは覚えてる?」

「…覚えてるわ。」

「それでね。自分がその初恋の子だっていう人が現れて…。戸惑ってるの。」

「…そう。」

 どうしよう。私…。でも聞いてみたい。

「あのね。初恋の子のことも気になるけど…今は別の人も気になるの。その人はすごく遠い存在の人で。どうしたらいいと思う?」

 沈黙。ドキドキと心臓の音が大きく感じる。

 どうしよう。変なこと聞いちゃったかな。

 緊張して待っていると、しばらくして声が返ってきた。

 それは優しい…でもどこか冷たい感じのする声だった。

「遠い存在なんてやめておいた方がいいんじゃないかな。心愛ちゃんが傷つくのは悲しい。」

 うそ…。こんな返事…。

 ショックで考えるよりも先に言葉が口からこぼれ落ちてしまった。

「ママらしくないよ。心愛ちゃんがいいと思うことを思い切ってやったらいいんじゃないかなってママなら言ってくれると思ってたのに。」

 分かってる。この電話はママじゃない。ケイちゃんの優しさでケイちゃんがママを真似してやってくれてるって。

 分かってる。ワガママ言ってるくせに文句を言うなんて間違ってるって。

 でも…。ケイちゃんに諦めろって言われてるみたいで寂しいよ…。

 糸電話からは何も返ってこなかった。そしてしばらくして小さな音だけが聞こえた。

 コトッ。

 見に行くと階段の上に紙コップだけ置かれていた。

 ケイちゃん…。


 一人、部屋に戻った佳喜はベッドに倒れこんでいた。

 俺はなんて返事すれば良かったんだよ。頭をクシャッとさせて顔を歪ませる。

 確かに愛子さんなら心愛ちゃんがいいと思うことをって言うだろう。それをココの母親のフリをして兄として言えばいいのか。

 ますます顔を歪ませると腕で顔を覆った。


 次の日。いつも通りに見える日常。でも気持ちはどこかぎこちない。

 やっぱり兄妹なのに想ってるなんて不毛なのかな…。そんな考えが頭をもたげる。

 ルーくんなら確かに従兄弟だし、好きになっても未来はあるわけで。何より想ってくれている。

 別にルーくんじゃなくたって、別の人でも未来はあるわけで。そう、つまりケイちゃん以外の人なら。

 どうしてケイちゃんはお兄ちゃんなんだろう。

 また考えてもどうにもならない考えが頭を巡って心とらわれてしまっていた。


「就職用の書類を用意するのを忘れてたから、今日こそ準備しようと思うの。」

「あぁ。」

 ケイちゃんもなんとなく元気なさそう。どうしたんだろう。

 そんな視線を感じたのか目を伏せてからケイちゃんが口を開いた。

「なぁ。俺じゃなくてもココを守っていける奴もいるんじゃないのか?例えば瑠羽斗とか。」

 突然の言葉。よく分からないけど怒りがフツフツと込み上げてきた。

「何を言ってるの!?私のお兄ちゃんはケイちゃんだけでしょ?どうしてそんなこと言うの?俺はお兄ちゃんだからどこにも行かないって言ってくれたじゃない!」

 よく分からない怒りをぶつけると、目を見開いたケイちゃんと目が合った。

 どうして…。どうしてそんな悲しいこと…。確かにどうしてお兄ちゃんなんだろうって悩んではいたけど。だからって…。

 いつの間にか涙が出てきて怒っていたのに、うぅ…と言いながら俯いた。

「…ゴメン。ゴメンな。ココ。」

 ケイちゃんはそう言いながら抱きしめてくれて、私はケイちゃんの胸の中で泣き続けた。

 ケイちゃんはきっと悪くない。でも私もなんと言っていいのか分からなかった。

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