第9話 バトルフィールド

 一階の学食に集まった関東部の一同。

 今日はいつもの制服ではなく、軍人みたいな迷彩服とヘルメットを着用し、その背中には支給されたアサルトライフルを、腰にはナイフとハンドガンが差してあります。

 猛々しい顔つきの東京ちゃんは、テーブルに敷かれた学校の見取り図を指差しました。


「目標は二階東側の視聴覚室! 作戦開始と共に、私と神奈川は中央階段で敵を誘い寄せるので、その隙に西階段から埼玉ちゃんと千葉ちゃんが、東階段から茨城ちゃん、栃木ちゃん、群馬ちゃんの三人が二階に上がり、両部隊合流後に視聴覚室へ突入よ!」


 それぞれの道順を指でなぞりながら、東京ちゃんの説明は続きます。

「恐らく私たちの中央階段と、視聴覚室に近い東階段は激しい戦闘になる事が予想される。各々、細心の注意を払って進むように!」

「了解ッ!」

 全員がビシッと敬礼しました。

「そして千葉ちゃん、埼玉ちゃん。この作戦の成功はあなた達にかかってます。心してかかってください」

 埼玉ちゃんは横目で千葉ちゃんに視線を送ります。

「足引っ張らないでくださいよ、千葉さん?」

「ふん、お前に言われたくねーな」

「今は喧嘩している場合じゃないでしょ。こんな時ぐらい協力しなさい!」

 神奈川ちゃんに一喝され、バツが悪そうに俯く二人。

 東京ちゃんは皆を見回し、

「これまでに何か質問がある人はいますか?」

「はいッ!」

 茨城ちゃんが元気よく手を上げました。

「なんですか、茨城ちゃん」

「途中でおしっこに行きたくなった時は、どうすればよいですか!?」

「勝手にトイレに行きなさい!」

「了解ッ!」


 東京ちゃんは、右手に付けた腕時計を確認します。

 時刻は十二時五十八分。

「あと二分で開戦ね。全員、扉の前へ!」

 学食の扉の前まで移動し、それぞれ背負っていたアサルトライフルを、腰の位置に置き、右手でグリップ【引き金に指をかける為に持つ部分】、左手を伸ばしてハンドガード【マガジンから銃口に向かってる胴体の部分】を握りました。


 東京ちゃんが再度、時間を確認します。

「あと一分……」

 千葉ちゃんが引き戸の取っ手に手を乗せます。

「あと三十秒……」

 全員に緊張が走ります。

「三……二……一」


 ――キーンコーンカーンコーン。

 学校のチャイムの音が鳴るのと同時に、

「作戦開始ッ!」

 その声を合図に、関東部のみんなが一斉に廊下へと飛び出します。そして勢いそのままに、銃を構えた部員たちはそれぞれの作戦地点へと走っていきました。


 茨城ちゃん、栃木ちゃん、群馬ちゃんの三人は、学食を出てすぐ近くの階段の前で待機し、走り去っていく部員たちを見送りました。

 そしてすぐに中央階段の方から激しい銃声音。

「向こうで始まったみたいだね」

 栃木ちゃんが声を潜めて言います。

「あたし達も行くべ」

「グンマー!」


 茨城ちゃんを先頭に、銃を構えた三人は、一歩一歩ゆっくりと階段を上がっていきます。

 そして階段の踊り場の前まで来た時、茨城ちゃんは立ち止まり、後ろの二人に目を向けました。敵が待ち伏せするとしたら、この踊り場を的にしている可能性が高いからです。

 緊張した面持ちで、コクッと頷く三人。

 茨城ちゃんは物音を立てぬよう、そーっと顔だけを踊り場に出すと


「茨城ちゃん、見っけ!」

「ッ!?」


 パパパパパパッ!!


 乾いた音を響かせ、階段上で構えていた和歌山ちゃんのアサルトライフルが火を吹きます。彼女もこちらと同じような迷彩服を着ていました。

 間一髪で、顔を隠した茨城ちゃん。

「敵は!?」

「和歌山ちゃんだべ!」

「一人だけ?」

「うん!」

 一瞬、銃声が止みました。その隙に、今度は茨城ちゃんが上半身を踊り場に出し、階段上の和歌山ちゃんに向かってアサルトライフルのトリガーを引きます。


 パパパパパパッ!


 素早く身を隠す和歌山ちゃん。

「クッ、和歌山ちゃん素早いっぺ」

 栃木ちゃんが茨城ちゃんの迷彩服を引っ張ります。

「茨城ちゃん、私が突撃して囮になるわ。その隙に和歌山ちゃんを狙って!」

「ダメだべ。そんな事したら栃木ちゃんが……!」

「今はそんな甘い事言ってられないの!」


 ポトッ。


 茨城ちゃんたちの足元に何かが落ちてきました。

「まずい!」

 それは手榴弾でした。

「グンマぁぁぁぁぁ!!」

 群馬ちゃんは叫びながら二人の前に立つと、庇うように大きく両手を広げます。


 パンッ!!


 手榴弾が破裂し、群馬ちゃんがその場に倒れました。

「群馬ちゃん!」

「グン……マー……」

「どうやら群馬さんにヒットしたみたいですね!」

 二階から和歌山ちゃんの勝ち誇ったような声が聞こえてきます。

「しっかりして、群馬ちゃん!」

「グン……マ」

 ガクッと力が抜け、そのまま動かなくなる群馬ちゃん。

「群馬ちゃん!? 群馬ちゃぁぁぁぁぁん!!」

 怒りに顔を染めた栃木ちゃんはアサルトライフルを構えると、踊り場に飛び出し、「うわああー!!」と叫びながら乱射しました。

 窓、天井、階段に、栃木ちゃんの銃弾の当たる音が響きます。

「あらあら、どこを狙っているんですか?」 

 薄ら笑いを浮かべた和歌山ちゃんは、壁から上半身を乗り出し、銃口を栃木ちゃんに向けると、そのまま引き金を引きました。

 放たれた銃弾が栃木ちゃんの体にヒットします。


「茨城ちゃん!」

「おっしゃ!」

 栃木ちゃんが撃たれた隙に、階段から踊り場に飛び出し、ライフルの引き金を引く茨城ちゃん。

 驚いたように目を見開く和歌山ちゃんの胸に、連射された弾がヒットしました。

「ぐふっ……ばかな」

 苦しげに顔を歪めながら、前のめりに倒れる和歌山ちゃん。


「栃木ちゃん!」

 茨城ちゃんは倒れた栃木ちゃんの肩を抱きます。

「……私の分まで……生きて……ね」

 そう言い残すと、栃木ちゃんは眠るように目を閉じ、そのまま動かなくなってしまいました。

「…………」

 茨城ちゃんはゆっくり立ち上がると、アサルトライフルを持つ手に力を入れます。

「……栃木ちゃん、必ず関東部が勝つから、そこで待っててね」

 静かにそう呟くと、茨城ちゃんは二階へと上がっていきました。



 合流地点である二階の視聴覚室の前。

 茨城ちゃんが待っていると、廊下の向こうから、腰に銃をぶら下げた金髪縦ロールの女子が、俯きながら歩いてきました。埼玉ちゃんです。

「埼玉ちゃん!」

 そう呼びかけると、埼玉ちゃんは小さく顔を上げました。さっきまで泣いていたのでしょうか、その瞳は赤く充血しています。

「茨城さん、貴女も無事でしたのね。よかった」

 力なく笑う埼玉ちゃんに、千葉ちゃんは? の質問は出来ませんでした。この顔を見れば、答えが判ったからです。


 視聴覚室のドアを見つめる二人。先ほどまで聞こえていた銃声も、今は聞こえず、廊下は静まり返っています。

「どうやら生き残ってるのは、わたくし達だけのようですわね」

「二人で突入するしかないべ」

「ええ。準備はよろしくて?」

「うん」

 親指をグッと立てる茨城ちゃん。

 埼玉ちゃんはコクッと頷くと、視聴覚室の引き戸に手をかけました。



「…………」

「…………」

 慎重にゆっくりと視聴覚室に足を踏み入れる二人。いつ敵が出てきてもいいように、常に引き金には指を置いています。

 室内には誰も見当たりません。前方にあるスクリーンの前に、目標の赤いフラッグが刺さっているだけです。

「誰もいないべ」

「油断しちゃダメ。どこかに隠れてるのですわ」

 銃を構えたまま、静かにフラッグに近づく二人。


「隙ありぃ!」


 勢いよく窓際のカーテンが開き、窓枠に乗った大阪ちゃんが現れました。そして手に持ったハンドガンの銃口を埼玉ちゃんに向けます。


 パンッ!


「きゃあ!」

 弾が小さな胸にヒットし、その場に崩れ落ちる埼玉ちゃん。その隙に茨城ちゃんのライフルが大阪ちゃんの体にヒットします。

「うぐぐ……!」

 胸を押さえながら、苦しそうにその場に倒れる大阪ちゃん。


「……終わったべ」

 疲れたように呟くと、茨城ちゃんはゆっくりと赤いフラッグに近づいていきました。

 そして全てを終わらせるため、フラッグに手を伸ばした、その時でした。


「油断しないでって、埼玉ちゃんに言われたやろ?」


「ッ!?」


 パンッ!


 振り返る間もなく、背中に走る衝撃。

 倒れる直前、視界の隅に、ハンドガンを片手に口の端を上げた兵庫ちゃんの顔が見えました――。



 ピンポンパンポーン。

 突然、視聴覚室のスピーカーから放送が流れました。


【関東部の全滅を確認。妖精学園体育祭、部活対抗サバイバルゲーム(フラッグ戦)は関西部の優勝となりました。おめでとうございます】


 それを聞いて、倒れていた大阪ちゃんと埼玉ちゃんが立ち上がります。

「っしゃあ、ウチらの優勝や! でかしたで兵庫!」

「もう、油断しないでって言ったじゃないの、茨城さん」

「あう~、がんばったのに」


 こうして、今年の体育祭は関西部の優勝で幕を閉じました――。

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