第3話 毒色の雲の下で

 ウロコ馬は文字通りウロコの生えた馬っぽい動物で、卵で増える。


 爬虫類だと思うんだけど恒温動物で、鳥類との中間とか恐竜とか、そんな感じだろうか。哺乳類でもセンザンコウみたいなウロコっぽい皮膚の生き物はいるし……と、以前は色々と考えたものだが、もうそういうものなんだと思って追求するのは諦めた。


 ウロコ馬という言葉があるくらいだから、この世界にはもっと地球の馬に似た動物もいるにはいる。でも俺は実物をほとんど見たことがない。これもまた例のごとく、灰の引き起こす病気でごっそり死滅してしまったらしい。それはもう、数が減りすぎて乗用に使うのももったいないほどで、馬車に回す分なんてありはしない。


 その点、ウロコ馬はもともと呼吸孔を閉じる機能があって、砂とかドロとか、そういうものを吸い込まないようにする事ができる。だから地獄の噴火で灰が降ってきても被害は少なかった。そこに防毒フィルターを装着させれば、人間よりもずっと抵抗力がある使役獣の出来上がりというわけだ。

 

 欠点は動きが鈍いのと、背骨の構造上騎乗するにはあまり適さないことくらいだろう。だから荷駄に重用される。


「お客さん、ここからどちらへ?」


 宿で一晩泊まった翌朝、朝食を食い終わった俺に宿のおやじが声をかけてきた。


 朝のメニューは蒸かしたナナイモと代用スクランブルエッグ。エグみのあるジャガイモと、味のしないおじやをかき集めたやつみたいな、だいたいそんな感じのを想像して欲しい。汚染されていない調味料があれば、まあ食える範囲だ。


 俺が街道の先にある次の宿場だと答えると、おやじは関心したような顔で何度もうなずいた。


 愛想のいい態度だが、本気で関心があるなんてこっちも思っていない。単なる社交辞令だ。来た道の方向を考えたら次の宿場に向かう以外ほとんど選択はないのだから。


 まあ、そんなことにケチを付けるのは馬鹿げている。


 俺は朝食代に多少色をつけて支払って、黒い灰合羽を着込んだ。護法軍からの特別料金は前金で半分もらっているし、多少気前よくしても構わないだろう。


     *


 この宿場は、よくあるタイプの薄汚い町で、日本で言うシャッター街と流行ってない温泉の歓楽通りを合わせて陰気にしたような場所だ。酒場とか、淫売宿とか、そういうものもあるにはあるが、薄汚れていて利用する気にはならない。


 通りは寂れ、わずかな旅人と、最後の魔法の塔への巡礼者、それに俺みたいな運び屋が一晩泊まっていくだけの宿場町。客よりも店の方が多いくらいだ。


「東の大坑道にまたフィーンドの群れが出たらしいな」


 旅用の雑貨を扱う店の軒下で、客と店主がカウンター越しに何かを話している声が聞こえた。


 俺はそれとなく近くによって、買う気もない商品を物色しながら耳を傾けた。うわさ話はいくら聞いておいても損はない。


 なにしろこの世界は情報をやりとりする手段が限られている。新聞とか郵便はもう機能していない。理由はわかるだろう?


 あとは面と向かって会話するか、魔法で遠隔通信するくらいしかない。


 これがまた極端な話で、手紙みたいなアナログな手段は使えないくせに、魔法を使った情報伝達はWebカメラを使ったリアルタイムの双方向通信みたいなことまでできる。


 俺自身は使ったことはないが、最後の魔法の塔で護法軍の士官か何かがやりとりしているのを何度か横目で見たことがある。その時に聞いた『通話料』の高さは今でも記憶に残っている。とてもじゃないが俺の稼ぎで気軽に使えるものじゃない額だった。庶民じゃなく、軍事用だから利用できるようなものだろう。


 それほど金のかからない手段はほぼ壊滅していて、物凄く便利な方法は高額すぎて使えない――という状態なので、一周か二周回ってうわさ話が一番重要になってくる、というわけだ。


 ただし、聞こえてくるのはほとんどが暗く惨めな話ばかりなのだが……。


「またか……今年に入って何度目だ?」


「護法軍が死守しているらしいが、もうまともに補給も回ってないってんだろう? いつまでもつやら」


「やっぱり鉱山を先に攻め落としてるってのは本当なんだなあ」


「そりゃあそうだろう。秘石は魔法の要だからな。あの忌々しいフィーンドども、人間から魔法を奪おうとしてるのさ。ヒデェ話だ」


「もうずっとそんな話ばかりだろ。マスクを作れなくなったら、あとはもう……」


「鉱山を堕とされて、『真の名前を授かりし導師トゥルーメイジ』様がたの魔力がなくなったら、あとはもう……」


「そうだな……そうなったら、あとはもう……」


 店主たちの会話はそこで途切れた。


 続けて何を言おうとしていたかは、別に俺じゃなくてもこの世界にいる人間なら誰でもわかる。


 あとはもう、滅びるしかない。


「そんなこと、分かりきってるだろ……」


 口に出してそう言ってから、俺はマスクを付け、灰よけの浄化隔壁をくぐり抜けて厩舎に向かった。


 珍しく灰は降っていなかったが、不吉な毒色の雲は空に居座り続けていた。


 完全に晴れる日は、おそらくもう来ないのだろう。


 俺は青空がどんな色だったか思い出せなくなってきている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る