終焉世界

ミノ

終わりの途中

第1話 最後の魔法の塔

 どうやらこの世界は終わるらしい。


 その日の天気も灰曇りで、雨の代わりに変な色の灰が降っていた。


 灰白色にうっすら青緑の混じったようなそれはこっちの世界では地獄の灰とか悪魔の灰とか、そういう名前で呼ばれている。地面に落ちると普通の白っぽい灰になるけど、代わりにそこに含まれている毒が抜けて地面に染みこんでいく。毒が抜ける前の灰は要するに毒入りなので、吸い込まない方がいいと教えられた。


 俺はもともとこの世界の人間ではないし、かと言って地球の、日本に戻るつもりもない。全く無いかというとさすがに嘘になる。でもどうやっても戻る手段がないらしい――あるかもしれないけどこの世界の誰も知らないようなので、早々にあきらめた。


 諦めなかった連中も当然いた。でもそいつらはこっちの世界の三ヶ月もたたないうちに半分くらいは死んだ。何しろ毒の灰は毒だから、知らないうち肺に入るとたいてい死ぬ。で、残った四分の一くらいは化石病で石になって、さらにその残りはフィーンドになって――それから先はどうなったか知らない。


 何となく生き残ってしまった俺は、まあ色々あって、その後も生き続けて、今は何でか知らないけどウロコ馬の引く馬車の御者をしている。


 本当に、何でそうなったかよくわからない。


 元は日本の高校生だった俺は、ある日突然教室にいたクラスメートと担任と一緒にこの世界にいた。全員がだ。


 教室が光りに包まれて、気がついたらこの世界にいて――誰にも何も説明されずに放り出された。


 で、大半はわりとすぐ死んだ。


 だから、この世界に慣れるまでは正直きつかった。それまで同じ教室で授業を受けてきた連中はころころ簡単に死んでいくし、生態系が明らかに違うから何が食べられるもので何が無理なのかわからなかったし、おまけにひっきりなしに毒は降ってくるし……。


 とにかく最悪だった。


 俺は運良く生き延びたけど、本当に運が良かったのかどうか未だにわからない。


 考えても仕方ないだろう。


 とりあえずいろいろあって、トリップだかなんだか知らないけどこの最悪の異世界にやってきてから三年くらい経って、まだ生きている俺は御者をやっている。


 御者だ。馬を操って馬車を走らせる、例のアレだ。 


 人手が足りないからと適当にあてがわれた職だけど、基本はウロコ馬の機嫌をうかがって目的地まで荷台のものを運んでいくだけだから、まあ楽といえば楽だ。それで食い物と住む場所は確保できるなら――毎日死ぬ思いをしたり実際死んだりする護法軍の兵士とか、半分死んだ土地で死んだ目で死にかけのナナイモを育てる農家になるよりはマシじゃないかと思う。


 そんなわけで俺は街道を馬車で進んでいた。


 最後の魔法の塔――本当の名前は火蛋白石ファイアオパールの塔というらしいが、そう呼ばれているところは聞いたことがない――を警備にあたる護法軍の駐屯地へ、近くの街で買い集めた物資を運んで手間賃を稼ぐ、というのが俺の仕事だ。帰るときには反対に護法軍の払い下げ品とか、魔法の塔で調合される霊薬エリクサー、時々は人間を運んで街に戻る。


 軍の補給線はボロボロで、民間のしょぼくれた運送業者でも利用しないとやっていられないそうだ。つまり俺もそのしょぼい運送業者の使い走りってことになる。


 それはどうでもいいか。


 その日は比較的灰を浴びていない食料を駐屯地に運び込んで、その代わりに何かやたらでかくて重い箱を積み込まれた。


 ――いいかイリエ、そいつを2つ先の宿場に届けてくれ。そこの馬屋に護法軍の連絡員がいる。そいつに荷を渡してくれ。


 顔なじみの輜重隊のおっさんにそう言われて、俺は正直断りたかった。なにしろその荷物は重くて、荷台が傾きそうなくらいだったからだ。おまけにいつもの街までじゃなく指定の宿場まで行くとなると距離もかなりある。ウロコ馬は頑丈で力強いが足が遅い。たぶん宿場までは急いでも3日か4日はかかるだろう。


 街と駐屯地との往復なら毎日通えるわけで――当然その日数分は仕事はもらえない。


 それだけなら特別料金を護法軍に請求すればいいが、問題は移動する時間がどうやっても長くなることだ。


 なにしろこの世界では空から毒の灰が降ってくるのである。


 それをしのげる屋根のある場所にいないと死ぬ危険がある。晴れていればまだしも、防毒マスクを被りっぱなしで一日中馬車に揺られることを考えると気が滅入る――滅入るというか、死んだりするのだ。ついでに言うと、晴れている時のほうが珍しい。


 ただ、それでも引き受けたのは護法軍から提示された特別料金の額がいつもの30倍近くあったからだ。


 ようするに、だいたい一月分の稼ぎが一回でいただけると。そういうわけだ。


 だから俺は恨めしそうに低い声で鳴くウロコ馬の手綱を引いて、半笑いで馬車を走らせた。


 この世界はもうすぐ終わるらしい。


 が、俺は日本にいた時より上手くやれているかもしれない。


 そんな気がしている。

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