第八章 地下世界にて

Ⅰ-Ⅰ

 昼食を終えて、俺達はさっそく町に繰り出していた。

 といっても郊外である。それなりの金額がする馬車に乗って、町の外まで移動した。邸宅で聞いた、大体の場所を目指して。


「……ユウ君、改めて話しておくけど」


 前を歩いていたミドリは、踵を返すと神妙な顔付きだった。


「読心の能力はね、ある程度抑えられるの。でも時々、急に声が聞こえたりしてさ。そうなるとなかなか制御できなくて……」


「辛いか? 心の声が聞こえるって」


「正直、辛いかなー。悪い声ばっかり聞こえるわけじゃないんだけどね? でも発動してるだけで疲れるっていうか……本当に頭がパンクしそうになる」


 今もね、とミドリはコントスの町を一瞥した。

 ジュピテルと似て、その港町に城壁は城壁がある。といっても比較対象にはならない。申し訳程度に作られた、小さいものだ。

ここを中立地帯として利用する人々の、ちょっとした本音を垣間見たような気がする。


「ぼんやりとだけど聞こえるんだ。馬車に乗ってる中で、どうにか制御しようとは思ったんだけどねー」


「やっぱり難しいか?」


「うーん、ちょっと。疲れが取れきれてない、ってのもあるかもしれない。教会は静かで楽だったけど、聞えちゃったりするからさ。ユウ君にしろカッサンドラさんにしろ」


「――」


「って、これじゃあユウ君達を攻めてるみたいだよね。ごめん」


 珍しく真剣な眼差しで、ミドリは謝意を表明した。

 驚くと共に納得する。彼女はきちんと、自分の身に起こっていることを話そうとしているのだ。


 改めて信頼を獲得した気持ちになって、何だか胸が熱くなる。


「……正直、またさっきみたいに倒れない自身は無いかな。ユウ君には今後も、迷惑かけるかもしれない」


「――」


「でも私、ユウ君とずっと一緒にいたいの。だから、その……迷惑掛けても、いいですか……?」


「もちろん」


 わざわざ考えるまでもない。

 一番大切なのは彼女だ。彼女を大切にしたいのなら、その意思だって尊重しなければならない。自分の意見だけ押し付けるんじゃ、大切なのは自分だけ、ってことになってしまう。


 それに、出来るならずっと仲良くしていたいものだ。喧嘩ばっかりの日常じゃ疲れてしまう。

 刺激なんて、きっとミドリの方からもって来るんだろうし。


「い、いいの? 迷惑掛けても」


 あっさりと許可されたせいか、ミドリは困惑気味だった。


「もちろん、って言っただろ? 男に二言はないぞ」


「え、でもいま同じことを二回言ったよね?」


「そっちか!?」


 まあ確かに、そういう意味もあるけれど。

 しかしさすがに冗談だったようで、ミドリはいつもの雰囲気を取り戻す。落ち着きと緊張感がない、無邪気な小悪魔のような少女へと。


 だが一瞬で表情を切り替えて、彼女は堅いぐらいの姿勢で頭を下げてくる。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


「あ、ああ、こちらこそ」


 誰もいない草原の上。

 まだまだ幼い、ちょっとした約束が交わされた。


 一泊置いてから頭を上げると、赤くなったミドリの顔が目に入る。もちろん健康的な赤であり、衝動的に抱擁したくなるほど愛らしい。


 しかし現在地は、あのメイドから聞いたコントスの郊外。あまり青春を過ごすわけにはいかなかった。

 まあミドリには、そんなのお構いなしだろうけど。


「いやでも、今回ばかりは少し構ってもらわないとな」


「?」


 さっそく約束を破るようで悪いけど。

 でも実際、彼女をここに連れて来たのは読心スキルに頼っているからだ。無茶こそあまりさせられないが、隠れている目標を探し出すのには適材だろう。


「ミドリ。さっきも話したが、この辺りにユキテルを監視してた人達が捕まってるかもしれない。……何か声、聞えないか?」


「ん、ちょっと待って」


 軽く息を吸い込んで、ミドリは意識を集中させ始めた。

 万全ではないと口にした彼女を、俺は落ち着かないまま見守っていく。妹が出来たらこんな感じなんだろうか、と益体のない感想が脳裏を過った。


 薄っすらと浮かぶ汗。もう無理をしているのが見え見えで、思わず声を出しそうになる。


「……」

 しかし、今の彼女に触れることは躊躇われた。


 ちょっとした刺激で壊れてしまいそうな白い肌。そこには生命というものが欠けていて、美しい蝋人形にすら思えてくる。

 いつもの彼女からは見えない一面。それが一つの確信を抱かせるまで、時間はかからなかった。


 彼女の精神は、きっと俺の何倍よりも頑丈なのだと。限界へ怯まない姿勢に、敬意さえ抱きたくなっていた。

 守ってやらなきゃ。

 この危うげな少女を、きちんと幸せにしてあげないと。


「――うん、聞えるね。結構近くだと思うんだけど、何を喋ってるのかまでは分からないかな」


「そうか……あ、もういいぞ。手掛かりとしては十分だ」


「りょ、了解」


 瞼を開いて、ミドリは大きく深呼吸。

 やはりかなりの負担だったようで、彼女は大きく肩を揺らしている。教会前で倒れた時に比べれば随分とマシには見えるが、これ以上は求められるものではない。


 草が生い茂っている平原の上で、もう一度周囲の光景を確認する。


「隠れられるような場所はないし……地下とかかね?」


「あ。それはあるかも。なんか足元から聞えた感じだったし」


「足元?」


 言われて視線を向けるが、あるのは草と土だけだ。施設の入り口なんてどこにもない。

 まあ何かしらの手段で隠している可能性はある。いっそ、魔弾で吹き飛ばしてみようか? 相手に存在を気付かせることになるけれど。


「ねえねえユウ君、やってみなよ」


「へ?」


 いつの間にか顔色が戻りつつあるミドリは、元気そうに提案する。


「魔弾でさ、ここを吹き飛ばしてみるの。そうすれば真偽が分かると思うよ?」


「い、いや、さすがにそれはまずいだろ! 向こうが気付いて、人質とか取ってくるかもしれないし」


「じゃあ蹴散らせばいいんじゃない? それに向こうだって。必要な存在だから捕まえてるんでしょ? 直ぐに殺したりはしないんじゃないの?」


「そりゃあまあ、そうかもしれんが……」


 いいのか? 本当に。

 しかし結局、俺はミドリの提案に押し切られることとなった。時間を開ければその分、囚われの彼女達に危険が迫るわけだし。


 ミドリと一緒に安全な場所へ移動してから、撃つ。


「おおっ!」


「……」


 剥がれた土の向こう。明らかに人工的な、地下に伸びている穴があった。

 都合が良すぎて呆気に取られている中、ミドリはスキップすらしそうな明るさで階段へ。中を覗き込みながら、うんうんと頷いている。


「やっぱりここから声が聞こえる! 捕まってる人達、この奥にいるよ!」


「他には何か聞えるか?」


「うーん、声は女の人が複数あるぐらいかな。男の人はいない。あと獣の唸り声がする、シー君に似てる声が……」


「やっぱりか」


 魔物に関する切り札。トラシュスが持っていると、彼の邸宅で聞いている。

 ならさっさと入るとしよう。中に人がいないのであれば、捕虜を救い出す絶好の機会だ。見逃したりすれば、後でイオレーに叱られる。

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