冬ノ京ニ妖ノ踊ル

みなつきゆきひと

巻之零

或る刑事の手記

「今ここで死ぬことが貴様の望みか?」

瀕死の重傷を負った俺に、少女は問いかけた。

否、こんなところで死にたい筈が無い。

「生を望むか。救う術はある、だがもしその方法を用いれば貴様は人ではないモノとなり、死ぬ事の無い身となるだろう。それでも生を望むか?」

なんだっていい、まだ死にたくない、まだ生きて居たい、そのためにはどうなってもいい。

刑事と言う仕事を始めた時から、死ぬ覚悟はできているつもりだった。

だが、どうだ。いざ死を目の当たりにして、自分はこんなにも生き汚い。

それから先の事はおぼろげにしか覚えていなかったが、どうにか自分は助かったらしい。

その代償として、人の身ではなくなってしまったが。


それは、一人の男と、一人の少女が

導かれる様にして出会う「始まり」の物語である。

この物語が紐解かれる時、終わりに向かう別の物語が紡がれているだろう。

 「まったく、なんなんだあの小娘は!」

俺は先ほど署長を訪ねてきた失礼な客に憤慨していた。

なんでも、妖怪を取り逃がしたから迷惑を掛けるかも知れないと言う様な事を言っていたが、口の利き方を知らない、そんな様子の小娘であったものだから、気分が悪い。

時代錯誤の武士の様な口調で、自分の言いたいことだけ言って去って行った。

全く気分が悪い。

「お前の方こそ、口の利き方に気を付けろよ、阿倍の。」

そういって署長は俺の目の前までやってきては俺の頭を小突いていった。

「その阿倍のってやめてくださいよ、げんさん」

阿倍春明あべのはるあき、それが俺の名前なのだが姓で呼ばれる時は大体「あべ」なのだが、こと源さん・・・御剣市署長源八郎みなもとはちろうの源をとって源さんと呼んでいるのだが・・・に至っては俺の事を「阿倍の」と呼ぶ。

俺の家系は、代々陰陽師だかなんだか言う拝み屋の様な事をやっていたらしいが、「そんなインチキ臭い商売は継げない」とだけ言い放って今の仕事・・・刑事をしている。

源さんはどういう訳か家の事情に詳しかった。

俺は俺の家の事を毛嫌いしている。

だからなるべくなら話に出して欲しくは無いのだが、源さんはお構いなしと言った様子だ。

「ったく、お前と来たらあの一族の子孫でありながらどうしてそうなんだ?」

といつも口癖の様に言ってくる。今回はそれとこれがどう関係あるのか分からないので聞いてみた。

「あの娘・・・いや、あの方の本性は鬼なんだよ。400年以上生きてるそうだから、俺でも頭が上がらないんだよ。」

(まあ俺も800年くらい生きてるって言ってもそれだけだしな)

一瞬源さんが妙な事を口走った気がしたが、気のせいだろう。

かの娘が400年以上生きている鬼と言う件はともかくとして、この源さんが800年も生きている筈はない。

時々冗談で、昔は頼朝なんて名前もあったとか言っている事はあるけれど。俺は歴史に詳しくは無いが確かに源家の八子と言えばそんな名前だった気がする。だけどこの目の前の人の上に立ちながらも茶目っ気のある老爺は違う、少なくとも俺はそう思っている。

「また源さんはそんなことを言って。鬼だって?400年以上生きてるって?それは何の冗談なんです?」

今この世に妖怪がありふれている事は俺でも知っている。

だけどそれを認めたくはない、そんな意地が俺にはあった。

妖怪・・・人とも獣とも違う、超常の力を持つ者達。

人よりも優れた生き物がこの世に居る。

そんな事実を認めたくなかったし、俺が「インチキだ!」と言って継ぐのをやめた家業の件もある。

「冗談なもんか、俺も最初お前みたいにそういう態度をとって接したんだけど、そうしたら「口の利き方に気を付けろ!」と大層お怒りになってな。頭から角を生やして、腕もこんなになって。あそこで一緒に居た姉さんの方が止めてなかったら危なかったよ」

とその時の様子を源さんは少々大げさに俺に聞かせた。

丁度そんな昔話を聞いていた時に定時の鐘が鳴る。

「お、もうそんな時間か。話が長くなり過ぎたな。おう上がっていいぞ」

「お疲れ様です。」

そう言って席を立ち帰り支度をしようとしていた時だ。

「あぁ、そうだ。くれぐれも件の廃墟には近づくなよ。」

「は?何の事です?」

廃墟。

そう言えば例の姉妹がやってきた時に言っていた。

廃墟に妖怪を取り逃がした。

今度こそそこで仕留めるつもりだけれど、あんたたち・・・つまり俺たち警察に迷惑を掛けるかも知れないと

「さっきの件が気に障るのは分かるけど、こういうことは彼女らに任せて、俺たち普通の人間は遠目にそれを見物してるのが良いんだよ。分かったら近寄ろうなんて考えるなよ。それじゃ気を付けてな」

言われた事を理解できないで居た俺はとりあえず、一礼してその場を後にした。

帰路についていた俺はふと思い出した事がある。

件の廃墟、そこは御剣市署から我が家への道のりの途中に位置している。

「参ったな、近寄るなって言われたけど、迂回して帰るか?」

避けて帰る。

そう言う道のりも確かにあったが

「源さんも悪い冗談が過ぎるぜ」

そもそも超常の類の話を信じない俺がそんな忠告に従うのも馬鹿馬鹿しいと思った。

俺は、忠告を無視して普段の道のりで帰宅することにした。


 廃墟。解体工事中の廃ビルがそこには建っていた。

解体工事の作業をしているらしいが、俺が知る限りその解体作業は1年以上前に始まったらしいが、未だにこのビルはところどころ朽ちてなお健在であった。

解体作業が滞っている事に例の一件が関係しているのだろうか?

いや、超常の事は信じないそう決めた。

だが、俺が信じるかどうかはともかくとして、何事かあったのだろう、このビルの解体は一向として進んでいない。

「何もないじゃないか。やはりあの人のいつもの悪い癖か。」

そう言って通り過ぎようとした時だった。

ビルの方からこの世の者とは思えない何かの咆哮が聞こえてきた。

何が居たにせよ、不法侵入である。取り締まらねば。

そんな的外れな考えが俺にはあった。

気が付いたら、足はビルの方に向いていた。

目の前にしてみると、その廃ビルはあちこち崩れて居て、これでは作業を待たずともいつ崩落してもおかしくない状況だった。

「こんなところに何か居る訳が無いよなぁ。」

そう思い込もうとしたのだが、俺は離れるどころか中へと入って行った。

ところどころ崩れた階段に脅えながらも俺はなんとか上へと進んだ。

「声が聞こえたのは上の方だったろうか?」

崩落の心配をしながら上へと登って行く

崩れかけの階段を踏み込んだその時だ。

俺の足元の床が崩れて大きな物音を立ててしまった。

いや、それよりも自らの踏み込んだそこが落ちていく、そのことの方が大きかった。

「落ちる!」

そう思った次の瞬間。

何かに吹き飛ばされて、俺は背中から床の上へと落ちた。

「全く、近づかぬ様忠告しておいたにも拘わらずやってきてしまうとは。私が居なければ貴様は今まで上がってきた階段から墜落し、死んでいたのだぞ。」

背中から落ちてしまった為に身動きが取れずに居た俺を見下して、何者かがそう告げた。

いや、忘れる筈が無い。

この不敬な言葉遣い、この声。

「姉上、邪魔が入った様です、如何致しましょう?」

間違いない、昼間市署訪れた、あの娘だった。

源さんの話が本当だとするならあのナリで俺より遥かに年上だとは思えないが。

「ちっ仕方ない。 おい、お前。私たちに付いてこい。但し絶対に離れるなよ?」

一緒にいた姉とやらと話が済んだのだろうか、不機嫌そうに俺にそう告げた。

起き上がろうとしたが、落ちた時の衝撃が強かったのか未だに起き上がれずにいた。

「なんだ、立てないのか?仕方ないな。」

そう言って少女・・・少女に見えたその娘がこちらに手を差し伸べた。

俺はその手を取ってなんとか立ち上がる。

「いいか、もう一度言うが絶対に離れるなよ?」

背中から落ちた衝撃で未だに声が出せないで居た俺は黙って二人に従うことにした。

この二人が何をしているのか。

この二人が何者であるのか。

見極めるいい機会だ、と自分自身に言い聞かせながら。


 俺が落ちかけた階層より更に上の方へと登って行く。

万が一があっては困ると、俺は手を引かれながら二人に付き添った。

これではどちらが大人か分からない。

もしかするとこの二人にとっては俺など子供なのかもしれない。

足手まといのお荷物か。

そう考えたら、俺は迂闊にもこんなところへ迷い込んでしまった俺自身を恥じた。

一つ上の階層に着いた時だ。

唐突に姉妹が身構えた。

俺の手を引いていた妹の方が、俺を壁(比較的丈夫なところ)に放りだした。

この頃には声も出せる様にはなっていて俺は抗議の声を上げたが、構わず部屋の方へと走って行ってしまった。

そして俺は遠目に目の当たりにしてしまう。

俺が、今まで否定してきた「それ」を

一つはこの世の者と思えぬ咆哮をあげた主を。

一つは先程まで人の姿をしていた、年端もいかぬ少女の姿をしていた姉妹たちが「鬼」へと変じた姿を

そこから先は、人の目では追いきれなかった。

必死に追おうとしたが、特別訓練をしていた訳でも無い俺の目に留まる事は無かった。

「いけない!おい、離れろ!!」

姉妹の妹の方が叫んだ。

だが何の事だか理解できずに居た俺は、気が付いたら自らの片腕を失っていた。

「ちっ!姉上!ヤツを!!」

何が起きたか未だに理解できずに居る。

己の片腕が無くなって、そこから血が絶えず吹きだしている。

あぁ、俺はこのまま死ぬのか?

意識が朦朧としてきた。

俺のところへ姉妹の妹の方がやってくる。

彼女は声高に俺に言った

「今ここで死ぬことが貴様の望みか?」

瀕死の重傷を負った俺に、少女は問いかけた。

否、こんなところで死にたい筈が無い。

「生を望むか。救う術はある、だがもしその方法を用いれば貴様は人ではないモノとなり、死ぬ事の無い身となるだろう。それでも生を望むか?」

なんだっていい、まだ死にたくない、まだ生きて居たい、そのためにはどうなってもいい。

刑事と言う仕事を始めた時から、死ぬ覚悟はできているつもりだった。

だが、どうだ。いざ死を目の当たりにして、自分はこんなにも生き汚い。

声を発する事の出来ぬ俺の表情、意識、そんなものを読み取ったのか娘は得心いった顔をしていた。

「少々荒っぽい方法になるか、私では傷を癒す事はできないからな。」

そう言って娘は太刀を構えると自らの腕を切り落とした。

そしてその切り落とした腕を、俺の失った方の腕へとあてがった。

そんな方法で失った腕が戻る筈が無い

そう思ったが、吹きだしていた血は止まり、信じられない事に腕は繋がっていた。

但し、人のそれではなく、お伽噺に出てくる様な恐ろしい鬼のそれであったが。

見れば自らの腕を切り落とした娘の腕も完全にとは言わないが、新しいモノが生えてきていた。

自らの身に起きた事、その光景の余りの衝撃に俺はそこまでの事しか覚えていなかった。


 それから暫くして。

俺は娘・・・名を玲奈と言うらしい・・・から貰った腕を自らの腕の様に扱えるようになるまで回復した。

だが、鬼としての姿の時に切ったものだからか、片腕だけ鬼のそれと言う何とも歪な姿になってしまった。

そのことに不満を垂れていたら玲奈は

「いっそ切り落としてみたら人の新しい腕が生えるかもしれんが試してみるか?」

と恐ろしい事を言うので丁重に断った。

だが、彼女も自らの荒療治に反省しているらしく、仕方ないと言った様子で懐から何枚かの符を差し出した。

「これを貼っておけば一時的には人のそれになるやもしれんが、ただ、初めのうちは相当に痛むかも知れないな」

とこれまた恐ろしい事を口にした。

命を救われた。

自らの腕を捧げた。

この事が切っ掛けで、俺たちは互いの関係を深めた。

また、俺も自らが半分とは言え鬼になってしまったのと、この前の戦いを目の当たりにして、妖怪を否定する理由がなくなったのだ。

互いに皮肉は言い合うものの、かつての様にいがみ合うことも無くなった。

更に驚く事に、源さんも実は半分は妖だと言うのだ。

本人の度々口にしてた昔は頼朝なんて名前もあったと言うのは事実で、妹が居たそうだが700年以上前に生き別れて居たのを玲奈達姉妹のところに保護したそうだ。

妹の名をシズカと言った。

源九郎シズカ。歴史では義経として描かれていたその人である。

源家の九子として生まれたが女児であったため、源家を継ぐことはできなかった。

だが、それでも兄の為に奔走し、自らの手柄を全て兄に与えたのち行方知れずとなっていた。

歴史では兄頼朝が弟義経を憂いて朝敵として討ちとってしまったとあるが

「だってあいつがよぉ、『儂は女子だから源家は継げぬし、政もできぬから全ては兄上に任せるのじゃ』とか言って家を出ていっちまったんだよ。それから700年会ってないんだぜ?飛んだ家出だよなぁ」

とこの様に実際は兄は妹をそれなりに溺愛しており、玲奈達姉妹の棲家、御剣神宮で保護されていることを知ってからは度々会いに行っているそうだ。


自らが鬼となってしまってから知ったことではあるが。

この御剣の地には今日も魑魅魍魎が跋扈して居るに違いない。

だけど、それを退治するのも、これからの事を見届けるのも俺じゃない。

俺は人より少しだけ強くなったのかもしれないけど、妖怪たちと戦うのは俺の仕事じゃない。

それはその筋の専門家に任せてしまって、こんな身になってまだなお俺は刑事として生きていたい。

ここから先は彼女たちの物語だ。


それは、一人の男と、一人の少女が

導かれる様にして出会う「始まり」の物語である。

この物語が紐解かれる時、終わりに向かう別の物語が紡がれているだろう。

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