Case 8 紅いシャウカステン(前編)

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ネコ科ヒョウ属の(自称)乙女キャラであるバーバリは、プリンセスとして訓練された健全な姿勢で前を向いて歩いている。

膨らんだ胸部でピッチリと皴が前方に張られたブレザーは、今にもボタンがはじけ飛びそうであった。

長い美脚に突き出た骨盤部のせいで大事な箇所をギリギリ隠せていないかのように見えてしまうスカートは、そのサイズしか無かったのだろうと思いたいくらいに、すれ違う大人の獣人たちの目を引いた。


 これまで毎日のように付き添ってきた側近の連中はもういなかった。


 病院でのバイトの経験は、彼女をこれまでに無いくらいにたくましく、社会性ある大人の女性へと変えていた。


「バーバリちゃん、おはよー!」

 バーバリより少し背の低い、ネコ科スコティッシュ属の少女が話しかける。


「マリーちゃん、おはよー!」

 バーバリも笑顔で返す。

これまでプリンセスとして周囲の同級生からも遠ざかっていた彼女にとって、この学園での初めての友達だった。


 マリー・フォールド

ネコ科スコティッシュ属の女の子。

丸い顔に、折れ曲がった耳の愛嬌が特徴付けさせる、気品ある一族の一人娘である。

いつも天然な性格ではあったが、学業成績は常にトップを独占しており、周囲の誰からも尊敬される才色兼備さは、国内最難関とされる王立の大学へと推薦がきまっている程だった。


 方やプリンセス、方や天才美少女の二人であっても、会話の内容は気になる男子のことなどの女子トークが盛んに行われていた。


「ジョー君、今度のサッカー王宮メンバーに選ばれるみたいよ!」

 マリーが興奮気味にその話題に入る。

彼女はバーバリと話す時だけしか、ジョーの話を出さなかった。

それだけ二人は打ち溶け合っていたことだろうか?

しかし、バーバリには解っていた。

彼を意識している女子は、この学園ほぼ全てだ。

みんな彼のことを話したいに違いない。そんなマリーの気持ちを、バーバリはよく理解していた。


「すごいよね~、ジョー君。マリーちゃんと同じスコティッシュ属だし、すごくお似合いなんじゃな~い?」


「いやだ~、そんなんじゃないわよ~!あたしなんて~」


 マリーの頬が赤くなる。

バーバリは、そんな可愛く、大切な友人のために、自分は何かできることは無いかを考え始めるのだった。






 院長は、X線写真掲示板(シャウカステン)に貼られた二枚のX線画像を睨み付けていた。


 それぞれ正中、横方向と撮られた写真には、ネコ科獣人と思われる細長い躯体の骨と内臓が白く浮き出されていた。


 老いたネコ科三毛属の学園校長が、神妙な顔つきで院長に話し出す。

「先生、やっぱりあの生徒は・・・」


「骨軟骨異形成症だ。患者はスコティッシュ属であることから、ほぼ間違いない」

 院長は表情を変えることなく、所見を言った。


 遺伝子発の先天的奇形の病気で、治療は対症療法しかなく、根治は不可能であった。


「もう、サッカーはできないな。校長、諦めさせられるか?」


「教育者として、万全のことはしてあげたいです。このことは私の口から伝えます・・・」

 三毛属の校長は、そのままうつむいてしまった。





「キャー!ジョー様ぁー!!!!」


 大勢の親衛隊なるネコ科女子群が、はにかみ笑顔の彼の登校を出迎える。


 スコティッシュ属と思えないような長い足に、精悍な顔つきをしたサバトラ被毛の青少年には、確かに夢中になる理由がバーバリにも理解できた。


「バーバリちゃんは、好きな人とはうまくいってる?」


 マリーのあどけない顔での質問には、たまにピシッとくることがあった。


「うまくいってるも何も~、そういう間じゃ“にゃ”いし~」


 ネコ科獣人なら、こういうとき必ず現れるとされる口調に、マリーは優しく微笑んだ。


 開かれたバーバリの下駄箱内から、何十通にも数えられる、男子獣人の先輩後輩同級生からの愛をしたためられた手紙が溢れ出た。


「よかったぁ~。あたし、バーバリちゃんがライバルじゃあ、勝てっこないもの~」


 バーバリは、親友の本気に対し、何としても二人を結ばせたい気持ちを高めた。


「きゃあ~!」

 下駄箱の中をのぞいたマリーが、後ろへと仰け反り返る。


「どうしたの!?マリーちゃん!」

 バーバリは、震えるマリーの体を抱きかかえる。


「あたしの靴に・・・・何か“粘ついたもの”が・・・・・」


 バーバリはマリーの代わりに下駄箱内を覗き込む。

マリーの学園用靴には、得体の知れない、異臭の放つ濁った粘液がこびり付いていた。


これって・・・男の・・・・アレ?


 常にバイト先で、変態犬のロンの匂いを嗅ぎ続けていたバーバリには、その物質の正体を冷静に嗅ぎ取ることができた。


 もし院長に出会わず、宮殿の大切な箱入りプリンセスのままだった自分なら、瞬時に卒倒してしまったかもしれない状況に、バーバリは果敢に挑む気持ちを湧き出した。


下駄箱の奥に、何かある・・・


 バーバリはそっと奥にある一枚のプリント用紙を引き出す。


 そこには、定規を使って書いて筆跡を隠したであろう、直線的な文字が印象づく、ある意味ラブレター的な文章が記されていた。



 

 愛するマリー・フォールド様へ


僕の気持ちを、あなたの足根部に染み込ませました。

今度はどこがいいですか?


膣部ですか?

乳頭部ですか・・・

それとも、口腔内かな?


君の思うところに、僕は愛を届けます。

是非、お楽しみに。


        From 紅いシャウカステン




 バーバリはこの手紙をマリーに見せる前に、まずは職員室だろうと考えた。

少しでも、友人のショックを和らげてあげたい一心だった。


 この学園内に、ロンに匹敵する変態がいる!

狙われたのは、アタシの大切な友達!

バーバリに闘志が燃え上がる。


 バーバリは、その紙を握り締め、職員室へと走った。




 ブリティッシュショートヘアー(ブリショー)属の黒猫男子ソラは、机に溜めた消しゴムの粕に肉球を押し込んで丸めている。


 全身真っ黒な被毛に、決して他人と合わそうとしない黄色い瞳で、物静かな態度が周囲から不気味がられていた。


 カッターで切りつけられた鞄や机には、「キモイ」「ウザイ」「シネ」などの個人攻撃を顕にした文字が浮き出されている。


 彼の机に置かれた菊の花は、周囲から全く気にされていないかのように日の光に当たっている。


 ソラの後頭部に、丸められたプリント用紙がぶつけられる。


 投げたのは、アメリカンショートヘアー(アメショー)属のキジトラ巨漢の男子のムーだった。


 ムーの行動に、教鞭に立つシンガプーラ属の教師も口を出さない。


 生徒を公平に見てなどいなかった。

自分が受け持つクラスであったが、生徒一人ひとりがモンスターに見えていた。

少しでも気に障るようなことをしでかせば、その背後にいる強大な権力“保護者”からの反撃を喰らう。

自分を守ることで精一杯の担任には、気づかないフリが最善の行動であることがわかっていた。


 ソラへと投げつけられる物は、さらにエスカレートする。


 一連を横目で見ていたバーバリは、ソラが片方だけ学園靴を履いていないことに気づいた。


 そのもう片方は、ムーが今、投げようとしていた。


 ソラの靴が、ソラの後頭部目掛けて投げ出される。

バーバリはそれをヒョウ属の動体視力を活かし、キャッチした。


 教室中が、ようやく事態を認めざるを得なくなり、騒然とする。


 シンガプーラ属の教員は、めんどくさそうに“現場”を振り向く。


「どうしたのですか?授業中ですよ?」


 バーバリはムーに詰め寄り言い放つ。

「ちょっとアンタ!こういうこと、止めなさい!誰も見てないとでも思ってんの?」


 ムーは、青色の瞳をバーバリに向け、笑みを浮かべた。

「いいやぁ~。皆見てるから、やってんだよ~」


 ムーは立ち上がり、突然大きな腕でバーバリの首根っこに手を回し摘みあげた。


 ムーの鼻がバーバリのマズルの先の鼻とくっつく。

ネコ科獣人のザラついた舌が、相手の唾液とともに彼女の口腔内を占拠する。


 ムーのもう片方の腕は、シャキシャキに伸びた爪でバーバリの胸元を瞬時に引き裂き、顕になった方乳を肉球で揉み暴れだした。


「・・・・・・・・!?・・・・・・・・!!!?」


 教室中が、凍りつく。

目の前の、自分の管轄である場所で起きている実情に、教員も言葉が出せなかった。


 バーバリは渾身の力を混めて、ムーを弾き飛ばす。

しかし、巨漢のアメショー男子は、ビクともしていないようだった。


 バーバリにとっても、自分に何が起きたかを認知するには、しばらく時間が掛かった。

露出された自分の胸元に気づき、あわてて女子トイレへと走った。


 ムーは、何か文句ある?と言わんばかりに、教員を睨んだ。

教員は、何事も無かったかのように場を済ますことだけ考えていた。


「え~・・・授業に・・・戻ります・・・・ムー君は・・・取り敢えず、あとで職員室のほうに・・・・・」

 教員は、震えていた。


 ムー・ジャイアン

ネコ科アメショー属の男子。

家系は国内最王手と言われる巨大カジノ産業の御曹司であった。

父親は所得番付で殿堂入りを果たすほどの実力者であり、国家総生産の三割を占める巨大企業の跡取り息子に、手を出せる者は宮殿でもマフィアでもいないとされていた。


 欲しい物は、全て手に入れる。


 彼が今、最も欲しがっていた物、プリンセス・バーバリを手に入れるための策略が、動き出し始めた。


 ムーが机に戻り、教室内は再び授業へと戻る。


 ソラは、消しカスを丸める肉球の動きを早めていった。


 一連を目撃しつつも、何も出来ずに終わったマリーは、溢れ出る涙を瞳いっぱいに溜め堪えていた。


 トイレに独り篭ったバーバリは、襲いきたムーの舌を思い返し、ファーストキスを奪われたショックと身体を弄ばれた苦痛に、嗚咽とともに押し寄せる涙に耐えていた。





「お姫さんのやつ、今日も調子悪いって休むそうですよ~。もう、飽きちゃったんですかね~?この仕事」

 ロンはふてくされながら言う。


「あ、そう。IMHAの再発じゃなけりゃいいんだが」

 院長は、患者としての様態しか気にしていないらしい。


 そんな院長のもとへ、一人のスコティッシュ属の男子が外来としてやってきていた。

付き添いに、彼の通う学園校長が、神妙な顔つきで現れた。


 院長は、うつむくサバトラ被毛の少年に語りかける。

「お前、自分の病気はわかったか?これ以上体に無茶をしたら、走るどころか二度と立って歩けなくなる。それでもいいならサッカー続けろ。俺はちゃんと説明したからな」


「ちょっと!そんな言い方ありますか?先生!」

 校長はまったく相手の気持ちを汲み取ろうとしない院長の言い草に、いきり立つ。


「言い方も何も、あんた代わりにサッカーしてあげられるのかよ?」


「いえ、私は球技はめっぽう苦手なものでして・・・」

 校長も同じように俯いてしまった。


 ずっと黙っていたジョーが、院長の方を向いて話し出す。

「皆、俺を応援してくれている・・・・俺・・・・獣人生賭けたいんです!」


 ジョーの真っ白な瞳は本気だった。

今後起こりうる、苦難や後悔にも、真正面から立ち向かっていく志が、傍で見ているロンにも見て取れた。


 これまで無表情だった院長から、笑みがこぼれる。


「そんな眼をしている獣人は、一度人生に失敗している“転生者”って決まってる。

・・・・お前、どこの世界から来た?」


この人は、一体何を言っている・・・・!?

 ロンは思った。


 そのロンのイメージは、ジョーにとっても同じだった。


「どこの世界?・・・俺は、この世界からですけど?」


 ジョーの眼に、嘘の色は無かった。


 院長は、滅多に出さない笑顔を出して言った。

「じゃあ、今、この世界で、獣人生というものを出し切って勝負しろ。病気のことは気にするな。俺が治療してやる」


 ジョーの顔が喜びに輝きだす。


「そのかわり、絶対に“後悔はするな”。その後、落ちぶれようが、ニートになろうが、お前が選んだ道を、また転生してやり直そうなんてする甘い考えは持つな。それが約束だ」


 俯いていた校長も顔を上げ、願っても無かった獣医からの心強い発言に、狂喜乱舞した。


「はい!絶対に王宮メンバーに選ばれて、ライバルの北の王国を打ち負かせて見せます!」

 ジョーから、嬉し涙が溢れ出た。


 ロンは終始、院長の発言が気になっていた。


”転生”とか言ったり・・・”この世界”とか言ったり・・・・


 最も気になったのは、「俺が治してやる」ではなく、「俺が治療してやる」と言った事だった。

熟練された獣医師は、その言葉の重みを意識し、患者へ誤解を与えないように言葉を選ぶということを聞いたことがあった。


 “大丈夫”とか、“治す”とか、100%出来る保障の無い発言は、自然と避けるのであった。


 久しぶりに見る院長の笑顔には、何かとてつもない深い訳を、感じずにはいられなかった。






 マリーはバーバリを誘い、都内の有名なスウィーツ店へと足を運んだ。

表向きでは、急な発熱ということで学校を休んでいたバーバリであったが、マリーにはその本当の理由がとてもよく理解できたいた。


 マスクで顔を隠し、防寒着で一切の露出を許さないバーバリの姿に、マリーは涙が出そうになった。

周囲には、以前見られていたよりも倍のSPがいるようだった。


「ごめんね、バーバリちゃん。風邪で辛いのに、呼び出したりなんかして・・・」

 マリーがバーバリに気を使って言う。


「ううん、いいの。風邪は大丈夫だから。それより話って何?」


 プリンセス・バーバリの言動一つ一つに、マンチカン属の高官である側近は神経を尖らせていた。

プリンセスを世の中に出すことを許したばっかりに、彼女に大きな心の傷を負わせてしまったことを、断腸の思いで見つめていた。


 マンチカン属の高官は思う。


これも、あの病院の院長と、臭い土佐犬のせいだ!

今度プリンセスの身に何か起これば、自分の首から下が無くなる・・・・!!


 震えるマンチカンに、店のスタッフが“ネコマンマオムライス”を運んできた。


 マリーが勇気を振り出したかのようにバーバリに言う。

「あたし、ジョー君に告白しようと思うの!バーバリちゃん、味方になってくれる?」


 スタッフは、二人に運ぼうとした“ネコクリームパフェ”を運び込むのを、少し待った。




夜も遅い街のディスコホールの中は、無数のカラフルなライトの光にミラーボールの拡散光がフロアを彩っていた。


 若いロンゲのペルシャ属のDJが慣れた手つきでビートを刻む。

ジャグリングに合わせ、豪快なラップミュージックがフロアの壁や床を反響させる。


 ソマリ属、ベンガル属、ヒマラヤン属・・・

曹操たるネコ科の純血種の若者たちが、退屈な大人の社会から逃れ、溜まるエネルギーを発散させていた。


 被毛の無い妖艶な姿態をくねらせるスフィンクス属の若い女性が、ソファーの真ん中に座るムーの体に寄り添いながら言う。

「君、バカじゃないのぉ?そんなことしたら女の子は泣いちゃうに決まってるじゃん?」


 スフィンクスの女は、長細いピンクの煙草を吸い、息を吹きかける。

ムーは彼女の顎下を優しく擽る。

隣に座るもう一人のメインクーン属の女性も、かまって欲しそうにムーの肩に頬を擦らせる。


「俺は俺のやり方で出ただけだ。バーバリはいい女だぜ?マジでソソるよ!あいつ、ここに来させられねぇかな?」


 スフィンクス属の女性は、ムーに擦り寄るのをやめ、カクテルを飲み始めた。

「でもムーちゃん、飽きっぽいじゃない?ただ性欲発散したいだけなんでしょ?一回の花火で終わらせちゃうことなんかに、賛同なんてしたくないわねぇ」


「どうせ奪うんなら、全部に責任持たないとね!」

 隣のメインクーン属の女性が言う。


 ムーは少し考えた顔をして言った。

「じゃあ、あいつの大事なモノもまとめて手に入れよう!そうすりゃ文句ねぇはずだ!俺は決めたぜ!」

ムーは置かれたシャンパンのビンを掴み上げ、豪快にラッパ飲みをしだした。

何か勘違いをされたのではないかという気持ちが、未成年の飲酒を許す二人の女性に飛来した。






 同時刻、ナイターの光が差す学園のグラウンドで、スコティッシュ属のジョーが華麗にボールを操り、ゴールへと走っている。

頭の中には、イメージをしたライバルたちのディフェンス姿が、はっきりと在った。


 相手の癖や弱点を突き崩し、ゴールの網を目掛けてシュートを入れる。


 ジョーは膝関節の痛みを覚えた。

次は股関節、そして背中の順に違和感が現れだしてきた。


 ジョーはすぐにベンチへと走り、鞄から痛み止めを取り出し口に入れた。

彼に院長からの言葉が思い起こされる。


「これはとんでもなく強い非ステロイド型の薬だ。ネコ科にとっては致命的な腎毒性を引き起こす。滅多な時以外は、多用するな」


 もう飲み込んでしまったことに、これが最後と自分に言い聞かせた。

ジョーは薬が効きだすまでの数分間、ベンチで休憩した。


 物陰から、一人のスコティッシュ属の少女が姿を現す。

マリー・フォールドだった。


 マリーはどこか悲しそうにグラウンドを見つめるジョーの姿に、どうしても近づくことができずにいた。


 隠れて見守るバーバリにも、マリーの気持ちが自分のことのように感じ取られ、身の振るえを意識していた。


「あ・・あの・・・・ジョー君?」


 マリーの健気な声が、ジョーに届く。


「やぁ、マリーちゃん。どうしたの?こんな遅い時間に?」


 マリーは、自分が卑怯と感じつつも、バーバリから聞いていた情報を先に口に出した。

そのことも、彼女にとっては心配していた内容だった。


「体・・・平気?」


「え?なんで知ってるの?」


「バーバリちゃんが獣医の先生のところでアルバイトしてるから、それで聞いて・・・」


 真っ正直に言ってしまうマリーに対して、バーバリに、教えたことへの後悔がよぎった。


「平気だよ。心配しててくれたんだ、ありがとう」

 ジョーは優しい笑顔で返す。


 その笑顔は、マリーをさらに前へと引き込ませた。

「あの・・・それとこれ!」

 マリーは両目をつぶりジョーへと手紙を渡す。


 ジョーはベンチから立ち上がり、その手紙を受け取る。

ナイターの光が逆光となって、彼の体が影となる。

その影に、自分の全てが飲み込まれていくような、奇妙な引力をマリーは感じた。


 マリーは地面を踏む足に力を込め、声を大きくした。

「あたし、ジョー君のことずっと応援しているから!サッカーができなくなったって、あたし、ジョー君の傍にいたい!好きです!これからもずっと!」


 バーバリは静かにガッツポーズを決めた。

あとはジョーの選択だ。彼がこれまで何人の女子に告白されたかはわからないけど、二股三股をかけるような獣人ではないことだけは理解できた。そうでなければ、あそこまで一つのことに熱中などできないから。


 友達の勇気に、自分もいつまでも塞ぎこんでちゃいけないことを思い起こさせられた。

この状況の為に、自分を頼ってくれたマリーに深く感謝をした。


 しかし、ゆっくりとその場から遠ざかろうとしたバーバリの横目には、マリーを抱きしめるジョーの姿が映った。二人とも、ナイターの光が逆光となり、一つの影となって浮かびだされていた。

親友の形が溶けていってしまっているようで、バーバリは、また独りセンチメンタルな世界へと引き戻されそうな不安が襲い来るのことも感じていた。

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