3Dクローズ

青樹加奈

 目の前にいる少女のワンピースが揺れた。

 レーシーは「ほうっ」と感心した声を上げていた。ギャザースカートの裾が歩く度に、少女の体の動きに合わせて揺れているのだ。

(一体誰がプログラミングしたのだろう)とレーシーは思った。



 人類が地下に潜って久しい。地表は核によって汚染されてしまった。生き残った人類は地下で細々と命を繋いでいる。地下の大空間はその大半を食料生産にあてられた。衣服を作るのに必要な綿花を栽培する場所などないのだ。着心地のいい衣服は核戦争と共に消滅した。むろん、美味しい食べ物も快適な家もだ。

 しかし必要は発明の母。科学者は3Dクローズを完成させた。着古された衣類と昔のプラスチックや廃材を使って特殊な繊維を生み出した。この繊維を使って作られた衣類をGC(グレーズクローズ)と呼んだ。繊維の色が灰色(グレー)だったからだ。GCさえ着ていれば、暑くも寒くもなかった。肌の汚れも繊維についた汚れも自動的に分解した。洗濯不要の衣類。まさに究極の衣類が開発されたのだ。政府は総ての人々にこれを支給した。GCのおかげで人類は洗濯から解放されたのだ。大量の水が節約されたのである。

 こんな夢の衣服ではあったが、人々には歓迎されなかった。皆同じ服を着るというのが許せないのだ。人は自分に似合うを服を選び、装う事で自己発現して来たのだ。それが、どんな美女も醜男も同じ服を着るのである。不満があって当然だった。

 そこで、科学者達はGC(グレーズクローズ)の上に3Dモデリング出来る装置を開発した。それはベルトのバックルに仕込まれ、人々に支給された。これを身につければ、ネットから好きなデザインをダウンロードして再生出来るのだ。人々は通りで同じデザインのDモデを身につけた人と出会うと即座にデザインを変更した。面白い事に、デザインを変えたら、相手もデザインを替え、その結果、また同じデザインのDモデを纏うといった珍現象も起きた。同じデザインの服が好きというのは、2番手3番手の服もまた同じデザインである可能性が高いという証明だった。

 Dモデと呼ばれるこの装置は防犯にも役立った。食料は常に不足がちだったので、農場エリアへの不法侵入は後を絶たなかったが、作業者として登録している人々の体内IDとDモデを連動させ、エリアに入ったら総て同じDモデ(制服)になるようにしたのだ。結果、農場エリアへの入場が許可されている人間かどうか、一目で識別出来るようになった。

 欠点を上げるとすれば、人間の体の動きに合わせて自然な衣服の動きを完璧に再現出来ない事だろう。つまり、着ぐるみを着ているような印象なのだ。それでも、随分改良されて体の線にそって動くようにはなった。だが、人が急に動いた時などは奇妙なゆがみが出た。

 プログラマーの間では、如何に自然な形で衣服が動いているように見せるかが課題になっていた。



 今、レーシーの目の前を歩いている少女のワンピースは、少女の動きに合わせて見事に揺れていた。まるで本物のコットンで出来たワンピースのようだった。

 誰も気が付いていないが、レーシーにはわかった。


「ねえ、君!」


 地下都市の人工太陽の元、カフェの前を通り過ぎて行く少女にレーシーは思わず声を掛けていた。

 少女は明るい空色の目をレーシーに向けて微笑んだ。


「なあに、おじさん?」


「いや、その、君のDモデ、凄く良く出来ているんだけど、誰が作ったの?」


「お兄ちゃんよ。今日は私の誕生日だから、プレゼントしてくれたの。今から、幼稚園のみんなに見せに行くの。ネットにアップしてないから、これを着ているの私だけなんですって!」


「へえ、それは凄いな。ぜひ、君のお兄さんに会いたいな。会ってどうやったら、こんな素晴らしいモデリングが出来るのか聞いてみたい。会わせてくれないかい?」


 少女は難しい顔をした。


「おじさん、おじさんの名前は?」


「おっと、これは悪かったね。おじさんは、レーシー・鈴ノ木。プログラマーなんだ。お嬢ちゃんは?」


「私はエミリーよ。エミリー・シノヅカ。あのね、ちょっと待って。お母さんに訊いて見る」


 少女は首にかけた携帯端末(モビー)のボタンを押した。

 目の前に母親らしい女性の姿が立体映像となって浮き上がった。


「お母さん、このおじさんが、お兄ちゃんに会いたいって」


 レーシーは母親に向って名前を名乗り、自分はプログラマーでぜひ、息子さんに会ってお嬢さんのワンピースをどうやってプログラミングしたか、聞きたいと言った。


「息子は病弱で、寝たり起きたりですの。良ければ、話し相手になってやって下さい」


 母親の快諾を得て、レーシーはエミリーの家に向った。エミリーの家はアパート階の一角にあった。一層を五つの階層にわけたその地域は、貧しい人々の住むエリアで、どこか饐えた雰囲気が漂っていた。

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