第5話

 


 ロイド歴三八七八年八月。


 八歳になったキミョウマル君だよ。

 俺にまた弟と妹ができたぞ。キシンもまだまだ若いな。俺を含めて三男六女だそうだ。

 因みに三番目の男の子は俺の全弟になる。つまりコウちゃんの息子なわけだ。何だかんだ言ってもコウちゃんだってまだ二六歳だしイケイケだよね。

 だからか最近のコウちゃんは弟の方にかかりっきりだ。俺が前世の記憶持ちじゃなければ拗ねるところだぞ。


 夏真っ盛りのミズホはトテモ暑いです。こんな時は海にでも行きたいと思うのは俺だけでしょうか? 多分、俺だけだよね。こんな考えは前世の知識がある俺じゃなきゃしないよね? あ、ミズホは山間部もあるから山間部へ行って避暑でもいいよね。川遊びも良いな。


 最近懐が潤っているキミョウマル君です。

 最新のトレンドはミズホ和紙の作成です。これは山間部を領有するアズマ家にとっては資源が豊富な生産物なんですね。

 山に行けば木が沢山生えているわけで、しかも俺には木の大きさや種類なんて殆ど関係ないしね。まぁ、中にはミズホ和紙の原料には向かない木もあるけど、それはそれほど多くないんだ。

 あと木からは少量だけど油が抽出できるものもあるし他にも色々作れるんだ。だから山は俺にとっては宝の山なのよ。

 でもキミョウマル君は山に行けないのです。一応はアズマ家の嫡男なんで外出はかなり制限されています!

 だから俺の工房で寂しく無煙火薬の生産をしています。

 今、ミズホ和紙じゃないんか~、と突っ込んだ貴方、それは売り物の話です。無煙火薬のような軍事物資を簡単に売りさばくわけないじゃないですか!

 刀や鎧なんか比じゃない位に危険な無煙火薬を世に出すタイミングはもう少しあとですね。俺が成人して独り立ちするまでは死蔵在庫になると思います。只、攻め込まれて命の危機に瀕する事が何時あるか分からないので準備だけはしておこうと考えているわけですよ。

 火薬なんで長期保存していたら湿気って使い物にならない、なんて事にならないようにしっかりと管理します。


 あ、色々有って俺の作業小屋は今では工房になっています。

 俺が色々生産して売っている事で納税者としては恐らくアズマ家の領内でも有数の高額納税者ではないかと思われる。その為かキシン君は俺に立派な工房を館の裏に造ってくれた。キシン君の思惑としては俺にもっと働いて納税しろと、為政者だね。

 まぁ、ミズホ和紙を毎月二万枚生産しているのでここ最近は値が落ち着いているとは言えそれでも五〇カンの収入がある。ここから材料費を引いた粗利の五〇パーセントをアズマ家に収めているのでアズマ家と俺の取り分は約一八カンずつとなる。因みに普通の商人は五〇パーセントも納税していないよ。

 このカンというのは通貨の単位で、通貨の最低単位はゼムとなっている。換金比率で言うと一〇万ゼム(一万銅貨)が一〇エナ(一〇銀貨)が一カン(一金貨)となっている。尚、綺麗な銅貨は一〇ゼムだが悪銭(瑕疵がある物)は一ゼムとして扱われている。

 つまり毎月一八〇万ゼムが俺の懐に入ってきている。ミズホ和紙だけ・・で年収二一六〇万ゼム(二一六カン)になる。ちょっとした小金持ちだ。

 因みに米一合(白米で約一食分)の末端価格が二五〇ゼム(ミズホの国の平均価格)なので約八〇人の人を一日三食食わしていけるだけの価値なんだ。このミズホでは食事は三食なんだ。二食ではなかった。

 計算の元になる米一合の末端価格をアズマ家が商人に卸す価格にすれば価値が変わってしまうが、それでもある程度の価値は分かると思う。それと領民の大半を占める農民などは水気の多い粥を主食にしているのでこの考え方でも価値は変わる。


 このワ国の通貨はゼム、エナ、カンだが、お金以外の単位は日本とよく似ている。

 歴は多少違うけど一年が三六〇日で、一ヶ月は三〇日の一二ヶ月。時間は地球と同じで一日は二四時間だし度量衡も概ね日本と同じなので多少の差異はあるもののあまり困惑するほど難しいわけでもない。






 視線を感じる・・・

 最近、俺の工房の窓から俺に気付かれないように覗いている者がいるんだ。俺に気付かれていないと思っているんだが、窓から陽が差し込み影がしっかりと床に映っているので結構前から俺は気づいていた。

 八歳の俺に気付かれるような間の抜けた者の正体も分かってはいるが、俺はどのタイミングで声を掛ければ良いのか分からないんだ。

 だから特別何かが無いのであれば向こうから声をかけてくるのを待つ事にした。


 俺の工房には色々な道具の試作品がそこかしこに転がっている。その殆どが失敗作なんだが、それでも成功を夢見て創作活動に勤しむ。

 今度は何を創ろうかと考えるのが一番楽しい時間でもある。但し創る物が決まるとあとは我慢の時間になるんだ。

 工程としては方向性(創る物)を決める。基本設計を描く。材料集め。基本設計を基に試作。試作品を基に基本設計の修正加筆を繰り返す(この工程に殆どの時間を費やす)。創作物完成。値決め。商人に売り込む(商談)。量産化。

 前世で物作りをしていたわけじゃないので生産についてどの様な工程を経ているのか分からないけど俺的にはこんな感じだ。値決め以降は売る場合だけなんで自分自身で使ったり親しい人にあげる場合は値決め以降の工程はない。


 そして今現在、俺は無煙火薬を創っている。入り口やあちらこちらに『火気厳禁!』と看板を立てている。静電気もヤバいので工房内への出入りは俺の許可制で静電気対策をしっかり教え込んでいる。

 まぁ、今は夏なので静電気なんて意識して作ろうとしないと発生しないけどね。


 俺が創っているのは前世で『シングルベース火薬』と言われている物だ。無煙火薬と言っても何種類もあるのだが、俺が組成を知っているのはこの『シングルベース火薬』しかないので仕方がない。前世では中二病を発症した時期もあったなぁ~(遠い目)。


 『シングルベース火薬』は主に四種類の材料を使うのだが、基剤となるニトロセルロースにその他の緩燃剤、焼食抑制剤、安定剤の全てが簡単に入手できる物なのだ。

 四種類の材料の元素はどれも酸素(O)、窒素(N)、水素(H)、炭素(C)の組み合わせなんだよね。どの元素も俺の周りに大量にあるわけなんですね。だから無煙火薬を創り過ぎて酸欠にならないようにだけ気を付けました。多分大丈夫だと思うけど、酸素使い過ぎて酸欠で死んでいたなんて嫌なので念の為ね。


 取り敢えずこの無煙火薬を密閉できる木箱が一杯になるまで創った。これだけ創っておけばいざと言う時には取り分けて導火線付けて放り投げれば敵を混乱させる事はできるだろう。本当はプラスチック爆薬を創ろうかと思ったのだけど思いとどまり自重した俺は無煙火薬の生産に抑えている。これを自重したと言うのかは分かりません! 俺自身言い切る自信はない!


 無煙火薬を創り終え収納した木箱をしっかりと密閉した後は槍用の穂先を創る。これは誰かに渡すものではなく俺の為の物だ。

 俺は毎朝木刀を振っているがそれを槍にしようと思ってね。何で心変わりしたのかと聞かれれば、答えは至極簡単で仮に俺が戦場に出たら刀で斬り合うのはできそうにないと木刀を振っている時にふと思ったんだ。

 その後、よくよく考えたら刀よりリーチのある槍の方が良いのかな~と思たわけだ。ただそれだけで他意は無い。穂先は潰して誰かに当たっても怪我をし難いようにする。重さがあれば良いのだ。

 ふと水が飲みたくて桶から水を汲もうと思ったが桶の中に水が入っていなかった。


「誰かある、水を持て」


 工房の警備に何名かの兵が付けられているし、俺付きの侍女も入り口の外で待機しているので生意気なようだが命令口調で水を頼む。これでも俺、名門アズマ家の長男だし、これぐらいは普通だ。

 暫くして入り口の戸がスーッと開き誰かが入って来て俺の傍に水を置いたようだ。俺は水が来るまでにと作業を始めたので背中を見せた体勢になっている。こんな所で襲われる事も無いので気を緩めていたのだ。


「アコ、済まぬな」


 俺はそう言って作業を続ける。最近は少しぐらい喋ってもイメージを崩す事はないのだ。


「私はアコでは御座いませぬ。ソウコで御座います!」

「へ?」


 数秒間呆けた後、ユックリと後ろを振り返るとそこには幼い顔に笑顔を張り付けたソウコがちょこんと座っていた。

 さて、問題です。何故ソウコがここにいるのでしょ~ぅ~か!?


「私はソウコです!」

「え、あ、うん。ソウコだ」


 言われなくても分かっている。少ないながらも何度か顔を合わせているからね。ソウコは俺より三歳年下なので今年で五歳になっている。

 そんな事ではなく何でソウコが俺の工房の中に居るのか、それが問題だ。

 ソウコの母親はキシンの側室でコウちゃんとはあまりと言うか普通に不仲だ。だからソウコと俺はあまり顔を合わす事がないのだ。

 最近は工房の窓から俺の作業を眺めていたようだが、入ってくるような事はなかった。なのに何で今俺の前に、俺の工房の中に居るのだろうか?


「綺麗ですね!」

「ん?」

「お兄様の手から光がパーッとしてピカッとして」


 ああ、【道具生産】のエフェクトの事だね。それが見たくていつも窓から覗いていたのか?


「とても綺麗なので傍で見ていても良いですか?」

「・・・」

「ダメでしょうか?」

「良いけど、ここに在る物に触ってはダメだよ。それからあまり動き回らないようにね」

「はい!」


 ソウコは大層嬉しそうに返事をしてきた。

 ・・・てか、ソウコに入室を許した覚えはないぞ! ここには無煙火薬があるから入室を制限していたのに何ソウコを入れちゃってるわけ? 後から警備の兵と侍女のアコを叱っておかなければ。

 しかし【道具生産】のエフェクトに興味を引かれたとは言え、ソウコが俺の工房に入ってくるとは思ってもいなかった。

 コウちゃんが名門の出なんで地元の豪族の娘を下に見る感じで気位が高いってのが原因なんだけど俺たち兄妹は母親の仲が良くない。時々ある祝い事なんかのイベント事で顔を合わせるだけで言葉を交わした事も殆どない。そんなソウコが何で水を持って工房に入ってくるんだ?

 ・・・そうか、もしかしてソウコも寂しいのかも知れないな。ソウコにも妹が生まれているので俺同様母親が下の子にかかりっきりになっているのかも知れない。

 ふとソウコの顔を見る。嬉しそうに俺が創ったガラクタを見てキョロキョロしている。・・・そうだな、俺長男だし、弟や妹の面倒を見なきゃな。


「ソウコは折り鶴を知っているかい?」

「おりづる?」


 首を傾げる仕草が可愛い。まだ五歳の可愛い盛りだし守ってやりたいと保護欲が湧く。

 俺は机の引き出しから薄い黄色の正方形の紙を取り出しソウコの前に座ると紙を折り出す。ソウコは俺のそんな仕草を目をキラキラさせて見つめている。

 暫くして折り鶴が完成すると、ソウコの興味深々なのが良く分かるほどに目が大きく開かれた。


「これが折り鶴だ。この紙をあげるからソウコも折ってみると良いぞ」

「はい!」


 俺は折り方が分からないソウコに手ほどきしながら一緒に折り鶴を折る。ソウコも分からないながらも一生懸命折り鶴を折りやや不細工ながら折り鶴を完成させた。


「む~、兄様のように折れませぬ」

「紙は一杯あるんだ、好きなだけ使って良いし何度も折ればその内綺麗にできるようになるさ」


 俺はソウコの頭を撫でながらソウコをなだめる。


「はい!」


 ソウコは一回手ほどきしただけなのにもう折り方を覚えてしまったようで何羽も折り鶴を折っていく。俺は暫くその光景を眺めていたがソウコが余りにも集中して折り鶴を折っているので邪魔してはと思い自分の作業に戻った。


 

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