真夏の風物詩 -3-

[画面ノ中]



「次は私ね」


 二番手は明日香だった。

 息をするように心にもないことを言う虚言癖のクズであるが、別に怖い話が嘘であっても、誰も損などしない。面白ければ良いので、智弘と真は大人しく拝聴側に回る。


「半年前まで夜勤にいた、後藤がいるでしょ。私、あいつと夜勤被ってる期間があってさ。その頃の話なんだけど」

「後藤なら明後日、遊び行くわ」


 真がそう言うと、明日香は薄暗い中で「そう」と返した。


「細部が少し曖昧だから、わからなかったら後藤に聞いてよ。まぁ、あの時相当怖がってたから、嫌がるかもしれないけど」

「えー、後藤って怖がったりすんの? 想像できん」

「そうかなぁ? 私から見れば、結構ビビリだよ、あいつ」


 スマートフォンのバックライトが弱まったので、明日香は指で画面を叩いて光を復活させる。


「九月になったばかりで、まだ暑い日だった。しかも雨が降ってたから、ジメジメしててさ。私と後藤は交互に掃除に出ては空き部屋の換気をして回ってたんだよね」


 部屋の構造の問題で、カビが生えやすい場所がいくつか存在する。そのため、梅雨時から夏の終わりまでは、空き部屋は極力換気することとなっていた。


「44号室って縦長の部屋になってるでしょ。で、窓の方にパソコン台おいてあるじゃない」


 ビルの中にある部屋にはいくつかの種類があるが、一時期「本社」がネットカフェを経営していた時の備品を設置している部屋がある。

 何年か前の型落ちしたデスクトップパソコンであるが、それでも使いたい人間はいるようで、訪れる客の一部は「パソコンの使える部屋」と言って来る。


「あれがあるせいで、窓がちょっと開けにくいのが難点だよね。部屋自体も変な形だし。まぁ元が一つの部屋だったのを無理矢理分割しちゃったからなんだけどさ」


 そんな使いにくい部屋なので、安い上にあまり客は入らない。つまりその分、湿気が溜まりやすい部屋ということでもある。


「四階の部屋が空いたから、掃除しに行こうとしたら後藤が呼び止めるんだよね。「44号室のデスクトップが点いてたら消しておいて」って。変なこと言うなーと思って聞き返したら、どうもその頃、44号室のデスクトップに変な絵が背景設定されてたらしいんだ」

「変な絵?」


 智弘は初耳だったので聞き返した。


「女がどこかの廊下に佇んでいる絵がデスクトップになってるんだって。消しても消しても設定されるから、後藤は気味悪がっててさ。私が行くなら確認させようと思ったんだろうね」

「その絵が何なの?」

「それをこれから話すんじゃん。まぁいいよ、ってことで四階で掃除を済ませた後に44号室に行ったら、その日誰も部屋に入れてないのに、パソコンの電源が点いてたの」


 パソコン自体が安物なので、通常は掃除の度に電源は落としている。とは言え、偶に落とし忘れていることも珍しくはない。


「それでデスクトップ見てみたら、確かに後藤が言っていたような女の画像が背景になってた。白いワンピースを着て、少し明るく染めた長い髪を流して、どこかの建物の廊下に佇んでいるだけの画像だったけど、なんか気持ち悪くてさ」

「気持ち悪い?」


 真が聞き返す。

 今の明日香の説明では、ごく普通の女の画像にしか思えなかった。


「何て言うんだろう。建物が薄暗いせいかな。女のワンピースだけ浮いててさ。本当にそこで撮ったのかなーって感じ。もっといい画像なんて沢山ある筈なのに、どうしてこれなんだろう? って考えているうちに面倒になってさ」


 明日香の唐突な言葉に二人は揃って「あ?」と言った。


「考えてやれよ」

「だってさー、考えたところで無駄じゃん。それに胸の大きい可愛い若い女の子のセクシーグラビアなら兎に角として、ただのワンピース来た普通の顔の女だし」

「何、そのオッサンみたいな発想」


 真と智弘が交互に口を挟むが、明日香は一向に堪えない。


「見応えの問題だよ。ただの野良猫の画像よりは、可愛いアメショの子猫の画像の方が見応えがあるでしょ」

「まぁわからんでもないけど」

「わかっちゃうのかよ」


 早々に寝返った真を智弘は呆れ顔で見る。この店一番の馬鹿と名高い男は、少し長い理論を聞くと、簡単に巻き込まれる属性を持つ。

 まさに長いものに巻かれる性格。いつか右折で巻きこまれる可能性が捨てきれない。


「デスクトップの背景をデフォルトに戻して、フォルダとかに保存されている画像とかも全部削除して、あと勝手に背景が設定出来ないようにしたんだよね」

「スギノン、そんなこと出来んの?」

「ネットで調べただけだよ。で、終わった後に電源落として、フロントに戻ったの」


 明日香はそこで言葉を止めて、少し溜息をついた。


「というかそのぐらいさ、ネカフェ営業してた頃にどうにか出来なかったのかな?」

「いやー、無理だろ。だってネカフェって言っても金返さな……」


 真が何か言いかけたので、二人は慌てて左右から蹴って黙らせた。世の中、口に出してはいけないことがある。例え自分達には関わりのないことだとしても、「知っている」という事実がどこで自分たちの足を掬うかわからない。

 本社のシャイな幹部らの副業のことなど、バイトが知っても仕方ないことだった。

 両脛を蹴られて悶絶する真を無視して、明日香は続きを話し始める。


「……フロントに戻ったら後藤が画像のこと聞いてきたから、設定したこととか話してさ、「もう大丈夫だから、次行ってきなよ」って言ったの」

「足痛いんだけど」

「それから一時間ぐらい後かな。四階に入ってた客が出たから、後藤が掃除に行った。私は雨が強くなってきたから、フロントの中の除湿器動かそうかなーなんて思ってたんだけど、突然悲鳴が聞こえて、誰かが階段を、勢いよく走り降りてくる音がした」


 非常階段を転がり落ちるように降りて来たのは、顔を真っ青にした後藤だった。


「当然、ビックリするでしょ。ゴキブリでも出たにしては泡食ったような顔してるし。何があったか聞こうとしたら、後藤が慌てたように言ったんだ」



「女が近づいてる!」



「訳わからなくない? でも何度話を促しても、怯えてるだけで要領は得ないし、部屋の掃除道具なんかも全部四階に置いてきちゃったみたいだし、仕方ないからそれを回収しようと思って四階に行ったの」


 44号室の扉は空いていた。扉から中を覗き込むと、誰も入っていなかったはずの部屋で、デスクトップパソコンが静かに動いていた。


「それでデスクトップを見たらさ、……血まみれの顔をした女が、画面いっぱいに映ってたんだよね」


 スマートフォンのバックライトが、待ちかねていたかのように切れた。思わず智弘は悲鳴を上げる。


「な、なんで?」

「私に聞かれても知らないよ」


 バックライトを復活させながら、明日香はあっさりと言った。


「背景は同じ建物で、女の顔も同じだった。違うのは女の立ち位置と、血の有無。それだけ」

「でもスギノンが換気して、後藤がもう一度行くまで、誰も入らなかったんだろ?」

「そうだよ。不思議だよね。お陰で後藤からは散々疑われたけどさ。後で疑いは晴れたよ」

「どうやって?」


 明日香はバックライトに照らされた口元をゆっくりと歪めた。


「次の日にデスクトップの背景は女がいない建物の廊下の画像だけになったんだってさ。勿論私がいない時間に」

「それって……」

「もしかして何処かに行ったのかな。……何処かは知らないけどさ」


 折角点いたバックライトが、何故かまた落ちた。

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