それでも、ケアをさせて頂きたい
それでも、ケアをさせて頂きたい①
秋桜が寝ぼけて咲いてしまいそうな、小春日和だった。
2月だというのに4月の陽気で、スーツの上にコートを着てこなくて正解だった。
夏に深谷でボランティアをしたときも思ったが、埼玉県の雰囲気が良い。どこが良いのか、言語化できないのが残念な後藤だが、大学卒業後の就職先は埼玉県も視野に入れようかと考えてしまう。
「こんにちは!」
「こんにちはー」
後ろから声をかけられ、後藤は振り返った。
車椅子を押す男女が、ペースを上げて後藤に近づいてくる。ふたりとも、若い。
「あれ、先輩?」
男性の方は、可愛い顔をした子だ。水色のウエアの下に黒い長袖Tシャツを着ていて、病棟勤務の男性看護師のような雰囲気がある。
「いろは深谷」の介護職員・甲田である。彼には、夏に大変お世話になった。
「しーちゃん? 深谷にいるんじゃなかった?」
「今日は本庄に応援なんです」
「デイの職員配置が足りなくて、来て頂いたんです」
女性が付け加えた。目鼻立ちのはっきりした、美人顔の女子だ。黒髪のボブカットがよく似合う。
「もしかして、インターンシップの学生のかたですか? 今日、挨拶にみえるって、施設長から聞いています」
後藤が肯定すると、女性は、ティルト・リクライング車椅子のフットブレーキをかけ、こうべを垂れた。
「申し遅れました。『デイサービスセンター・いろは本庄』の介護職員で、高橋と申します」
「丁寧にすみません。後藤和記です」
後藤も頭を下げると、甲田の押す車椅子に乗っていた“
一瞬、指先が引きつった。「怖い」とわずかに感じた。しかし、簡単に払拭できる程度だ。
後藤は膝をつかないように気をつけてしゃがみ込み、風間様と視線を合わせた。
「風間さんですね。3月からお世話になります。よろしくお願いします」
ティルトに座るかたが、にこにこ笑って手招きをするので、後藤も手を伸ばす。
「駄目です!」
高橋が鋭く叫んだ。
「真崎様に手を出すと、もれなくこうなります」
高橋は、自分の手を真崎様に伸ばす。
真崎様は、その手を強く握った。高橋の手が、みるみる赤くなってゆく。
高橋は慣れたように真崎様の手から抜けた。
「ご利用者様は今、お散歩の時間なのです。職員が車椅子を押して、順番に公園の周りを一周して頂いています」
後藤は見知らぬ土地で緊張していて気付かなかったが、路地を挟んだ左側が公園だった。
高橋達は公園の周りを一周して、後藤の後ろを歩く形になったようだ。
「施設はこちらです」
高橋は、右側を手で示した。
フェンスに守られるように、平屋の建物がある。
「大木さん!」
ちょうどベランダに出てきた職員を、高橋が呼ぶ。
呼ばれた彼女は、無言で固まった。
後藤はその彼女に、頭を下げた。
相変わらず、介護は怖い。そういうものだと割り切っている。
怖いから、最大限に安全策をとって、チームで介護をするのだ。
インターンシップの2週間、後藤はこのチームに入らせて頂く。
後藤の考え方は変わらない。
介護の仕事が好き。
世の中のために働きたい。
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