第13話 限界を超える能力


「……ラグナ様、うちの店に武器を卸しませんか?」


 お茶も飲み終えようかという段階でブリジッドはそんなことを言い始めた。


「うん? どうしたいきなり」

「天魔王を倒した鍛冶師の武器……。そんなモノがあれば飛ぶように売れると思いまして。プレミアもつくと思いますし、とてもいい商品になると思うのです!」


 丁寧な口調に似合わないくらいに商魂たくましいな。熱意のある視線を向けられてくるのも嬉しい。だが、


「今のところ、業者に頼まれて武器を作る予定はないな」


 自分の能力をどこまで使えるのかは分からないが、レベル一〇〇の武器くらいならそこら辺の材料ですぐ作れてしまうのは分かっている。そんなものを世に流していいものか判断がつかない現状で武器を売り出したくはない。


「そう、ですか。唐突なご提案をしてしまってすみませんでした」


 ブリジッドは残念そうな表情を一瞬浮かべたかと思うと、すぐにその表情を笑みに変えた。


「ただ、もしもお金や物資がいりようならば、いつでもお声かけ下さい。ラグナ様の頼みであれば、当商会は、金でも物でも情報でも、なんでもお支払いしますので!」

「ずいぶんと扱いがいいんだな」

「天魔王を倒された方なのですから、ラグナ様とレイン様は特別待遇で当然です。恩を売っておいて、損はないでしょうしね」


 苦笑しながら言った後半が本音だろうか。まあ、その本音を口に出してくれているあたり、信用はしてもらっているようだ。


「ともあれ、今日はレイン様の安否を確認できただけではなく、更にはラグナ様と言う凄まじい方にもお会いできて、今日は幸いでした。今回は時間も時間ですので、これにて街の方に戻りますが、またよろしくお願いします」


 ブリジッドはそう言った後、帰り支度を始めた。

 その上、彼女は乗ってきた馬車から沢山の荷材を取り出し、


「これらは、自由にお使いください。貴方がたの功績を考えれば全然足りませんが、ひとまずのお礼、ということで。……また馬車も一台置いていきますので、お二方とも、街にお越しになるときにはそれを使ってくだされば、と」


 と、俺達の家の前に物品を置くだけ置いて、去って行った。

 幌馬車の中から、幌より大きい馬車がズルリと出てくるという、物理的におかしい場面にはさすがに目を疑ったけれども。ともあれ、


「なんだか、忙しない訪問者だったけれど、馬車が手に入ったな」

「はい。便利に使えそうで有り難いですね」


 俺はレインと共に、家の前に置かれた馬車に目をやった。

 少し古いが木製の大きな荷車と、それを引く牝馬がワンセットだ。


 ブリジットの話だと、この馬車でならば街まで半日も掛らない速度で移動できるという。

 これならちょっとした遠出も楽にできるようになるので、行動範囲も広がる。


 ……これからどう動くにせよ、足が増えるのは楽でいい。


 そう思って俺が馬と荷車を撫でた。その瞬間、


【普通の古馬車 (ノーマル) レベル二】


 俺の目の前に、透明なウインドウが現れた。


「ああ……馬車も鍛冶スキルの判定内なんだな、これ」

「ええ!? 馬車もですか?」


 俺の言葉に、隣のレインは口をぽかんと開ける。


「ら、ラグナさんの鍛冶判定、本当に広いですね」

「みたいだなあ」


 現実で鍛冶スキルを使いだして数日経っているが、この力の有効判定がどこまでか未だ測りきれていなかったりする。

 

 ゲーム中では鍛冶スキルは武器防具に対して効果を発揮していたが、

 

 ……現実では、もしかしたら、鍛錬できるものは多いのかもしれない。

 

 とはいえ、俺の鍛冶ポイントがもつ《・・》限りは、という条件付きだが。


「というか、最近鍛冶ポイントを気にしたことがなかったけど、今は何ポイントくらい残ってるんだ?」


 鍛冶スキルを使って今日まで色々なモノを直してきたけれども、こうしてポイントを確認するのは久しぶりだ。


 ……数日前に見た時は2980/3000だったんだよな。


 一回の消費が一ケタ、多くても二ケタ単位で、大して減ってないだろうけれども。


 この減り具合で、今までどれくらいのモノを鍛錬してきたのかが分かるだろう。そう思って、俺は眼の前に出現させた透明なカードを見た。すると、

 

【ラグナ・スミス。使用可能鍛冶ポイント6200/3000】


「……んん?」


 何だか数字がおかしい事に気付いた。


 一回目をこすって見なおしてみたが、やはりその表記は変わらない。


「あれ、これバグった? ……なんか鍛冶ポイントの使える量が増えているんだけど……」


 俺の言葉を聞いてレインは首を傾げた。


「え……っと? どういうことでしょうか?」

「ああ、元々三千だった鍛冶ポイントが、六千を超えてるんだよな」


 そう言った瞬間、レインが口をあんぐりと開けた。


「に、三千が六千って……ば、倍以上じゃないですか! ど、どうやったんですか? 鍛冶ポイントの限界値を上げる方法なんて、聞いたことがないのですが!」

「いや、俺も知らないぞ?」


 アームドエッダでは、鍛冶ポイントはモンスターやボスを討伐することで取得する事が出来た。

 ……大体が、己のレベルの百分の一くらいのポイントをくれたな。


 レベル三十の敵ならば三回倒せばおよそ一溜まるので、作業プレイに徹すればすぐに千や二千は溜める事が出来た。


 ただしそれが限界値までの話だ。


 レベル255の鍛冶師で三〇〇〇。

 それが限度なのに、明らかに数字がオーバーしている。

 最後に確認したのは数日前だが、その時には、こんな数字では無かった筈なのに。


「……レイン。鍛冶ポイントは、モンスターを倒すことで得られるっていう知識は間違っていないんだよな?」

「も、勿論です。でも、三千ポイントを一気に得られるモンスターなんていないですよ! 普通はモンスターを倒して少しずつ少しずつ回復させていくしかない筈なんですが……」

「あー……でも、そこに関しては、思い当たる節はあるんだ」

「あるんですか?!」


 レインは驚いているけれども、大量に回復する手段に関しては経験していた。それは、


「……天魔王を倒せば、それだけ手に入るんだよ」

「な、なるほど……それは確かに、私では分かりませんでしたね」


 レイドボスである天魔王を倒せば鍛冶ポイントが三〇〇〇も手に入る。

 一回の戦闘で満タンにしてくれるから、雑魚狩りをして全回復するよりもよっぽど楽だと、何度も何度も狩りにいった覚えがある。


 それは分かる。だが、この六千の意味が分からない。

 ただ、一つ仮説を立てるならば、

 

 ……まさか現実では、鍛冶ポイントの取得限度がないのか……?


 右側の上限値は飾りで、倒せば倒した分だけ、鍛冶ポイントが得られるのかもしれない。

 そう考えれば説明もつく。天魔を倒して、更に素材集めの時にモンスターを倒しまくった。


 その時のポイントも合わさって、俺に補充されているのだとしたら、この数字でも間違いではない。


「……一応、スキルそのものに、何かおかしいところはないか、一度鍛錬してみるか」


 そう言って、俺は馬車に触れる。ノーマルでレベル2のこの馬車でなら、試して数値の変動を見るのも楽だ。とりあえずレベル十上げる事をイメージして、


「《鍛錬》」


 スキルを使った。

 すると、馬車の形が一気に変わった。

 少し頼りにならなさそうな古くて少しボロボロな荷車が、一気にピカピカで、頑丈そうな見た目に早変わりした。そして、

 

【強靭強固な馬車 (ノーマル) レベル十二】


 狙い通り十上げることに成功した。

 その結果、明らかに馬車の見た目が立派になった。


「わ、わあ、本当に、馬車まで鍛えられるんですね……。ラグナさんの鍛冶スキルは、ちょっと鍛冶の領域を超越している気がします」

「まあ、俺としてもその領域が分からない事だらけではあるんだが……」


 とりあえず今回の実験で分かる事があった、と俺は自分の鍛冶ステータスを見て、思った。


【ラグナ・スミス。使用可能鍛冶ポイント6190/3000】


 規定通り十ポイントが、左側の数字から減少している。

 それ以外、変わりがない。

 

 つまり、溜めたポイントの一部を、普通に使えたという事だ。

 

 ……すげえ、けど。これは、いいのか?


 ゲーム中で鍛冶ポイントに上限が決められていた理由は、純粋に《鍛錬》というスキルが、強かったからだ。


 ……ボス戦や対人戦中に防具を鍛えて新しくスキルと耐性を付けて、相手の攻撃を無効化、とかやれるからな。


 上限を決めないと戦闘中でもお構いなしにレベルをあげて、都合の良い武器、防具を作れてしまう。だから、戦闘中に何度も何度も《鍛錬》を使えないように、上限が決められていた。


 けれど、この現実では上限なんてものは存在しない。

 取得すればするほど使えてしまえるのだから。

 ましてや鍛えられるものは、武器や防具だけではなく、家などもその範囲内だ。


 ……これは、鍛冶師の性能がぶっ壊れになるぞ……。


 俺は自らの鍛冶ポイントを見ながら、驚きと共に、そう思うのだった。

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