第10話 成長していく能力



 地面を転がったり、散々泣きじゃくったりして、ドロドロになったレインには、風呂に入ってもらうことで気を沈めてもらった。

 そして、十数分後、レインは薄い着衣を身につけて出て来た。


「さっぱりしたか?」

「はい。ラグナさんのお陰で、身も心もすっきりしました」


 レインの顔は晴れ晴れとしていて、先ほどの泣き顔が嘘のようだった。


「天魔王を倒した事で体に変調とかは起こしてないよな?」

「それも大丈夫です。むしろ、天魔王ユングの攻撃がやんで、健康的になったくらいですよ」


 レインは血色のいい顔で、両腕に小さな力こぶを作る。ステータスの方も


【レーヴァテイン・スルト レベル75 職業:伝説の武器兼ファイアマスター。状態:正常】

 

 とバッドステータスはすべて消えているし、本当に、元気になったようだ。


「これで、命の危険もなくなったんだよな?」

「はい。私の命を削っていたユングは完全にいなくなりましたから。レベルは下がったままですけれど……でも、もう大丈夫です」


 にっこりとレインはほほ笑んだ。良い事だと思いつつも、俺には言っておかねばならない事があった。それは、


「レイン。まあ、何というか。今後の事とか、色々と話したい事は山ほどあるんだけどさ。……まずは家を壊して申し訳ない、と言っておく」


 先ほどの戦闘で、家が半壊した。

 天魔の技と俺の奥義がぶつかった時の余波によるものだろう。

 

 文字通り、半分くらいが吹っ飛んでいるのだ。

 

 魔法の装置で水やお湯は出せて風呂は使えるし、キッチンも掃除をすれば使えなくはないのだが、半露天状態になっていた。


「い、いえ、気にしないでください。この戦いの原因は私だったんですし」

「そうは言ってもな……」


 俺は自宅の中をぐるりと見回す。

 朝とは比べ物にならない位にぐちゃぐちゃだ。


 キッチンの皿は半分以上が割れたし、本棚は倒れて、壁にも穴がいくつも開いている。更には天井も吹っ飛んでいる。星がきれいに見えるのはいいことだが、

 

「これは流石に酷いからな」

「あ、あはは……ま、まあ、これからは暑い季節ですから。風通しが良くなったものと思えばいいですよ」

「うん、俺が言うのもなんだけど、そのフォローはどうかと思うぞ」


 本当に風通しが良くなって、天井から吹く風が気持ちいい感じになってきているけどさ。


「ともあれ、直さないと不便だよな。雨に降られたら、大変なことになるし」

「一応、適当な板や袋を広げて張って修復しますか?」

「おう。まずは、応急処置をしないと、ダメだろうな」


 そう言いながら、穴だらけになったこの家の天井を見てから、柱の方に目を移した。

 自宅の柱にはヒビ一つない。

 

 先程の戦闘で、巨大な振動を食らいながらも倒壊しなかったのは、この柱のお蔭かもな、と感謝しながら触れていると、


【半壊した木造建築 (ノーマル) lv20: 鍛錬可能。鍛錬しますか?】


「うん?」


 ステータス看破のスキルが発動した。

 それも、『鍛錬しますか?』なんていう文章まで付いている。


「あれ、どうかなさいましたか?」

「いや、なんだか、この家のステータスが見えてな。……この家にも《鍛錬》が鍛冶スキルが使えるみたい、なんだ」

「え……!? それは、つまり家が武器・防具として認識されているってことですかね?」

「そうなる……のかな」


【半壊した木造家屋 (ノーマル) レベル20】とか出てるし。


「す、凄い万能ですね、鍛冶師って」

「いや、これは鍛冶じゃないと思うんだが……どうなってるんだろうな」


 とりあえず《鍛錬》してみるかと、俺はKPを1消費して《鍛錬》を使ってみた。

 すると、


「わ、わ、凄いですよ、ラグナさん! 家の壁が勝手に塗り替えられていきます!」


 壁の穴が一気に直っていった。


「鍛冶で家って直るんですね!」

「いや待て、これは鍛冶じゃないと思うぞ」


 俺としても楽に直ってくれて、レインの喜ぶ顔を見れるのは嬉しいけどさ。

 この《鍛錬》性能は異常だ。というか、ステータス看破の能力もおかしい。


【応急処置した木造家屋 (ノーマル) lv21 鍛錬続行可能】


 鍛錬がどうとか、こんな表記は前まで無かった筈なのに。


 ……ステータス看破の能力が上がってるってことなのか?


 もしくは、鍛冶師としての能力が上がっているのかもしれない。

 この世界はゲームでは無いので、この成長がなんによるものなのかは掴めない。


 ……また調べておきたい事が増えたな。


 などと思っていたら、ステータスの欄にさらなる文字が入った。


【応急処置した木造家屋 (ノーマル)lv21 これ以上の進化には鉄鉱石、樹木版が必要になります】


 なんて書かれている。

 どうやら材料を集めないとこれ以上直せないようだ。


「鉄鉱石なんてどこで手に入るんだ?」

「ええと、……天魔がいなくなったのであれば、あの岩石地帯に入れますし、いくらか取れるはずです。あとは、街に居る商人から買う事も出来るかと」

「街かあ。そういえば、レインは通販で利用しているんだよな?」

「はい。昔の知り合いの商人が、都合してくれてます」


 あの不思議馬車を持っている商人か。

 定期的に色々なものが送られてくるし、素材なども買おうと思えば買えそうだが、


「……とりあえず、自分で集めるものは集めて、商人の所に行くのは最終手段にしようかな。自分で獲れるものを買うのは、勿体ないし」


 樹木版などは、家の周辺にごろごろ転がっている折れた樹木から取り出せそうだしな。

 

「さて、じゃあ明日からは、家の再建のために動くか」

「はい。……この周辺だろうと街だろうと、私はもうどこでも行けますから。私はラグナさんがどこに行こうと、付いていけますから、いっぱい動きましょう!」


 そう返事をしたレインの表情は、とても明るく嬉しそうなものになっていたのだった。



「……ふう、良く寝たな」


 天魔王を倒した翌日、俺は、居間のベッドで目を覚ました。

 

 あれだけの動きをした為、体の方は疲れていたらしい。夕方くらいから今まで完全に寝入ってしまった。ただ、屋根のない開放感ある室内なので、日差しが差し込んでくると自動的に起きてしまう。

 眩しさで涙が出るくらいの光だ。


 ……まあ、ある意味健康的で、気持ちいいから構わないんだけど。


 思いながら、俺はベッド脇に置いてある武器を見た。

 元から持っていたケリュケイオンの横には、真っ赤な鞘をした剣、レーヴァテインがある。

 

 伝説の武器であり、俺が育てた武器だ。

 昨日の内に何度か触れて、いくらか使い心地を試してみたが


 ……凄く体になじんだんだよな。

 

 触れた瞬間に使い方が分かった。

 体がその剣を覚えているような。そんな感触だった。

 

 《ファイアマスター》をはじめとした多種多様なスキルは消えることなくしっかりと実装されていた。

 

 ……それに、切れ味も鋭かったよな。

 

 窓の外を見れば、いくつもの丸太が転がっているのが見える。

 家を直すために材料が必要という事で、周辺の木々をレーヴァテインで伐採した結果だ。


 もともと戦闘の余波で剥げていた林が、更に剥げてしまった。

 割と豪快な自然破壊をしてしまったが、この辺りの木々は異常なまでに成長が早いので大丈夫だろう。三日前に斬り倒した木の位置に、新しい成木が生えていたとかザラにあったし。


 ……俺の育てたという武器が、俺の手元にあるというのは、嬉しい事だな。

 

 そう思いながら俺は、自分の寝ていた場所の隣を見る。そこには、


「ふみゅ……ん……」


 レインが隣で寝ていた。

 戦闘の余波でベッドの一つが壊れた為、居間のベッドで俺達は同衾することになったのだ。 

 彼女は以前のように苦しそうな表情で寝ることはなくなった。それが一番、嬉しい事だ、とレインの顔を眺めていると、


「あ……ふ……朝、ですかぁ? おはよ、ございます、ラグニャさん……」

「おう、おはよう」


 レインが目を覚ました。半ば寝ぼけながら、俺の体を掴んでくる。

 俺の存在を確かめるように。そして、


「えへへ……ラグナさんが、います」

「おう」


 レインは柔らかに笑って、頭をこすりつけてくる。

 その頭を撫でるとまた幸せそうにほほ笑む。


「ラグナさんの手、気持ちいいです……」

「はは、ありがとうよ。普通の手だけどな」


 俺の手をくすぐったそうな顔で受け入れる彼女の顔には、もう涙の痕は付いていない。


 こんな笑顔を見れるのなら、疲れるまで戦った甲斐はあったな、と思いながら俺は彼女との朝を楽しんでいった。

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