第3話 オッサンなんてもういいですから。

 五人の筋肉質な天使に導かれて、狭くて暗い通路を進むこと約十分。

 辿り着いた先は、広くて明るい……村、と言っても差し支えのない場所だった。


「うおお……広っ!」


 ざっと見回しただけでも奥行、幅ともに百……いや、二百メートル以上はある。

 天井にしても、さっきの道は手を上げて思いっきりジャンプしたら突き指すること請け合いだった。

 だが、ここは十人で肩車しても――そんなことをしたら一番下のヤツが不憫なことこの上ないが――とても届かない高さだ。

 不格好ながらも木造の住宅、というか小屋が立ち並び、少なくない人達が談笑してくつろぎ、得体の知れない植物や肉を並べた露店もあり、澄み切った水でいっぱいに満たされた泉まである。

 ダンジョンの中らしからぬ生活感溢れる風景によって、恐怖体験による精神的ダメージも徐々に和らいでいく。


 何だよ……ダンジョンってもっとやべえ状況だと思ってたのに、全然普通に生活してんじゃん。

 観光気分で口をポカーンと開けてキョロキョロしながらついていくと、いつの間にか一際大きく頑丈に作りこまれた建物までやって来た。

 ……はっはーん。

 なるほど、これは展開的に村長ポジションのキャラに紹介される流れかな、と髭を蓄えた優しそうな老人を無意識に想像して扉をくぐる。

 …………が……。


「よお、オメェら早かったじゃねえか。……ぁあん? んだそのガキゃあ、新入りかぁ?」


 年齢四十代、身長二メートル超、筋骨隆々、近寄りがたい般若のような強面、ドスの利いた声、そこかしこに刻まれた歴戦の古傷、握られた巨大な戦斧。

 ……はい恐い。

 どう見ても人間ですが、どう見ても魔物より立派な魔物です。

 考えてみれば、ここは犯罪者が捨てられる魔窟だった。

 穏やかな老紳士などいるはずがないのだ……誠に残念ながら。

 連れてきてくれた五人が説明する間も、終始ビビって置物のように固まる俺。

 そんな俺に、村長改め暴力団組長が肉食獣を思わせる鋭い視線を向ける。


「なるほどなぁ……。おいガキ、俺ぁこがらし剛健ごうけんってんだ。テメェ、名前はなんつーんだ? 歳は? その怪我は魔物に襲われたのか?」

「あ……の、俺は、日比野天地……十六歳、です。これはその、魔物……かな? なんというか……見た目は普通の女の子なんですけど、普通じゃないっていうか、あのー……頭っていうか行動っていうか……なんか、そういうのが変なヤツにいきなり噛み付かれて……はい」


 我ながら「何言ってんだ俺」って感じだが、仕方ねーだろ。

 紛うことなき真実なんだから。

 ……でも、今思えば、あの化物女は夢か何かだという気もしてきた。

 してきたが、腕が痛いので信じざるを得ない。

 俺の言うことを理解して……たとは思えないが、凩と名乗る男はほんの一瞬、目を大きく見開き口をキュッと結んでから、少し声を落として言った。


「そうか……。いいか日比野、そいつぁ魔物じゃねえ、人間だ。だが、命が惜しけりゃ近づくな。そいつのことは、近い内に何とかする予定だが……まあ、お前には関係ねえこった」

「え……あ、はい……了解です」


 あれが人間?

 冗談だろ?

 まあ、「実はアイツはゾンビだから噛まれたお前はもう助からねえ、ご愁傷様(笑)」と言われなかったのは非常に僥倖であったけれども。


「――んで、お前はまだ高校生っつーのに一体全体何をやらかしやがったんだ、ハハハッ」


 一転して明るいトーンで笑って問いかけられ、口をつぐむ。

 見た目より気さくで話しやすそうな人物ではあるものの、話しにくい話題を振られてしまった。


 俺は、罪状としては殺人ということで捕まり、ここに放り込まれた。

 しかし、誓って言うが、俺は人殺しなどしていない。

 そんなことをする度胸もなければ、殺したいほど憎い奴も今のところいない。

 いたって平和で、平々凡々な人生を送ってきた。

 ただ、とある事情で殺人の罪を被っているだけに過ぎないのだ。

 とはいえ、そんな海より深くめんどくさい背景をここでぶっちゃける意味も必要もない。

 ……ないのだが、この屈強な犯罪者集団の仲間入りをする上で、ガキだからと舐められたくない。

 っていうか、俺のような人畜無害でピュアな若者はイジメられるかもしれん。

 なので、ここは大変遺憾ながら強気にイキった方が良いのではなかろうか。

 という思考を経て、俺は頭をぽりぽり掻きながら精一杯平静を装って答えた。


「いやー、実は俺、人を殺しちゃいまして……。あははははっ!」

「……人殺し? お前が? ハハハハハハハッ! 日比野、お前この状況で冗談とは、なかなかいい性格してんじゃねえか! おもしれーなおい!」


 っえーーーーーー。

 思惑は華麗に空回りし、ただただジョークとして処理されてしまった。

 あまりにも不本意な話だが、だだ滑りすることも癇に障ることもなく、むしろウケたので切ない気持ちをグッと堪える。

 引きつった笑いを浮かべるしかない俺に、凩は爆笑を何とか抑えた様子で話を続ける。


「くっくっく……。ところで、日比野……おめぇはこのダンジョンのことをどの程度知ってる? ニュースとかで見たことあるか?」

「え? まあ、今でもたまに話題になるんで多少は……。と言っても、五年前に突然現れた穴から魔物が出てくるから、犯罪者を収容所代わりに送って抑えさせてる……ってくらいですかね。実際にどんな魔物だとか、中の様子とかは全く……」

「そんなもんだろうなぁ、一般人にとっちゃよ。ま、大体はそんな感じだ」


 考えてみればおかしな話だ。

 謎の地下ダンジョンに魔物ときたら、もっと内部情報とか詳しく報道されそうなのに……。

 どのみち、鬱陶しいくらいテレビで流れていたとしても、まさか自分がこんなことになるとは夢にも思わないから、先週のチュニジアの天気くらいどうでもいい気持ちで見てただろうけどね。

 今の状況を鑑みると、当時の俺を思いっきり腹パンして「他人事じゃねえぞ、真面目に見ろ馬鹿野郎!」と小一時間ほど説教してやりたい。


「ここを見ての通り、俺たちぁこのクソ溜めにぶち込まれてから五年で、何とか安定した生活を送れるようになった。ラッキーなことに水や食料は調達できたし、魔物も武器がありゃ何とかなる程度だったからな。まあ、この辺りは……だけどな」

「え……えっと、つまり、みんなはここで生活してるってこと……なんですよね、やっぱり」

「ああ。住めば都っつーか、なかなか悪くねえぜ。地上よりマシなくれえだよ、ハハハハハッ!」


 そうか……。

 確かに外の様子を見た感じ、かなり活気があって賑わっていた。

 もっと悲壮な雰囲気を漂わせて、明日を生きる希望もなく、今にも死にそうな顔をしながら一日一日を何とか耐え忍んで生き延びているものとばかり思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

 住人の口から直接明るい現実を聞くと、何か俺も元気が出てきた。


「所々に、ここみてえな広い空間があって、食用や薬用の草の他にでけえ木が生えてたから、それで家を作った。武器や防具もオークやらコボルトやらゴブリンをぶっ殺して奪った。食い物は……おっと、今は言わねえでおくか、ブハハッ!」


 え、ナニソレ恐い。

 高級フランス料理のフルコースを食べたいとか寝言はほざきませんが、それでも食べ物は俺の中での重要度が高めだから、なるべくマシな物を……。

 って、ちょっと待った!


「お、オーク? コボルト? ゴブリン? な、何かファンタジーっぽいガチな魔物の名前なんですけど……。ま、まさかそんなのが、ここに……?」

「おうよ! そりゃもう、うじゃうじゃいやがるぜ!」


 マジすか…………。

 人並み以上にゲームを嗜む健全な男子高校生の俺にとって、本来は心ときめくステキなワードだったであろう。

 だが、現状では冗談でも笑えない。

 うすら寒い。

 背筋が凍り付く。


「んで、だ。おめぇもここに来たからにはキッチリと働いてもらう。でも、まあ安心しろ。その貧弱な体で貧弱な剣を一本持って、いきなり一人で魔物を倒しに行けとは言わねえよ」

「で、ですよねー……た、助かります」

「ん~~……見張りか畑仕事か水汲みが妥当だろうが、どれも人は足りてるしなぁ……。おめぇの体つき見てっと不安だが……仮にも男だし、魔物駆除班でちっと人手が足りねえチームがあるから、そこに入ってもらうとすっか」

「ファッッ!?」


 おいおいおいおいおいおい、本気か?

 喧嘩すら無縁だった俺に魔物をぶっ殺せってか?

 死ねって言ってるのと同義だぞ、おい。

 ど、どどど、どうする?

 先祖代々畑を耕してたから、どうしてもクワを持たせてくれと言うか?

 それとも、持病の腰痛で医者から激しい運動は控えるように釘を刺されてると言うか?

 俺が懸命に思考を巡らせていたものの、コイツの中ではすでに話は決定していたようで、早くも死刑宣告を言い渡される。


「さってと、じゃあ余ってる防具は貸してやっから、着替えたら早速行ってこい。何事も経験だ、がんばれよ! ハハハハハッ!」


 ……………………オワタ。

 つーか、もう?

 もう行くの? 早くない?

 最初は見学か体験入部(?)じゃねえの?

 ハイキングに行くんじゃねーんだぞ、雑すぎんだろ、分かってんのかこの組長。


 十分後、漫画やゲームでしか見たことのない金属製の胸当て、小手、脛当てを苦労の末に身につけて外に出ると、立派すぎて涙が出そうなくらい仕事熱心な組長さんが、早くもパーティーメンバーを連れてきていた。

 数は四人。

 当然ながら、全員が俺より年上でガタイのいい成人男性だ。


「お前が新入りの……日比野、だったか。よしっ、これからよろしく頼むぜ!」

「ガンガンしごいてやっから覚悟しろよ」

「あんま緊張しなくても大丈夫だ。この辺は大した魔物は出ねえから」

「それじゃ、狩りに行くとしようかっ!」


 ……何だ、この展開。

 何だ、この状況。 

 すげー居づらい。

 場違い感マックス。

 俺だけ激しく浮いてんだけど。

 元々人付き合いが嫌いな俺が、何でよりにもよって命の懸かった重要な団体行動をしなきゃならねーんだ……。

 しかも、身長的にも年代的にも一回り以上離れた野郎共と一緒に……。

 どんな拷問だよ、これ。

 胃が痛くて、目眩までしてきた気がする。

 魔物に殺される前にストレスでぶっ倒れそうなんだけど。

 まさか、こんなダンジョン生活を強いられるとか予想外にもほどがあるだろ。

 マジ、牢屋で一人静かに過ごせた一昔前に戻らせてくれよ。

 ガシャガシャと音を鳴らして意気揚々と出発する大人達の後を、大きなため息をつき、肩を落として下を向いてトボトボ歩く。



 ――俺は、この時、思ってもいなかった。

 このパーティーがわずか数時間で解散を余儀なくされるだなんて。

 それも、あんな最悪の理由で…………だなんて。

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