がんばれ!はるかわくん! -8-

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 春 川


《 DATE 2月12日 午後10時03分》


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 ヒミズさんの声で目が覚める。


…と言っても、まぶたが重くてなかなか目が開けられない。

 車はすでに停車しているようだ。

 爆睡していたはずなのに、まだ眠たくて仕方がない。


「―― 余計なことを!」


 ヒミズさんが声を荒げて言うのが聞こえた。

 ヒミズさんが珍しく店長に噛みついているようだ。

 なにごとだ?

 睡魔を必死に追い払う。


「よろこぶと思ったんだよ」


 店長はあまり気にしてないようだ。

 それどころか、声からは、ヒミズさんの不機嫌を楽しんでいるような余裕すら感じられる。


 何を話しているのか具体的な内容は分からなかったが、店長とヒミズさんはしばらく言い合っていた。


 やがてヒミズさんは根負けしたのか、舌打ちして、ため息まじりで「わかりました」と言った。


 助手席のドアが開き、鼻先に冬の匂いがひやりとまとわる。

 店長がヒミズさんに何か声をかけたが、ヒミズさんが応える様子はなく、ドアが乱暴に閉められ、ソファが揺れた。

 それでようやく思考が少し覚醒する。


(…着いたんだ。)


 車からソファを下ろすなら、手伝わなければいけない。起きないと。


 そう思って体を起こそうとするのだが、これがピクリとも動かない。

 金縛りにあっているみたいに、指先まで固まったまま、とにかく動かせないのだ。

 無理に動かそうとすると、しびれすら感じる。


―― 俺、手伝いますよ。

 そう言おうとしたが、声も出ない。口も動かない。


 俺はまだ夢のなかにいるんだろうか。

 もう一度、腹の底から思いきり声を振り絞る。


「……てん…ちょ………」


 やっと声が出た。

 でも自分のなかから必死に探り出した声は、自分の声とは思えないくらいか細くて頼りない。


 懸命に目を開けると、目の前に大きな「手」が見えた。

 ぶらぶらっと動いているのを目で追うと、またまぶたが落ちてしまった。


 ガトン、と音がして、ソファが揺れるので、力を入れてまた目を開ける。


 車内が明るいのは、運転席のルームライトがついているせいだ。

 視線を上に向けると、暗いオレンジ色の光のなかで助手席のシートが前に倒れていて、店長は器用にその上に座ってすぐそばで俺を見下ろしていた。


 まぶたが落ちそうになるのをこらえながら、目だけ動かして店長を見る。


「起きたの。」


 店長は、にこっと笑って、ふにゃふにゃ言った。


 ああ。いい笑顔。


 いや、それどころじゃないだろ。

「………」(すみません!今、起きあがります!)

 気持ちとは裏腹に、身体は全然言うことを聞いてくれない。


 店長は自分の来ていたダウンコートを脱いで、俺にかけてくれた。

(いやいや、寝ません!起きますって!)


「…ウ……」


としか、声がでない。

 すでに単語ですらないじゃないか。俺よ、しっかりしろ。


 ダウンコートは俺とソファの間に押し込まれるようにして俺の上に置かれた。

 店長はコートをなぜかたくし上げたまま、俺と上のソファの緩衝材みたいにした。


 コートからも店長の匂いがして、くらくらする。


 ガチャ、ガパン!…と大きな音がして、今度は後ろのハッチが開いたのだとわかる。

 服の上から、冷たい空気がせり上がってきた。

 ヒミズさんはタバコを吸っていたらしく、その匂いも一緒に入ってくる。


 体が慣れてきたのか、2月にしてはそこまで寒くない。オイルの匂い。店長の実家の、おそらくガレージのなかだ。


――― ガガガン


 ソファが揺れ、光が下からももれている。ハッチのほうのルームライトだ。

 ヒミズさんが、1人掛けソファの、2つあるうちのひとつを外に出したのだのだとわかる。

(―― 手伝いますってば!)

 やっと首が少し動かせて、俺はまた店長を見た。


 店長は、にこにこ笑ったまま、自分の口元に右手の人差し指を当てて、「しー」というポーズをした。


(―― えっ)


 ヒミズさんが俺の腰のあたりを持って、俺を仰向けにした。


 俺は、何が起こったかわからなかった。


 ヒミズさんが俺のズボンのチャックを下ろし、脱がせ始めたのだ。


(―― 店長!ヒミズさんがおかしい!)


 俺は焦った。

 右手が少し動く。


 のろのろとしか動かせないが、店長に向かって懸命に伸ばした。

 ヒミズさんは下着にも手をかけているようだ。


(……店長!)


 やがて俺の下腹部に少し冷たい夜の大気があたるようになった。

 ヒミズさんは毛布のようなものを俺の体の下に敷いた。

 腰が持ち上がる。


 混乱と、恥ずかしさで、息が止まりそうだ。


 必死で伸ばしていたつもりの俺の右手は、店長には全然届かず、逆に、店長がその手を握って近づいてきた。

 また「しー」とやって、その右手を俺の口のうえに下ろす。


 あいかわらずの、笑顔で。


 お腹に温かいものが触れて、ヒミズさんが口をつけているのだとわかる。

 温かく湿った舌が、俺の下腹部を這った。

 下肢全体が、びくん、と大きく跳ねた。


(………!)


 ヒミズさんが、俺のペニスをくわえた。

 温かい息が伝わる。


 指がそえられ、ヒミズさんが俺のものを下から上へと舐め上げていく。


「………ふ……ん……」


 なぜか俺は、店長の手のひらに向かって、意識とはまったく逆の、眠たそうな、…いや…、…実に心地よさげな吐息を、漏らしはじめた…。


「ぁンッ!」


 ぎゅう、と茎を強く握られ、するとまた声が漏れて同時に下肢が激しく震えた。

 親指の腹と舌先で、先端を、えぐるように刺激される。


「……うんん~…、ん……」


 拗ねたような、じらされたものを欲しがる子供みたいな、吐息交じりの、甘い声。

…俺の声…か…?


 恐怖が全身を駆けめぐる。


――…いやだ!!

―― やめろ!!


(店長!たすけて!)


 店長を見上げると、店長の顔がぐんと降りてきて、俺の視界を通り越した。


 口にあてられていた店長の手がはずれて、店長は…俺の口に、舌を入れてきた。


 驚いてさらに目を見開く。


 俺の目の上には、店長の形のいいアゴと、のど仏が見えた。



 なにが おきているんだ


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