がんばれ!はるかわくん! -6-

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 春 川


《 DATE 2月11日 午後2時42分》


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 スタッフルームに収まりきらなくなったダンボールがいよいよ事務所に並べられるようになって、事務所には「改装のため明日から閉店」の雰囲気が漂っている。


 バレンタインが近いからか、改装の前祝いがわりにみんながチョコレートやお菓子を持って来る。


 なんと俺なんかにチョコをくれる女の子もいる。あのとき怒って帰ってしまったマイちゃんも1個くれた。

 店長じゃなくて、いいのか?驚きのあまり、はあどうも、しか言えないでいたが、マイちゃんは相変わらず俺の言動なんかどうでもいいみたいだ。目も合わさずヒナさんたちのところに帰っていく。



 俺はチョコを合計4個ももらった。お店あてに6個。店長あてに7個。

 ヒミズさんの存在が知れていたら、こんなもんじゃなかったかも。

 なかには本格的なチョコレートケーキを作って来てくれたOLさんもいた。


 去年の今ごろのことを思い出す。


 俺には短期間だけど彼女がいて、彼女も俺にチョコをくれた。

 チョコはコンビニで売ってる400円くらいのやつだった。でも手作りケーキを焼いてくれた。

 ホワイトデーにはイタリアンをコースで奢らされたっけ。


 大学を辞めてから彼女とは連絡を絶ったから、久しぶりに懐かしく思い出された。


 彼女のほうから告られて付き合い始めた仲だったけど、あのころは、自分からすすんで好きな誰かと関係がもてたら、俺は救われるんじゃないかとか、勝手に考えていた。

 でもだめだった。彼女とうまく関係を持てないまま、そのうち、あのひとの存在に怯えてしまった俺は、すぐに、俺のほうから彼女との距離を置いてしまった。


 ふと、また自分が「闇のなか」にいたことに気づいて、あわてて頭をブルっと1回振って、「無かったこと」にする。

…俺にはほんとに変なクセが多い。




 その日は遅くまで客足が引かず、閉店後も何人か改装の前祝いを持ってきてくれる人がいた。


 出勤前のアンドーさんも来た。店長にチョコらしき箱を渡して、目配せしていた。

 アンドーさんは、ゲイバーのママらしい。


 俺はゲイバーの店員というのは、みんな女装しているものだと思い込んでいた。

 アンドーさんは別に女装しているわけじゃないから、店長に言われるまでアンドーさんがそういう仕事をしているひとだとは思わなかった。(オカマっぽいとは思ってたけど)


 体型や肌がきれいなので、一度、興味本位に「お店では女装しているんですか」 と聞いてみたら、呆れたように、


「あんたねえ、アタシが女装して似合うと思う?そりゃ似合えば着たいわよ女の子のお洋服。でも骨格がこんなに育っちゃったらそんなの着ちゃだめよ。いいこと、ひとは見た目よ。内面が女の子だからって、似合わない格好までして変装するのは、アタシの美学に反するわ。アタシはゲイのナルシストだから、これ以上いじりたいとも思わないしね、大好きだものこの体のカタチ。」


…と、べらべらっと言われた。


 確かにアンドーさんも背が高い。外国の女の人みたいになって、きれいっぽそうだけどなぁ。

「アタシはオカマじゃなくて、ただのゲイだから」 ともよく言う。俺には違いは分からない。



「アンタもチョコ、もらったの?」

「あ、はい、まぁ、店長のおこぼれですけど…」


 店長が「いぃ !?」と変な声を上げる。


「よく言うよ!キミのチョコのほうが、重みでいうと断然重いよ!」

 そうかな?

「鈍いんだなーキミは。キミがあんまりつれないから、マイちゃんなんか泣きそうになってたよ。」

「いぃ?(まさか。)」店長のがうつった。


「ほっぺにチョコ、ついてるわよ。」

 えっ。

 ダンボールを縛ろうとしていた手を止めて、軍手のまま頬をこする。


「そこじゃないわよ、あぁもう、いらっしゃい。」

 アンドーさんがカバンからティッシュを出した。顔を近づけると、鼻を思いきり引っ張られる。いたたたた!

「んもぅ!可愛いんだから!」

…またからかわれた。


 アンドーさんは若い男子とスキンシップをとるのが好きみたいで、こないだなんかはいきなり後ろから抱きかかえられて、ぬいぐるみにするみたいに体をしめつけられた。


 スタッフルームから舌打ちが聞こえた。

 うるさくし過ぎたかな。

 ヒミズさんは今夜は徹夜らしい。

 こないだアンドーさんに抱きかかえられたときも、驚いて思わず大声をあげてしまい、スタッフルームの壁がヒミズさんに蹴られて どん! と大きく音を立てたのだった。


 アンドーさんがヒミズさんの存在に気づくのでは、と、そのとき俺はなぜか少しヒヤヒヤした。

 この店の「謎」の存在であるヒミズさんには、あくまで「謎」のままでいてもらいたい。




 ネカフェから大窪にメールを打った。「げんきです。いつもありがとう。最近バイトを変えて、けっこう楽しくやってるよ。おれは大丈夫。大学たのしんで!」


 本当にありがとう。そして、さらば、大窪。とは、書かなかった。



(春川 DATE 2月12日 午後5時37分 へつづく)

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