1-2 葬儀中にごめんなさい

 女神様の『いってらっしゃい』とともに目の前が真っ白になり、またフワッと浮遊感が襲ったと思ったら現実に落ちていた。


 渓谷の崖からもっか転落中である。


 女神様! いきなりハードモードのアトラクションですね! 怖すぎなんですが!


 アトラクション程度に甘く考えていたらそのまま地面に衝突し、頭に強い衝撃を受け意識が朦朧となる。そういえば事故現場に転生するって言ってたな。


 いきなり死亡でお終いってことはないよね?


 ゲーム感覚でこの世界に来たのに、マジで死ぬほど痛いのですが! ちょと勘弁してくださいよ!



「リューク様! 大丈夫でございますか!? すぐに回復剤を……ああっ! 容器が割れてしまっている! 誰か! 回復剤かヒールを! リューク様しっかり!」



 俺の中の記憶では、この大声で叫んでいる奴は騎士の一人だ。今回俺を王都まで護衛移送してくれる任にあたっていた者だ。公爵家が所有している騎士隊の二番隊隊長で今回の護衛任務の責任者だ。


 それと、どうやら俺の名前は『リューク』というらしい。


 この事故の発端なのだが、リューク君が『馬車の操作がやってみたい』と、反対する騎士たちを困らせたのがことの始まりだ。

 そこで面倒見の良い隊長さんが、御者と代わってリューク君を指導してくれることになった。で、王都に向かう途中の渓谷の道が細くなる崖の手前で『危険なのでここまでです』と言われ、御者に代わろうと馬車を止めにはいった時に事件が起こった。


 馬が急に暴れだし暴走したのだ。馬はそのまま、細い道に突っ込んで行き、渓谷の谷底に馬車ごと転落してしまった。


 隊長は必至で俺を抱き留め衝撃から守ろうとしてくれたが、途中の斜面で転がっているうちに投げ出され、結局岩に俺は頭をぶつけてしまったみたいだ。



 崖から降りてきている騎士たちの声が聞こえてきたが、そこで俺の意識がなくなった。





 意識が戻り最初に感じたのは異常な寒さだ。

 それもそのはず、俺の体の周りには氷と沢山の色とりどりの花が散りばめられている。


 うん……これ棺桶の中だね。


 女神様、どういうことですか? 勘弁してくださいよ!



 俺は氷漬けでガクブル中だ。

 動きが鈍くなっている体を必死で動かしなんとか体を起こす。


「うぉっ!? まさか葬儀中にゾンビ化しおったか!」


 神官らしき人が叫んだ瞬間、あちこちから悲鳴が上がる。

 慌てて葬儀に参列していた騎士のひとりが剣を抜き、俺の元に駆けつけてきた。


 このままだとこの騎士に首を刎ねられてしまう。


「あー、葬儀中にごめんなさい。まだ死んでないのですが……氷漬けで寒くて本当に死にそうです」

「喋った! ゾンビ化しておらぬのか!? 生き返りおった! おお! 神よ!」


 どうやらゾンビは喋らないらしい。

 寒さで殆ど動けない俺は棺から引っ張り出してもらい、現在毛布を巻き付けられている。

 それと、体には綺麗な女性が縋り付いてワンワン泣いている。ドキッとするほどの美しい女性だが、俺の記憶の中ではこの人はリューク君のお母さんだ。生き返った我が子の生還を喜んで泣いてくれているようだ。


 俺的には赤の他人でも、ルーク君の実の母親にドキッとしてはいけない……理性をフル稼働だ。



 そのまま教会の奥にある診療所のベッドに連れて行かれ、横にならせてもらったのだが、場は騒然としたままだ。葬儀を行っていた教会の方からのざわつきがここまで聞こえている。


 教会からこの診療所に移動している時に嫌な視線を感じそちらを見たのだが、リューク君と同じくらいの歳の男の子が俺のことを睨んでいた。


 目が合った瞬間そいつは視線を逸らしたのだが、どうやらこいつが女神様の言っていた従弟の横恋慕暗殺犯のようだ。こいつのことは記憶にあるのだが、更にしっかり覚えておこう。

 腹立たしいことに、親友と言ってもいい仲の奴だった……俺がいる間に何とかしてあげたい。


 おっと、リューク君は自分のことを『僕』と言っていたようだ。注意しないとね。

 俺も日本では職場で『僕』と言っていたので問題ない。出先では『私』職場内では『僕』家族や友人たちの前では『俺』と使い分けていた。社会人なのでま~当然だな。できるだけ『僕』と言えるように今から習慣づけるようにしよう。


 さて、現状の把握から始めるとしますかね。





 医者っぽい人に回復魔法のヒールを掛けてもらい、診察が終わると凄く体が楽になった。

 初魔法がヒールですよ! もう僕ちゃん感激です!


 凍傷や壊死を起こしていてもおかしくないのに、回復魔法で何事もなかったように調子がいい。

 異世界スゲー! 日本にヒールスキル持って帰れないかな……。


 診察を終え医者が出ていくと、すぐに入れ替わるように見た目20代半の男の人が騎士数名を連れて入ってきた。えーと、この人は父親だね。どうも記憶を引き出すのに少しタイムラグがあるようだ。データバンクからダウンロードしている感じだ。見た瞬間に分かるんじゃないみたいなので、やはり記憶障害と言った方がいいかな。


 それと彼が記憶の中の父親で合っているのなら、実年齢は20代半ではなく、30代後半だ。


「大丈夫かリューク! 良かった! 本当に生き返ったのだな! ああ、神よ感謝いたします!」


「えーと、お父様ですよね? ごめんなさい、どうも頭を打った時に記憶が変になったようです」

「なっ!? 医者を呼べ! すぐに再診いたせ!」


「あ! 父様、僕はどうなったのでしょう? 崖から谷に落ちたのは覚えているのですが……」


「実はアラン隊長の操作ミスで、馬が暴れてお前は谷に落ちて死んでしまっていたのだ。不運な事故だったが、葬儀中に生き返ったのでびっくりしたぞ。教会で生き返るとは、まさに神の思し召しだな」 


「事故扱いになっているのですか?」

「ん? どういうことだ?」


「あれは、事故ではないですよ。事故に見せかけ、僕を殺そうとした奴がいます。僕は丁度御者台に居たので気付けたのですが、偶々あの時、馬に吹き矢で針のような物を吹いた奴を視界の隅で捉えました。馬はどうなりましたか?」


「馬はまだ谷の底だ。ゾンビ化するとまずいので、明日には焼却処分する予定になっている」

「敵方に先に処分されてなければよいのですが……右側の馬のお尻辺りに、針の刺さった跡が残っているはずです。急ぎ確認してもらえますか?」


「分かった。すぐに人を向かわせる。でも誰が?」

「心当たりはあります。でも証拠はないので今は言えません」


「ダメだ! 心当たりがあるなら言いなさい!」


「僕が解決したいので、外部に漏らさないようにしてもらえますか? 身内の恥ですし」

「身内なのか!? 何てことだ……でもいったい誰が」


「診察を終えた後、人払いをお願いします」

「分かった。ちゃんと言うのだぞ」



 診察結果だがどこも異常はないとのこと。記憶のことは原因不明だそうだ。父は診察結果に憤慨していたが、医者を怒るのは可哀想だ。だってリューク君の記憶は女神様がいじっちゃったんだもん。僕が7日を過ぎて帰還する時に記憶は全部返してくれるそうだから怒んないであげてね。



「で、どういうことだ! 誰がお前を暗殺しようとしている!」


 今この部屋には、父さんと騎士の隊長格の人が2人居るだけだ。


「しれっと、僕の葬儀に来ていたよ。生き返った僕のこと、凄く睨んでた」

「リュークよ! じらしてないでさっさと言わぬか!」


「ひょっとして……いえ、何でもないです」

「あ、カリナ隊長おそらく正解です」


「やはり、そうなのですか?」


「二人だけで納得するでない! 早く教えぬか! ガイアス、お前は分かったか?」

「いえ、私にはさっぱり見当がつきません。申し訳ありません」


「ガイアス隊長が謝ることないですよ。カリナ隊長が気付いたのも女性だからかな?」

「カリナ言ってみよ! 違っていても別にかまわぬ」


 カリナ隊長は女騎士だ。まだ若いのに多大な功績を毎年のように残し、準男爵の爵位を得ている美しい人だ。


「リューク様の従弟のラエル様でしょうか?」

「なっ!? ラエルがなぜそのようなことをする必要がある!? リュークとは仲の良い親友ではないのか?」


「リューク様のフィアンセであらせられる、聖女フィリア様がお目当てかと……」

「カリナ隊長、大正解です! 大した洞察力ですね、流石です!」


 カリナ隊長はフィリアのことを『聖女』と言ったが、彼女は聖女ではない。聖女のようだと皆が慕っているだけだ。


「なんてことを! ラエルを今すぐここに呼べ!」

「だから父様! その件は僕に任せてと言いましたよね! 相手も同じ公爵家なのです。証拠もなく下手に騒ぐと父様に責がいきますよ。問い詰めてもとぼけられるだけです」


「だがどうするのだ? お前は一度死んだのだぞ。このまま黙って許せるものか! マリアもカインもナナもずっと泣いておった。セシアもミリムもだ! 婚約者のフィリアも見ていて痛々しいほどだった。そういえばラエルのやつ、フィリアの側で優しく声を掛けていたな……そういうことか! フィリアをすぐにここに呼ぶのだ! あのような奴を近づけるな! この件に我が弟も噛んでおるのか?」


「人の良い叔父様は無関係ですよ。間違いなくラエルの独断です」





 すぐにフィアンセのフィリアが呼ばれてやってきたのだが、見て驚いた。


 銀髪に近い淡いブルーの色をしたストレートの綺麗な髪が腰の下辺りまで伸びている。とても愛らしい顔をしているのだが、雰囲気は声を掛けるのを躊躇うほどの神秘さをかもしだしている。


 その雰囲気を言葉にするなら、妖精・天使・清純・可憐・純潔とかそういう厳かな感じだ。

 間違いなく美少女なのだが、話しかけてナンパできるような感じではない。思わず拝んでしまいそうになるほどのオーラが出ている。日本のお年寄りなんか見ただけで『ありがたや、ありがたや』と口ずさみそうだ。


 そのような娘が俺を見た瞬間に抱き付いてきてワンワン泣き出したのだ。

 父様も俺たちを微笑ましそうに見ている。他の隊長2名も同じ感じだ。


「リューク様~! 良かった~エグッ、凄く悲しかったのですよ! ヒグッ」


「フィリアごめんよ、心配かけたね。それと、頭を強くぶつけてちょっと記憶があやふやなんだ。もし大事な約束とかしてたらごめんね。忘れちゃってるかもしれないから先に謝っておくね」


「エッ!? 私のことを好きって言ってくださったのも忘れているのですか!?」


「あ、それは大丈夫! 10歳の社交デビューの時に僕が一目惚れしてフィリアにいきなりプロポーズしたのもちゃんと覚えているよ」


「良かった! 忘れちゃったって言われたら、凄く悲しかったです。あ! ゼノ様に言わなきゃいけないことが……あの、証拠はないのですが、リューク様の事故は多分事故じゃありません!」


 ちなみにゼノと言うのは僕の父親の名前ね。ゼノ・B・フォレスト、フォレスト公爵家の当主様だ。


「ほう、事故ではないと……フィリアは真相を知ってるのかな?」

「父様、奴の名前をフィリアに言わせちゃダメです。責で首が飛ぶような相手です。言うなら父様の口からお願いします」


「それもそうだな。フィリア、ラエルのことだな? だがどうしてそう思った?」

「どうしてお分かりになったのです? 私にしか分からないと思っていましたのに……」


「リュークが気付いていたようだ。ラエルがお前に優しく声を掛けていたので心配になって、俺がお前をここに呼んだのだ」


「ラエルはリューク様の従弟ということもあって、私ともとても仲の良い幼馴染でした。ですが以前よりイヤらしい視線で私を見ていました。思春期の男の子なので仕方がないのかなと思っていましたが、今日、彼に強い違和感を感じたのです。『君のことは同じ公爵家の従弟の僕が引き継いで面倒見てあげるからね』とかふざけるなです! 死んでもお断りです! フィアンセの亡くなった葬儀でよく私にあんなことを言えたものです! 幼馴染で友人と思っていたのに! 一度おかしいと思ったら、彼がリューク様を殺したのではないかと疑うようになったのです」


 可愛い顔でメッチャ怒ってるよ。でも、それほどリューク君のことが好きなんだな……リューク君、超羨ましい。


「フィリアが分かっているなら僕は安心だね。よく弱った時に優しく声を掛けられて、ふらっとそいつになびいちゃうこととかあるって聞くから心配だったんだ。もともとは僕たちラエルと仲良いからね」


「私の旦那様はリューク様しか考えられません! 10歳の時に告白されてから、ず~と私もリューク様が大好きです。ちゃんと責任取ってくださいね! もう死んだりしたらダメですよ!」


「分かったよ、ごめんね。ところで父様、アラン隊長が見えないようですが、どうされたのですか? まさか怪我をしているとかでしょうか?」


「アランは事故を起こした責を取るため、処分が決まるまで自宅で謹慎中だ」

「はぁ? 事故じゃないのですよ? すぐ取り消してください。彼は僕の命の恩人です。身を挺して僕を庇ってくれたおかげで死なずに済みました。処分どころか褒美を取らせるべきです」


「そうだな。よし、すぐ謹慎は取り消すとしよう。だが馬のその傷の確認が先だ。敵方に処分されていなければよいのだがな……」


「あのゼノ様、部屋の外でマリア様やミリム様やナナちゃんが心配そうにしていましたよ」

「おお、そうだったな。すぐに呼ぼう」


「お待ちください父様。先に僕の葬儀に来て下さった方々に感謝と謝罪をしたいのですが宜しいでしょうか? 爵位を持った諸侯たちをいつまでも説明もなしに待たせては申し訳ないです。僕が直接謝罪した方が良いでしょう。家族とはその後ゆっくりしたいです」


「ごくごく普通のいたずら好きの15歳の子供だと思っていたが、知らぬ間にお前も立派に成長していたのだな……俺は嬉しいぞ!」



 あれま、変に気を使いすぎたかな。中身45歳のおっさんだし、15歳の子と比べたらしっかりしていて当然だよな。



 家族にはもう少しだけ我慢してもらい、俺は教会の方に挨拶に向かうのだった。

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