B-SIDE 09 「農家」

 畑のあぜ道にバイクを止めて、俺はナナとセックスをしていた。


 いや。自分でもいかんと思うのだけど。

 この青い空の下でナナと二人。べつに誰が見ているわけでもない。


 後ろに乗ってるナナが、運転している俺に〝イタズラ〟をしてくるもので、バイクを止めて危ないからヤメロと、叱っていたら……。


 なんか、流れで、こうなってしまった。


 えーと……。つまり……。

 オシオキ的な……、ナニカ?


「子っこー、できんようにー、気ぃつけやー」


 通りすがりの婆さんが、そう言って歩いていった。


「あー、うん、おバアちゃんー、ありがとー」


 ナナが言う。婆さんは畑のなかに歩いてゆく。


「……えっ?」「――ええっ!?」


 俺とナナは、二人で顔を見合わせた。大声をあげた。

 繋がっている場合じゃなかった。


 俺はベルトを締めた。

 ナナは、ぱんつをあげた。


「バ――バアさん!」

「お――お婆ちゃん! ちょっと待って待って待ってーっ!」


 ナナと二人して、婆さんを追いかける。


 〝あれ〟が起きてから、はじめて出会った人間だった。

 まだ電気が通って、スマホが繋がっていたとき、ネット上でつぶやいているやつは見かけたことがある。

 だが現実に出会ったのは、これがはじめてだ。


「お婆ちゃん! 畑仕事している場合じゃないでしょーっ!?」


 ナナが叫ぶ。

 そうだそうだ、と、俺もうなずく。


「そういやぁ、もうすぐお昼ごはんの時間だったねえ」

「そういう意味でもなくてーっ!!」


 このバアさん、ボケてんのか?

 そう思った瞬間――。


「これ。ボケてなんかいないさね」


 持ってたクワの柄の先で、こつん、と、頭を叩かれた。


「ちょ……、どこ行くの? お婆ちゃん?」


 バアさんは俺たちを置いて歩きはじめていた。


「ついておいで――。昼飯。食わせてやるさね」


    ◇


 バアさんの家は近くにあった。

 まわりじゅう畑の中に、突然、林があって、そこに家が建っている。

 玄関も日本の民家、という感じだ。鍵がついてんのかどうかも怪しいガラス戸だ。


「お婆ちゃん、いいおうちに住んでるのねー」


 ナナのやつが、遠慮なく、ずかずかと上がっていって、そんなことを言う。

 俺はナナの脱ぎ散らかした靴を揃えてから、「お邪魔します」と言ってあがった。


「うわー、ツケモノだー!」


 昼食に並ぶのは、漬け物の数々。

 いちいち歓声を張りあげるナナが、うるさくないかと俺はそんなことを心配してしまうが、バアさんは気にもしていないようだ。

 俺は慣れてるからいいんだけど。正直、こいつ、うるさいよな。


「野菜。ぜんぜん食べられなくてー」


 ナナのやつは、本当に嬉しそう。


「おまえ。野菜好きだったっけ?」


 俺は意外な顔をナナに向けた。前に野菜キライだとか聞かれた覚えがある。


「嫌いだよ? でも食べてないと、食べたくなるよね? ……なんでだろ?」

「カラダが、そう言ってきてるんじゃて」

「へー、カラダが教えてくれるんだー」


 漬け物と、ご飯が食卓に並ぶ。

 それもインスタントのご飯ではない。冷めてはいるが、きちんと炊いたやつだ。


「みんな。うちの畑でとれたものだしな。栄養満点じゃて。さあ――食いね。食いね」

「でもお婆ちゃん。お肉ないの? 野菜ばっかだよー?」


 失礼なことを言うナナの後ろ頭を、ぐいと掴んで――頭を下げさせた。


「いただきます。ありがとうございます」

「うわ! テッシー! なんか別の男のコみたい!」

「うるさい」


 俺だって年長者に対する礼ぐらいできる。


「鶏肉でいいならー、あるけどなぁ……」

「えっ! ほんとっ!? 食べたい! 食べたーい!

「じゃ、裏のニワトリ、絞めてくるよって――」


「だめー!? お婆ちゃん! だめーっ! ニワトリさんがー! かわいそうー!?」

「……? 食うために飼ってるんだがね?」


 立ちあがったバアさんの足に、ナナがすがりついて止めている。

 俺は苦笑を禁じ得ない。


 農家で生まれ育ったバアさんは、すでに自給自足の生活に入っている。

 もしかしたら〝あれ〟のまえからこうだったかもしれないが。

 文明崩壊しても、なんら、困っているようには見えない。


 野菜は自前。肉も自前。

 家に入るときに、庭を鶏が歩いているのを見かけたが――。あれがつまり〝肉〟なわけだ。


 しかし……。

 戦前からこの世に君臨しているような年寄りは、たくましいなぁ。

 第二次大戦のあとは、あちこち焼け野原になっていたっていうし、なにもなくなったところから、生きてきた連中は鍛えかたが違うなー。


 俺たちも文明崩壊後の世界でサバイバルをやっているわけだが、コンビニとスーパー完備の、ゆるサバイバルだしなー。


「お婆ちゃん。これって、ご飯って、どうやって炊いてるの?」


 ナナが聞いている。ああ。そういえば。そうだ。

 電気がないから、炊飯ジャーなんて動かないはずだ。

 いったい、どうやって……?


「……うん? そりゃぁ、もちろん……、釜で炊いとるがね?」

「釜? ……炊飯器?」

「うんにゃ。薪と、あと藁で――」

「うわー! すごいー!」


 俺も驚いていた。


 戦前の人間……、パネえ!

 電気がなければ薪で炊けばいいでしょ――と、きたもんだ!


「ほれ。食え。食え。――たーんと、食え」


 バアさんに勧められるまま。俺たちは飯を食った。

 こんなにうまい飯は、ひさびさだった。

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