第10話 見学と規則
――日本 京都――
「リョーヤ、リョーヤ早く起きて!!」
誰かが強引に掛け布団を引き剥がし、俺の体をふかふかのベッドとは正反対に硬い床へと転げ落とした。
「――ぃっつー。なんだよ朝から……」
「なんだよ、じゃないでしょ!?
今何時だと思ってるの?」
窓から差し込んでくる光が眩しかったが、ようやく目を開けると、目の前でユリが腕を組んで仁王立ちしていた。
「何時って……何時だよ。」
「はぁ。リョーヤ、寝坊体質にも程があるよ……。
もう9時過ぎだよ。集合時間にとっくに越してるよ?」
「…………はぁ!?」
人生最大の寝坊に慌ててはね起きると、ベッドの横の時計を見た。デジタル時計は誰が見ても明らかに9時10分と表示していた。
……マジかよ。これじゃ朝飯食う時間ないじゃん……。
「何で俺こんなに寝てたんだ……?」
「…………酔いすぎると記憶を失うって、ホントなんだ……。」
「え? 酔った?」
「そう。昨日の夕食で、きょーちゃんが大量に持ってきたリンゴの赤ワイン煮をみんなで分けてたでしょ?
私達は何ともなかったのに、リョーヤだけ何故か酔っ払っちゃって……もう大変だったんだから。」
「もしかして、俺なんか変なことしてたのか?」
「変なことはしてないけど、すぐ寝ちゃったから運ぶのが大変だったよ……。」
あぁ……それは悪いことしたな。自由行動の日にでも抹茶のスイーツを奢るか。
「そっか……ごめんな、迷惑かけて。」
「ううん、いいの。気にしないで!
それよりほら、早く準備しないと。私は外で待ってるから。」
「分かった、すぐ行くよ。」
俺達が駅前の集合場所に着いたのは、その会話から約10分後だった。
「坂宮、何か言い残すことはないか?」
武田先生が両手の関節を鳴らしながら問いかけてきた。これは……正直に言った方がいいな。
「……朝食は…抜きですか?」
次の瞬間、脳天に鋭い痛みが走り、星が視界に散った。
ラマティスからの送迎バスに乗っている間、武田先生に殴られたつむじの辺りがずっと痛んでいた。
「武田先生……絶対武道やってた人だよな。あんな強烈な一撃、凡人じゃできないぞ。」
独り言のつもりで言っていたのだが、どうやら前の席に座っているリンシンに聞こえたらしい。
「……リョーヤが悪い。」
「うっ……」
いつもながらリンシンの鋭いツッコミには、ただ黙って認めることしかできない。
「ま、まぁリンシンちゃん。リョーヤも反省してるみたいだし、それくらいにしてあげよう?」
「そういうユリも、さっきまで呆れ口調だったよな?」
「武田先生の鉄拳でちゃんと反省したでしょ?
それならもう私は責めたり呆れたりはしないよ。」
おぉ寛大だなユリは。なんて思っていると、バスは10分もしないうちに目的地――総合警備保障会社、ラマティス本社ビルに到着した。
バスが駐車場に停車すると、目の前の近代的なビルの入口からメガネをかけたスーツの男が歩いてきた。
武田先生の指示でバスの前に整列すると、男はうやうやしくお辞儀をして自己紹介を始めた。
「ようこそ煌華学園の皆さん。
本日は
あ、それと館内の写真撮影は原則禁止なので、よろしくお願い致します。」
みんなは「はーい」なんて返事をしたが、俺は阿佐ヶ谷さんの「決して」というフレーズに、どことなく違和感を感じた。
阿佐ヶ谷さんに連れられビルに入ったが、エントランスホールは受付と3つのエレベーター――1つだけ異様にドアが大きいが――しかない、シンプルな造りだった。
「このビルは高さ約150メートル、地上30階、地下5階の造りになっています。
その中で本日皆さんに見学していただくのは、20階にある情報統括フロアと地下2階のアリーナ、そして地下4階の研究フロアです。
それではまず、あのエレベーターで20階の情報統括フロアまで上がりましょうか。」
そう言って阿佐ヶ谷さんは巨大なドアのエレベーターのボタンに指を押し付けた。ボタンは阿佐ヶ谷さんの指紋をスキャンすると緑色に光り、巨大なドアがゆっくり開き始めた。
ドアも広けりゃ中も広かった。この場にいる先生を含めた全員――たしか30人くらいだったかな――が一度に乗れそうだ。
「このエレベーターが広い訳は後々説明しますよ。
では奥から詰めて乗り込んでください。」
あっという間に20階まで上がったエレベーターのドアが開くと、そこは……まるでSFの世界に出てきそうな未来感ある部屋だった。
ドーム状となった部屋の天井には様々な情報が表示され、部屋の中心では立体映像として日本列島が映し出されていた。
だがそんな広々とした部屋に、オペレーターらしき人は3、4人しかいなかった。
「この情報統括室は、日本全国に派遣された我が社の社員から送られてくる情報を収集処理し、他の地域にいる社員に共有する部屋となっています。
中央に見える日本列島には、各地の社員から報告された情報がリアルタイムで更新、表示されます。
それを数人の担当職員が事故や災害、犯罪などのグループに分類します。
分類された情報は我が社の地下にあるメインコンピューターに送られ、主だった情報は各地の社員に送られるようになっています。」
「す…すげぇ……」
思わず漏れた声を聞いたらしく、阿佐ヶ谷さんは腰に手を当てて自慢げに語り出した。
「ええ、すごいでしょう。
この設備は《因果干渉系》の能力を持つ方々に協力していただき、つい最近ようやく完成したものなのです。
ちなみに、我々の知る限りこのような設備を持つ警備保障会社は、現在世界で唯一このラマティスだけだと認識しています。」
阿佐ヶ谷さんが自慢げに説明する中、1人の男子生徒が目を輝かせながら持ってきていたカメラで写真を撮り始めた。あの様子だときっと技術組の生徒で、こういうものに興味があるのだろう。
その様子に気付いた阿佐ヶ谷さんは男子生徒に近づくと、いきなりカメラを取り上げた。
「キミ、私は言いましたよね。館内の写真撮影は禁止だと。
保安上、このカメラは没収させていただきます。」
「そ、そんな横暴な! 僕はただこの部屋の―――」
カメラを没収された男子生徒が反抗と言い訳をしようとすると、阿佐ヶ谷さんはぐっと男子生徒に近寄った。
「私は既に注意事項として言いましたよね?
あなたはそれを破ったのです。我が社の安全保障や機密情報に関わる設備を撮影され、万が一にも漏洩されては困るのです。」
額を突きつけるようにして言い放った阿佐ヶ谷さんは、寄ってきた部下らしき人にカメラを渡した。
「皆さんもくれぐれも規則は守って下さいね。出来ない場合、最悪この建物から立ち退いていただくことにもなります。
それが今回あなた方を見学させるにあたり、煌華学園側と取り決めたことなのですから。」
「他にも何か規則はあったりしますか?」
緊張しているこの空気の中、ユリが律儀に手を挙げて質問した。阿佐ヶ谷さんは「そうだね……」と言うと―――
「写真撮影はもちろんですが、社内の備品は、たとえ消しゴムの1つでも持ち出しは禁止ですね。
それ以外には特に、我々からあなた方に要求することはありません。」
「分かりました。ありがとうございます。」
阿佐ヶ谷さんはユリの礼に頷くとパンと軽く手を叩いた。
「さてと、それでは気を取り直して次は地下4階の研究フロアに行きましょうか。
実は午後に会議がありまして、見学の延長などは出来ないのです。なのでなるべくスケジュール通りに見学は行いたいと思います。」
阿佐ヶ谷さんはそう言ってエレベーターのボタンを押した。
「次の研究フロアでは政府の援助のもとで、《
あなた方には特別に、まだ論文が提出されたばかりの研究の概要をお教えしましょう。」
「その研究とは何なんですか?」
誰かが待ちきれなかったのか、阿佐ヶ谷さんにいきなり研究についての質問をした。阿佐ヶ谷さんは一瞬驚いた表情になると、次の瞬間吹き出した。
「ふっ―――ハハハハ!
いやぁ、申し訳ない。まさかいきなり質問されるとは思ってなくて、正直驚きましたよ。
そうですね、詳しいことは研究フロアに着いてから話します。ただ軽く説明しますと、研究の対象は『
あなた方を《
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