第2話 センスと修帝学園代表

――ヒースネス 商業エリア――



 目的地であるショッピングモール前でバスを降りた俺達は、その規模の大きさに圧倒された。


 東京都心の超有名百貨店なみの広い建物に、数多くの店が内包されているようだ。


「ここがヒースネス最大のショッピングモール、EX Mallエクスモール


 あぁ! 素敵なお店がたっくさん! あ、ほらあそこのブランド、かわいい服で有名なの!


 もう、目移りしちゃう!」


「お、おう。そうか。」


 興奮しているユリとは裏腹に、俺はその人の数にも圧倒されていた。


 いくら何でも多すぎるだろ!? テレビで見た浅草の雷門前ぐらいいるぞ!? ……人酔いしそうだ。


「……リョーヤ、顔色悪い。」


 リンシンが俺の顔を覗き込んできた。ユリも我に返ると、心配そうだと言いたげな顔をした。


「ホントだ。リョーヤってあんまり人混みには慣れていないの?」


「まぁ……な。


 生まれも育ちも東京だけど、郊外の方に住んでたから……。人の多い都心に出たことは、数えても片手で足りるほどしかないんだよ。」


「そうだったんだ。無理に誘っちゃってごめんね?


 今度リンシンちゃんと2人で来るから、今日は―――」


「いやいや、大丈夫だよ。きっとすぐに慣れるさ。


 それよりほら、入りたい店とかあるんだろ? 行こうぜ?」


 ユリは「分かった」と言うと、リンシンの手を引いて近くの洋服店に入って行った。


 ゆっくり深呼吸をして気分を落ち着かせると、2人の入って行った店に俺も入った。


「ねぇ見てリョーヤ! これ、かわいいと思わない?」


 店に入るなり、早速ユリがノースリーブの白いワンピースを見せてきた。白いワンピースか、入学初日を思い出すな……。


「お、おぅ。確かにかわいいと思うけど、ユリって白多くないか?


 他の色はあんまり着ないのか?」


「うーん、そんなに考えたことはないかな。


 ちなみに、リョーヤだったら何色が私に似合うと思う?」


「そうだな……」


 青? いや炎使いらしく赤か? 意外と難しいな……。


 頭をフル回転させてユリの髪の色、栗毛に合いそうな服を物色していくと、夏用のカーディガンに目が留まった。


「ユリ、この薄桃色のカーディガンとかはどうだ?


 ユリの髪の色にに合うと思うぞ?」


「なるほど。ちょっと試着してみるね!」


 ユリはそう言うなり、何着かの服を手に取って試着室に入っていった。


「……リョーヤ、これは?」


 今度はリンシンが……って―――


「ご、ゴスロリメイド服!? いやいやいや、それは無い!


 リンシンはもっと……そう、動きやすそうな服装の方が似合うよ!」


「……そう?」


 リンシンはそう言うと、ゴスロリのメイド服をあっさり戻しに行ってくれた。


 ポーカーフェイスのメイドなんて、コアなメイド服ファンにしかウケないだろう。引き下がってくれてよかった……。


「……じゃあこれは?」


 幾分もしないうちに、リンシンは別の服を見せてきた。今度はシンプルな薄緑のTシャツだ。これなら色々な服に合わせられるだろう。


「組み合わせ方にもよるだろうけど……例えば―――」


 茶色……でも濃いと主張しすぎるだろうから……これかな。近くの棚にあったスカパンを手に取って渡す。


「この薄いベージュとかどうだ?」


「……なるほど。」


「へぇー、意外とリョーヤもそういうことちゃんと考えるんだ?」


 すぐ後ろでユリの声がした。


「もう着替え――――」


 振り返った俺は、思わず息を呑んでしまった。


「似合う……かな?」


 そう言うとユリは少し恥ずかしそうに体を揺らした。


 さっきアドバイスした薄桃色の夏用カーディガンと、白いワンピースの組み合わせだ。腰にはベージュのベルトが巻いてあって、いいアクセントになっている。


 一言で言えば―――


「かわいい……」


「え、ちょ、りょ、リョーヤ!!


 恥ずかしいよぉ…………」


 思わず口から出てしまった率直な感想に、ユリが顔を真っ赤にして悶えてしまった。


「あ、す、すまん! あまりにも似合ってたものでつい……」


「う、うん、大丈夫。


 ちょっと着替えて会計してくるね……」


 紅潮させた顔を下に向けたまま、ユリは再び試着室へと戻っていった。


「…………私もこれにしよう。」


 一方のリンシンは、ろくに試着もせずに俺の選んだ服をレジカウンターに持っていこうとした。


「2人ともそんなすぐに決めていいのか? もっと色々見てからでもいいんじゃ―――」


 とその時、俺の空腹を告げる腹の虫が、店内に響き渡るほど大きな鳴き声をあげた。恥ずかしさのあまり耳まで火照ってしまった。


「……リョーヤ、空腹?」


「恥ずかしながら……そうです。」


 結局、早々に会計をしてレストランを探すことになった。




 その後も寄り道をしながらレストラン街のある地下に行くと、雰囲気が良さげなステーキハウスを見つけた。


「あ、ここって本格的なアメリカ牛のステーキが食べられることで有名なんだよ!


 ヒースネスのレストランランキングのトップ3に入るくらい有名なんだって!


 ちなみに、煌華学園と修帝学園の生徒は半額らしいよ。」


 なんて良心的な店なんだ! ユリの情報を聞いた俺は、ほぼ即決でこの店に入ることにした。


 カランカラン♪


 ドアに付けられたベルを鳴らしながら店内に入ると――夕食時だからだろうか――既にたくさんの人が座っていた。


「いらっしゃいませー。3名様ですね?


 あちらの奥のテーブルにどうぞ!」


 女性店員の案内で奥のテーブル席に座ると、早速メニューを開いた。たくさんのステーキの写真とともに名前がかかれてある……のだが―――


「なんかこう……たくさんあると、どれを選んだらいいのか分からないな。」


「……同意。」


「そうだね。店員さんにオススメを訊いてみよっか。


 すみませーん!」


 ユリがさっきの店員を呼ぶと、オススメメニューを訊いてくれた。すると店員はメニューの一番最初にかかれていた『ベーシック・ステーキ』を指さした。


「当店自慢のソースを選んでいただき、それと合わせることで、お肉のうま味をより深く味わうことができますよ?」


「なるほど、そしたらそれを……3つください。」


「かしこまりました。


 店長、ベーシック3つお願いします!」


 するとキッチンから気の強そうな男の人の声が響いてきた。


「おう、それならもう出来てるぞ!


 ほら運んでやんな!」


「はーい!」


 店員はカウンターに出された大きなステーキの置かれたトレーを運んでくると、ゆっくりテーブルに並べた。


「こちらがベーシック・ステーキです!


 奥の小皿から大根おろし、ガーリックとオニオンのソース、そして岩塩となっております。


 それではごゆっくりー。」


 店員は一礼するとその場を離れていった。


「うまそうだな!」


「そうだね! それじゃ早速―――」


「「「いただきます!」」」


 ナイフで丁寧に一口大に切り分け、欠片に大根おろしをのせて口に入れた。


「うん!


 この肉、全っ然硬くなくて食べやすいな! それに大根おろしがすごく合ってて……最高だ!


 ユリは何のソースで食べたんだ?」


「私はオニオンガーリック! ステーキと言えばこれでしょ!


 ほんとに美味しい!


 リンシンちゃんは?」


「……岩塩。美味しい。」


 あまりにも美味しくて黙々と食べていると、隣のテーブルに座っている大人たちの会話が自然と聞こえてきた。


「おいおい聞いたか? 修帝の代表が決まったってよ。」


「マジか、またあの四天王か? 正直あのメンツ強すぎて誰も勝てないと思うぜ?」


「ところがどっこい、今年は新生四天王って感じらしいぞ。」


「新生四天王? なんだそりゃ?」


「話によると、それまでの四天王の一角が倒されたらしいんだよ。んで負けた生徒が勝った1年生の女子生徒と交代したらしいぞ。」


「マジかよ。


 煌華の坂宮といいその新人といい、今年の1年生はどっちも強いな。2年前の修帝ほどではないけど。」


 修帝学園の《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》代表者の話か? 四天王なんて呼ばれる生徒がいるのか。


「……四天王は強い。」


 リンシンがあっという間にステーキを平らげ、ナプキンで口を拭きながら小声で言ってきた。


「強いって……どれくらい?」


「……煌華うちの校内ランキング1位か2位レベル。」


 1位か2位レベルだと!? それが4人もいるのか!


 するとユリも口に入れていたステーキを飲み込むと、詳しい情報を話してきた。


「中でも3年の直枝 巧真って人は、アッシュさんより強いって噂だよ。


 でも誰もその実力を知らないんだけどね。」


「それはどういう?」


「修帝はこの2年間、5戦中最初の3戦とも勝利してるの。


 だから直枝巧真さんが戦うまでもなく決着がついちゃってるってわけ。」


「どんだけ強いんだよ、修帝学園は……」


「お、おい、あれって……」

「あぁ、間違いねぇ」


 不意に店内がざわつき始めた。出入口を見ると、上下とも黒い学ランの生徒が2人入店してきた。


 あの制服は……修帝学園のものだ。2人とも学ランだが、片方は女子だ。


「……赤羽 澪孔れくとフレッド・ウィスコンシア。」


「っ! リンシンちゃん、それって!」


「……うん。修帝の四天王。」


「あれが……」


 2人の生徒――赤羽澪孔とフレッド・ウィスコンシアは空いている席に座ると、すぐに店員を呼んで注文し始めた。どうやら俺達の存在には気付いていないらしい。


「ユリとリンシンは、あの2人の能力が何だか知ってたりするのか?」


「フレッド・ウィスコンシアさんの方はいかづちを操る能力らしいけど、赤羽澪孔さんの方は―――」


「あぁん? ビールがもうねーだと? そりゃどういうことだよ!」


 突然、近くの席から怒声が聞こえてきた。スーツ姿の男性グループが、なにやら女性店員に文句を言っているようだった。


 テーブルには空のジョッキが複数置かれている。かなり酔っているみたいだな。


「で、ですからお客様方に先ほどお出ししたビールで在庫を切らしてしまいまして……」


「ほう、なら俺が買ってくりゃいい話だ。


 おいお前ら、席取っとけよ!」


「うぃーす!」


 自己中な中年の男が立ち上がると、女性店員が慌てて制止した。


「こ、困ります! この店は店外からの飲食物の持ち込みと飲食は禁止しておりまして―――」


「つべこべうるせぇなこのアマ!」


 かなり酔っているのか、おぼつかない足取りでその男は女性店員に近づくと両手で突き飛ばした。これ以上は見ていられない!


「ユリ、ちょっと俺行って―――」


「ハーイ、おじさんたちー! 喧嘩はそこまで!」


「あぁ?」


 軽い雰囲気の声とともに立ち上がったのは、修帝学園の生徒――赤羽澪孔だった。


「いくら酔っていても、女性に手を出すのはいけないと思うなぁー?


 ここはあたしに免じて、落ち着いてくれるかな?」


 赤羽澪孔はそう言うと、平均より大きめな胸を強調するポージングを取った。色仕掛けでもする気なのだろうか。


 男は舐めまわすように赤羽澪孔を見ると―――


「その制服、修帝の生徒か?


 お嬢ちゃん、これは大人の問題だ。子供が割り込んじゃいけないことだよ?」


「大人の問題……ね。


 あたしにはただの『お酒欲しい! 誰か持ってきて!』って駄々をこねる大きな子供に、大人のお姉さんが手を焼いているようにしか見えないんだけどー?」


「だ、誰が子供だ!?」


 あーあ、あの赤羽澪孔って人、酔っ払いを完全に怒らせてしまったようだ。常識をわきまえていない人の怒りほど、めんどくさいものは無いのに……。


「え? 決まってるじゃん、あんたのことだよ?


 オッサン。」


 最後の4文字がトドメとなったようで、男の怒りは限界を超えてしまったようだ。


「っ! ナマ言ってんじゃねぇぞ、ガキの分際で!」


 男は怒鳴り散らすと、拳をかかげて赤羽澪孔に向かって走りだした。ここは助太刀した方が―――


「煌華のキミ、手出し無用だよ。」


「え……?」


 赤羽澪孔は俺の方を向いてそう言うと、男の拳が当たる刹那に姿を消した。


「ちっ、やっぱり《自然干渉系》か。


 どこに隠れてやがる! 姿を―――ブォホォ!?」


 突然男が変な声と同時にうずくまり、さらに床を転げ回り始めた。痛みに悶絶しているのか?


「おじさんダメだって、女の子に手を出しちゃ? お嫁に行けなくなっちゃうでしょ?


 って、痛くて聞こえてないか。」


 赤羽澪孔は姿を消したまま、店のどこからか声を発した。声が反響しているせいでどこにいるのか全く分からない。


「ぶ、部長! 大丈夫ですか!?」


 すぐさま残りのメンツが、悶絶する男の元へと駆け寄った。男は肩を借りながら立ち上がると、苦悶の表情を浮かべたまま捨て台詞を吐いた。


「こんな店……二度と来るか!」


 男はそう言うときちんと現金をレジに置いて出ていってしまった。


 グループの全員が出て行くと、赤羽澪孔が自分のテーブル脇に姿を現した。


「店員さん、大丈夫? 怪我とかしてない?」


「あ、ありがとうございます。お客様の手を煩わせてしまい、申し訳ございません。」


「いいのいいの、気にしないで?」


 赤羽澪孔はそう言うと、自分の席にさっさと戻って行った。


「ユリ……赤羽澪孔の能力は?」


「光……と影を操る能力。」


「!? 2つも操れるのか!?」


「うん。どうやらそうみたい……。


 そんな彼女の通り名は……《誘惑の堕天使アンソルスラン・アンジュ・デシュ》。」




 これが俺達と修帝学園の四天王との出会いとなった。

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