第20話 負傷と対面

――煌華学園 学生寮――



 決勝戦1日目の夜。


 ユリの祝勝会は「明日の試合が終わってからやりたい」という本人の希望で後回しになり、代わりに明日の激励会という名目でささやかなジュースパーティーを4人で開くことになった。


 その激励会の場所はもちろん―――


「俺の部屋なんだよなぁー。」


「良いじゃないかリョーヤ。こうやって同じ屋根の下で一夜を共に過ごすのは―――」


「アラム……それ、言い方ちょっとキモい……。」


 ユリが顔を青ざめてドン引きしながら、軽蔑の眼差しと共に言い放った。いいぞユリ、もっとやっちゃえー。


 というかユリとアラムの間にあった変な距離感もいつの間にか無くなってるな。よかった。


「ヒドイなー、僕は別にやましい考えで言ったわけではないよ?」


「いや、アラムが言うとキモく聞こえるのは仕方ないだろ?」


「…………僕帰ろうかな。」


 アラムがしょんぼりして立ち上がった。少しやりすぎたかな?


「冗談だよ冗談! 真に受けるなって。」


「……そうだと思った!」


 こいつ急に元気になりやがった……少しムカついたから、今後フォローしないでやろう。


「ところで、明日の試合に向けての調整はどんな感じなの、リョーヤ?」


「明日の調整……か。」


 そう、こんな激励会なんかしているが、明日はついに決勝戦なんだよな。


「特別なことは……してないかな。


 相手も氷を操るだろうから、能力戦よりも格闘戦で挑んでいこうと思う。


 ……とか言って、結局は能力戦に落ち着きそうな気もするけどな。」


「そっかぁ……気をつけてね?


 噂によるとヒューム・スクィルって人、とてつもない隠し玉を持っているらしいよ?」


「隠し玉か……それって真技の類なのか?」


「うん、そうみたい。


 2つの真技のうち、片方はよく使われるらしいけど、いわゆる隠し玉の方を見た人は誰もいないらしいの。」


「まさに奥の手と言った感じだな。」


 俺の真技みたいに絶対零度付近まで温度が下がった氷による攻撃だとしたら、ユリはここまで警戒を促したりはしないだろう。


 なのに警戒するということは、スクィルって人の真技は、俺の想像を色々と超えているような予感がしているということだ。


 さて、どう戦うか―――


 とその時、ユリの手からジュースの入ったグラスが、ゴトンという鈍い音を立てて床に落ちた。幸い床がカーペットだったのでグラスは割れなかったが、中身のジュースがシミを作っていく。


「どうした、ユリ?」


「あ、ちょっと手が滑っちゃって……。疲れたのかな?」


 そう言ってユリが屈もうとすると、そのまま床に倒れ込んでしまった。


「ゆ、ユリ!?」


「あ、あれ……どうしちゃったんだろう……。」


 力なくそう答えるユリの顔から血色がみるみる無くなっていく。アラムにドン引きした時の青ざめた顔は、気持ち悪いって顔じゃ無かったのか!?


 と、突然リンシンがユリの制服の前を少しはだけさせた。


「ちょ、リンシン!? そんなことしてる場合じゃ―――」


 いや、そんなことしてる場合だった。色白のユリの腹部には、濃い紫色のあざのようなものが浮かび上がっていた。こぶし大の2倍はある大きさだ。


「これって―――」


「……スイングを受けた時に。」


 やっぱりダメージはあったのか。何事もなく試合を進めて勝利した時は感心したけど、よく良く考えればダメージが皆無なわけない。


 血反吐を出すほどのダメージは、いくら《超越者エクシード》とて無効化はされない。


「急いで医務室に連れてくぞ!」


 俺はユリを抱えて部屋のドアを蹴り飛ばし、第1アリーナにある医務室へと全力でダッシュした。




――煌華学園 第1アリーナ医務室――



「これはまた酷いね。内臓のいくつかが焼け焦げてる……。


 城崎さん、あなたよく今まで耐えてたね。」


 運良くまだ医務室――ちなみにデルバードに破壊された壁は修理済だ――に残っていた、いわゆるオトナの女性という雰囲気の校医さんが、機器を使ってユリの腹部の状況を調べた。


 その結果ユリの腹膜はおろか、消化管から肝臓、さらには背中側にある腎臓まで破壊と同時に焼け焦げているということらしい。


 内出血はもう止まっているが、普通の人なら痛みによるショック死か、臓器不全を起こして今頃は危篤状態になってもおかしくなかったらしい。


「なるほど、自分の感覚神経を能力で焼き切ったんだね。


 はぁ……アホと言うべきかなんと言うべきか。2度とこんなことするんじゃないよ?」


「はい……。」


 ベッドに横になって点滴に繋がれたユリが、落ち込んだ様子で相槌あいづちを打つ。


 校医さんはユリの返事を聞くと、「何かあったら呼んでちょうだーい」と言って隣の医局に行ってしまった。


「なんで隠してたんだ?


 この状況、例の点滴がなければヤバかったんだぞ?」


 少し怒り口調で問いただすと、ユリは申し訳なさそうに小声で理由を話した。


「……リョーヤの試合、見たかったから……。」


 そんな事で……いや、そんな事なんて言ったら失礼か。でも自分の身体を第一優先にしないと元も子もないだろうに。


「気持ちはありがたいけど、しばらくは安静にしてろよ?


 内臓の焼け焦げた跡は……あれも自分でやったのか?」


「ううん、ボルガイストの打撃を受けた時にやられたの。」


 となると電撃で焼かれたのか。内臓を狙うなんて、痛みで苦しめてリタイアさせるつもりだったのか? なんて野郎だ。


「ちなみにその宋の野郎はどこに?」


「……リョーヤ、呼び捨て。」


「ああ、つい呼び捨てで呼んじまった。」


 わざとらしく舌を出しておどけてみた。これじゃまるでお調子者のアラムだな……。でも、なんかムカついたから良いよな。


「もう寮の部屋じゃないかな? 試合が終わってから随分経ってるから、怪我も治ってるだろうし。」


「そうか。


 校医のおばさーん、ユリはいつまで安静にしてるべきなんですか?」


 隣の医局に向かって俺が声をかけると、ドアが勢い良く開いた。校医さんの顔……なんか……怒ってる?


「うーん、少なくとも明日の昼までは絶対安静だね。


 それと―――」


 校医さんは大きく息を吸って……顔を鼻が当たる距離まで近づけ、低い声で何やら文句を言い出した。


「アタシはまだ29歳よ。オバサンなんて年齢じゃないわよ?


 30まであと349日あるの。分かった?」


 俺はとりあえずうなずいた。そうでもしないと、そばに置いてあるメスやら注射器やらで解剖やら人体実験やらをされそうな勢いだ。


 ……女性は年齢に敏感って聞いたけど、その通りなんだな……。


「えっとじゃあ……校医さん?」


「柳原お姉さんと呼びなさい?」


「お、お姉さん?


 さすがにお姉さんでは―――」


 すると校医さんは目にも止まらぬ速さで、メスをつかみ鼻先に当ててきた。……なんだろう、勝てる気がしない。


「え…えっと、柳ネェ?」


「うむ、よろしい。」


 いいんだこれで。まぁ、あんまり話す機会も無いだろうから別にいっか。


 柳ネェは大あくびをかきながら再び医局に戻って行った。そう言えばもうそろそろ21時か……明日に備えて寝ないと。


「じゃあユリ、そろそろ俺達は寮に戻るよ。


 くれぐれも、そこで大人しくしてろよ?」


「分かってるよ。おやすみ、みんな。」


「ああ、おやすみ。」


「……また明日。」


「もし夜中に寂しいと思ったら僕を呼んでね?


 すぐに駆けつけてキミを抱い―――グぇっ!」


 歩くセクハラはリンシンにヘッドロックをされながら、部屋の外へと連行されて行った。当然の結果だ。


「リョーヤ」


 2人に続いて医務室を出ようとすると、ユリが小声で呼び止めてきた。


「ん? どうした?」


「その……明日頑張ってね? 私、応援してるからっ!」


 彼女は微笑みながら、そう激励してくれた。その笑顔を見た瞬間、心拍数がはね上がるのを感じた。


「お、おう。ありがとな? おやすみ!」


 そう言うと、逃げるように医務室の外に出た。あれ以上ユリの顔を見てたらどうにかなりそうだった……。頬が熱い……とりあえず外に出て冷やさないと。


 廊下は薄暗く、リンシン達の気配はない。仕方ない、1人で戻―――


「あ、寮のドアどうしよう……。」


 蹴り飛ばした部屋のドア……管理人になんて言えばいいんだろう。


 その時、インフルエンザの悪寒なんか比にならないほどの寒気が背筋を走った。


「キミが坂宮涼也かい?」


 慌てて振り向くと、金髪で細身の男子生徒が背後に立っていた。電気もほとんど消えている廊下の暗さと相まって、とてつもなく不気味だ。


「そ、そうだけど?」


「おいおい、この国では年上に敬語を使うんだろ? さすが1年でトップ10入りする人は頭も高いね。」


 なんだこいつ、人をバカにするような言い方しやがって。ここが校舎じゃなきゃ速攻凍らせてやってるのに。


「んで、俺に何のようですか? 名も知らない先輩。」


「おっと失礼。


 ぼくはヒューム・スクィル。第4ブロックファイナリストです。」


 その人は自己紹介すると、わざとらしく深々とお辞儀した。


 この人が《氷獄の使者》と呼ばれる校内ランク6位のヒューム・スクウィールさんか。


 ……なるほど、さすがに《氷獄の使者》と呼ばれるだけはあるな。この人から感じる威圧は、今まで対峙してきた誰のものとも違う。


 荒ぶる炎のように熱気を感じる威圧でもなければ、深海を覗くように暗く青黒い威圧でもない。得体が知れないという点で、一番苦手なタイプだ。


「それで、ヒュームさんが俺に何の用ですか?


 そろそろ寝ないと明日の試合に差し支えるんで、部屋に戻りたいんですけど。」


「いやいや別にどうということはないよ。たまたま通りかかったから呼び止めただけさ。


 すまないねー。貴重な睡眠時間を削るような真似しちゃって。」


 ヒュームさんはそう言うとすれ違いざまに肩に手を置いた。まるで氷のように冷たい手だ。あまり長く触れないで欲しい……。


「せいぜいぼくに勝てるように頑張ってくれ。


 氷の贋造品がんぞうひん製造機さん。」


「―――っ! テメェ!」


 振り向きざまに殴ろうとしたが、そこに彼の姿はもう無かった。


 ……あいつ、俺の氷を贋造品――偽物だって言ったよな。


 ………違う。俺の氷は偽物なんかじゃない。俺の氷はあいつが―――アキが「好き」って言ってくれた、本物の氷なんだ。


 それを贋造品だなんて………絶対に許せない。


「……バカにすんなっ!」


 殴るべき標的を失った拳の気を紛らわすように、思いっきり病室の壁を殴った。


 見てろよあの野郎。絶対に勝って、目に物見せてやるからな。


 殴った壁の反対側にユリが寄りかかっていたとも知らずに、俺は寮へと戻って行った。

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