第8話 召喚と業火

――煌華学園 第1アリーナ――



 午後、俺達は船付先生の指示通りに第1アリーナに集合した。アリーナはまるで新築のように、傷ひとつない施設だった。


「めっちゃキレイなアリーナだな。」


「聞いた話によると、入学式が教室だったのはアリーナ改築の最終チェックが被ったかららしいよ?」


「なるほど。それで教室開催だったのか。」


 ユリの小ネタに感心していると、スピーカーから船付先生の声が響いてきた。


『はい、午後はチームごとの練習となります。


 先生は《超越者エクシード》ではないのでここ、実況室から皆さんの監督を行います。』


 フィールドの頭上にある実況室を見上げると、船付先生が窓越しに手を振っていた。《超越者エクシード》じゃないのに教鞭をとっていたのかあの人は……。


『皆さんは《創現武装》を呼び出したら、それぞれ自由に訓練を開始してください。


 訓練とはいっても、その目標はこの学校に入ったからには分かっていると思います。』


 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》、もちろん分かってますとも先生!


「リョーヤ、始めよ?」


「おう!」


 既に周りのチームはアナウンスの最中から《創現武装》を召喚し始めていた。見たところ、午後になって来なくなった生徒はいなさそうだ。まあ、傷つくことや死ぬのが本気で怖い人はこの学園に来ないだろう。


「さて、僕達も《創現武装》を出すとしよう。」


 アラムが生徒手帳を操作し《創現武装》を召喚した。見たところ刀のように見えるがさらに細い。


「これが僕のサーベル型の《創現武装》、ナザロートさ。」


 アラムは誇らしげにナザロートを構えた。刀身は炎のように赤く、柄には金色の装飾が施されている。まるで本人の情熱的な性格と、高貴にも見える外見を体現しているかのようだ。


 アラムは「ふっ」と得意気に鼻を鳴らすと、同じ炎を操る能力を持ったユリに召喚を促した。


「ユリさん、是非ともあなたの《創現武装》も見せて欲しいですね。」


「あ、はいっ。分かりました。」


 ユリはまだアラムに慣れないようだ。丁寧語を使っているあたり、少し距離を置いているように見える。


 ……まぁ、いきなり食事に誘われたら――好みの人じゃない限り――引くのは当然だ。


 アラムが敬語なのは……単純にキザなだけだろう。そのうち直してくれることを祈ろう。


 ユリは生徒手帳を操作し、日本古来からの武器である日本刀を呼び出した。


「これが私の《創現武装》、紅桜べにざくらです。」


 刀身に緋色ひいろのラインが入っている反りの美しい刀は、日本刀に通な人なら心惹かれること間違いないだろう。


「かっこいいじゃないですか! 僕も同じ日本刀にすれば良かったです。」 


「あ……は、はぁ。どうも。」


 引いてる、確実に引いてる。もうアラムは放っておこう。突っ込むと無駄に疲れそうだ。


「リンシン、次よろしく!」


「……了解。」


 リンシンが召喚したのは、日本ではあまり見かけない形をした大陸の刀だった。


「……私の《創現武装》。名前は日本語で風牙ふうが


「あー、それって中国の伝統的な刀だね! 僕も映画で見たことあるよ。


 たしかそういう形の刀の名前は――」


「……柳葉刀りゅうようとう。」


「そうそれ!」


 まるで中国の歴史映画――特に三國志とかそこら辺の時代――に出てきそうな類の刀だ。古流剣術を習っていた頃に師匠からその名前は教えてもらったことがある。実物を見るのは初めてだ。


 師匠いわく、「その刀、片手剣だからと侮るべからず。振り下ろされるその一撃は獅子の一撃なり。」だったかな? 予選で戦うことになったら注意しておこう。


「リョーヤの番だよ?」


「あいよ!」


 俺は生徒手帳を操作し、相棒を召喚する。俺が初めて能力に目覚めたときに創り出した、その相棒の名は―――


「ミステイン。これが俺の《創現武装》だ。」


 うん、いつ見ても惚れ惚れする剣だ。エメラルドグリーンの柄に、白銀に輝く刀身。シンプルだが、氷のイメージを体現するにふさわしい剣だ。


「かっこいい!」


 ユリが拍手しながら褒めてくれた。この剣を褒められるのは初めてだったので、耳まで熱くなってしまった。


「……いいじゃん。」


 第一印象が無表情という言葉が合いそうなリンシンが褒めてくれた……! ただ、やっぱり無表情で。


 調子に乗った俺はミステインを構え、何も言ってこないアラムに自慢した。


「ありがとう2人とも!


 どうだアラム、これが俺の―――」


「もらったぁぁ!!」


 言い切らないうちにアラムがいきなり攻撃してきた。


 俺は慌てて防御の姿勢をとって初撃を受け流すと距離をとった。が、アラムは縦に振り下ろした剣先から炎の斬撃を放ってきた。


 反射的に氷の障壁を生成して防ぐと、間髪いれず炎の後から斬りかかってきたアラムと鍔迫り合いになった。


 唐突に起きた激しい攻防に、監督していた船付先生はかなり驚いたようだ。


『ちょっと、カシヤノフ君と坂宮君!? 何をしてるの!?』


「小手調べですよ先生!」


 だがそう答えたアラムの剣に込められた力は、明らかに小手調べのレベルではない。


 それに、確実に俺の肩や太ももを狙おうとする剣さばきは素人の動きではないと断言できる。


 ……ここは一つ、誘いに乗ってみるか。


「大丈夫です先生! これが俺達の訓練ですから!」


「そう来なくちゃね、教官!」


 アラムは俺を突き放して後方に跳んだ。能力を使うつもりなのだろう。となると近くで見ている2人が危険だな。


「ユリ、リンシン。少し離れて俺たちの動きを見ていてくれ!


 これも訓練の一環、のつもりだからな!」


「う、うん! わかった!」


「……了解。」


 2人が少し距離をとったのを確認すると、ミステインに意識を集中させた。そっちが能力を使うならこっちも使わせてもらうからな!


 だがその前に、気になっていることがあった。


「アラム、1ついいか?」


「なんだいリョーヤ。泣き言は聞かないよ?」


「そんなものは寝言でも言わないさ!


 その剣術、どこで習ったんだ? どう見ても素人の動きじゃないよな?」


 アラムは一瞬驚いたような表情を浮かべると、口元に笑みが浮かんだ。


「……ふっ、さすがに僕が素人ではないことはお見通しか。


 父が代々コサックに関わってきた家系でね。小さい頃、よく剣術を教わっていたんだよ。」


 コサック……たしかロシアでは帝国時代に出現した特権的武装集団だ。


 有名な話では、日露戦争で日本陸軍を苦戦させたコサック騎馬隊の話があったはずだ。アラムがその家系だったとは。


「なるほど、素人とは思えない剣さばきなわけだ。」


「お褒めいただき光栄です、てね。


 まぁだからといって、手加減するつもりは毛頭無いからね!」


 アラムはそう宣言すると切っ先をまっすぐこっちに向けてきた。


「我が炎よ! 敵を焼き尽くせ!」


 アラムの言葉に従うように、剣先から超高温の炎を噴出した。


「やべっ!」


 間一髪で避けると、炎はフィールドの壁に激突して四散した。四散した炎は煌々とフィールドを赤く照らした。


 火傷しそうになった腕を冷気で冷やしながら、俺は炎の正体になんとなく気付いた。


 あれはただの炎じゃないな。普通の炎はここまで熱くない。


 恐らくアラムの操る炎は死人の魂を焼き尽くす、地獄の業火を体現したものだろう。いくら《超越者エクシード》とて、まともに受ければ一溜りもない。


「良い判断だねリョーヤ。受け流したりしようものならその剣どころか、キミの身体もただではすまない。


 氷で防いだとしても、一瞬で水蒸気になるだろうね。


 風を操る能力なら勝機は見えただろうけど、キミでは僕に勝てないよ。」


「忠告どうもな。でも俺は負けるつもりは毛頭ないんだよね!」


 俺のセリフをスルー――そもそもちゃんと聞こえてたかはさておき――すると、アラムは剣先から再び業火を放ってきた。


「もらった!」


 氷の障壁を生成し業火の直撃を防いだ。氷の障壁は業火に触れると昇華し、さらに室温で冷えたことで濃い霧となってアラムの視界を奪った。


「くっ! 視界が!」


 霧の中で赤い閃光がいくつかほとばしるのが見えた。


 どうやらアラムは炎を撒き散らしているようだが、到底俺に当たることは無い。なぜなら―――


「終わりだよアラム。僕の勝ちだ。」


「っ! これは―――」


 霧が晴れるとアラムもようやく自分の置かれている状況を理解出来たようだ。


「氷の…監獄……!」


 あぁその通りだよ。俺は霧がかかっている間に、隙間のない巨大な氷の監獄でアラムを閉じ込めていた。


 これで周りに被害が及ぶことも、アラムから俺に攻撃することもできない。もしアラムが破壊しようとすれば、監獄の中でアラムを強引に凍結することもできる。


 つまりチェスで言うチェックメイトだ。


 それを悟ったのか、アラムは監獄の中で静かに両手を挙げた。


「……僕の負けだ。」


 その声を聞いて俺は監獄を解いた。久しぶりに楽しい戦いだった。上がった心拍数は、久々に感じた興奮で下がりそうにない。


「剣術なら互角だろうね。正直言って驚いたよ。」


 俺はアラムに拳を突き出したが、それは宣戦布告ではない。剣士として、《超越者エクシード》として健闘を讃えるためだ。


「偉そうに言ってくれるじゃないか、リョーヤ。でも、キミの方が強いことはよく分かったよ。」


 アラムも拳を突き出し、俺の拳に合わせた。こいつとはいい友達ライバルになれそうだな。


 ふと周りを見渡すと、生徒たちが呆気に取られていた。


 これが俺の実力の一部さ。《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》で優勝するためにはこれくらいできないと。


 ユリとリンシンの方を向くと、リンシンは……相変わらず無表情で分からないが、ユリは口を開いたまま他の生徒と同じように呆気あっけに取られている。


「次はどっちがやる?」


 すると、リンシンがその手をスッと挙げた。

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