第12話 隠者

 カーチスは年代物の椅子をがたがたと前後に揺らしてひとしきり喚いた後、不貞腐れた態度のまま言った。


「俺が知ってることはそんなに多くないからな!」


 一つ。覚醒者がどのような能力のゴッズに目覚めるのかは分からない。

 二つ。覚醒者として目覚めゴッズを扱えるようになるには、きっかけが必要。

 三つ。殆どの場合、覚醒者に対してゴッズは一種類しか宿らない。

 四つ。ゴッズは魔法よりも優先度が高いため、極めれば魔法に干渉されなくなる。

 五つ。『鍛造の加護』や『植樹の加護』など全く戦闘向きではないゴッズもある。


 カーチスが話したゴッズについての情報はこのようなものだった。


 話を聞く限り、戦闘においてゴッズとは習得しても圧倒的なアドバンテージをもたらすものではないらしいと感じる。自分に秘められた力が全く役に立たない場合もある。しかし、習得してみないことには分からないという思いから質問が出た。


「因みに、お前がゴッズに目覚めたきっかけは何だったんだ?」


「俺がゴッズに目覚めたきっかけは生命の危機だよ。田舎育ちだからな、熊に襲われたときに覚醒したんだ」


「......なるほど、大変だったんだな」


 生命の危機という言葉に面食らって、慰めにもならない言葉しか出てこなかった。


「そうそう、大変だったんだよ。ばれたついでだから特別に見せてやるよ」


 カーチスは椅子を揺らすのをやめると、ベッドの枕元に置いてあった愛用のスリングショットと、何の変哲もない鉄球を掴み上げた。そのまま東向きの窓に向かうと、木枠の窓を開け放つ。慣れた手つきでスリングショットに鉄球をつがえながら言った。


「俺のゴッズは『射出の加護』ってんだ。道具を使って撃ち放ったものに魔法効果を上乗せする」


 そして、夜空を見上げながら小さく呟いた——。


『——輝け』


 引き絞られたゴム紐から指が離れる。束縛を解かれた鉄球は、カーチスの命令通りに煌々と輝きながら夜空へ飛び出した。


 それはまるで流星のようで————俺の瞳には希望の光にも映った。



§  §  §



 カーチスのゴッズを目の当たりにしてから一週間経った。


 昨日は行軍練習だったため、今日は休息日になっている。昼下がりの午後、兵舎裏に広がる森の木陰で俺は瞑想していた。


 王城を中心として高い壁に囲まれている王都の中でも、教会の敷地内に広がる森は最大の規模を誇る。一人で心を静めるにはもってこいの場所だ。


 俺はここでゴッズ獲得の足掛かりになりそうな事をするつもりでいたのだが―—


「あんた何してんの?」


 独房から解放されたばかりのクラッドにさっそく見つかってしまった。一週間も狭い独房に閉じ込められていたというのに、毒気を抜かれた様子はない。射貫く様な鋭い視線は相変わらずだ。


「瞑想してたんだよ」


「......辛い事でもあるのか?」


「いや違う、違うから。なんでもないから俺の事は気にするな」


「でもあんたは祈りを捧げるタイプ人種には見えないぞ」


「それは間違ってないけど」


 クラッドの氷のような視線は、今のやり取りで変人を見るそれに変わった。このままでは俺が情緒不安定な悲しい男だという印象を与えかねない。


 悲壮感溢れる勘違いを避けるために、ゴッズについて説明することにした。


「あの後、お前の曲がるカタナについて調べたんだよ」


「分かったのか?」


「俺も伝手があってな」


 ゴッズの事は巧妙に隠すつもりだったのだろう。クラッドは露骨に嫌な顔をした。


 確かに、手元でしなって小手を打つ剣術は、曲がるカタナを隠すのに適していた。必殺の技も種が割れれば対処される。それを避けるための剣術でもあったのだ。


「ばれたなら仕方ないか。これからは余計にあんたに勝てなくなるな」


「お前が自分のスタイルを崩さなければ、初めて戦った時に俺は負けていたけどな」


「確かに。あの時冷静じゃなくなっていたのは認める」


 クラッドは鼻をかくと、そのまま近くの木に背を預けて座り込んだ。


「技術もそうだけど、お前はその短気をなんとかしたほうがいい。独房に突っ込まれた事に関しては、カーチスにも責任はあると思うけどな」


「あの軽業師のことは許せない。斬り合う機会があれば両足の腱を削いで這いつくばらせてやる」


 アドバイスのつもりだったのだが、カーチスの名前は禁句だったようだ。過激すぎる発言に言葉を失って黙るしかなかったが、しばらくするとまた弛緩した空気に戻った。


「まぁいい。あんたには関係ないからな。で、結局何してたんだ?」


 クラッドは再びおかしなものを見る目で俺に問いかけた。


 俺の容姿は170cmそこそこの身長と煉瓦の様に赤茶けた髪。少し細い目と右目の泣き黒子が自分でも驚くほど絶妙に眠たげな表情を作っている。隠者のように森で瞑想をするタイプの男には見えないだろうから当然の質問だ。


「俺も覚醒者だからな。ゴッズが欲しいんだよ」


 俺の言葉に、クラッドはなるほどと頷いた。


「何がきっかけで目覚めるかは分からないからな。確かに無駄じゃないと思うけど」


 言い終わると、何か迷ったような表情になって黙ってしまった。


「団長に勝たなきゃいけなくてな。そのために必要なんだ」


「俺が団長を敬愛している事を分かってて言ってるのか?」


 クラッドは顔を上げると、俺をキッと睨んできた。


 思えば最初にクラッドと戦った時、団長の話を振って激昂させたのだ。理由は知らないが、団長に対して並々ならぬ思いがあるのだろう。


「団長を甘く見てるわけでも恨みがあるわけでもないんだけどな。込み入った事情があるんだ」


「・・・・・」


 何故団長に挑むのかは話さなかったが、俺の目が本気だと確認すると、クラッドは溜息をつきながら言った。


「——俺が協力してやる」


 ゴッズは何がきっかけで目覚めるか分からない。だから試せることはなんでもやるしかないとカーチスからは聞いていたが、クラッドにはどうやら裏技があるらしい。


 瞑想を中断された俺は、王城をドーナツのように囲む教会の敷地から連れ出された。


 教会の敷地を出る時はいつも王城を背にする形になる。中央教会と同じ、眩しいほどの白さとその大きさが、王と教会組織の威容を感じさせる。


 王城と市街を繋ぐ石畳の上でクラッドと肩を並べる。


「おー見習いか?」


「サボってないで鍛錬しろよー」


「うるさいなおっさん! 俺は正騎士だよ!」


「きりきりするなよー」


「若者よ大志を抱け―」


 王城に向かう騎士達からすれ違いざまにかけられた言葉に、いちいちクラッドは反応している。幼さなど微塵も残さない立ち姿だが、周囲に直ぐに噛みつく態度には子供っぽさが滲む。


 よくよく考えれば俺より二歳も年下——まだ16歳なのだ。なまじ正騎士と言っても成人前の子供なのだから多少の事には目をつぶろう。


 そう思いながら、肩を怒らせるクラッドに従って歩いた。



§  §  §



「ここか?」


「ここだ」


「......ここか?」


「だからここだよ」


「怪しすぎるだろ」


 王城から馬車で40分ほど。連れて来られた場所は王都南端の市場街とスラムの境、人目に付かない暗い裏路地だった。


 所々崩れている家がひしめき合っている中ではまだましな部類に入るのだろうが、人が暮らすには1人でも窮屈そうなぼろ小屋に連れてくるとはどういうつもりだろうか。隙間風がひどそうな扉に手を掛けながらクラッドは再び言った。


「ここだ」


 ひきつる俺をよそに勝手知ったる様子でカーチスは扉を開けて中に入っていった。


「まじか......」


 ギチギチと音を立てる扉の前で俺は立ち尽くした。


 赤子の頃から王城にもっと近い孤児院で育った俺は、孤児の身とはいえスラムとは無縁の生活を送ってきたのだ。


 すれ違う人々はぼろキレの様なフードをかぶり、盗人の様な足取りで何処かへ向かっていく。正直、路地に入った瞬間から背筋が寒くなる思いだったのだ。


 そんな路地裏に入り込むだけでなく、人が住めるのかも怪しい小屋に訳知り顔で入っていったクレインには閉口するしかない。


 しかし、このまま突っ立っているわけにも怯えて逃げ出すわけにもいかない。意を決して小屋に踏み込んだ。


「これ、は、、、」


 しかし、小屋の内は見た目よりも何倍も清潔で、広々として——いや、実際に広かった。


 磨かれた板張りの床に、高い天井から落ち着いたデザインのシャンデリアの光が投げかけられている。部屋の両脇の壁には怪しげな皮や巻物、鉱石や古ぼけた本などが棚に飾られている。小屋の見た目からは想像できない程に調度の整った大きな空間があった。


 正面のカウンターでは、背の低い椅子に座る1人の老人がいた。テーブル越しにクラッドと向かい合うその男の姿はまるで彫像のよう。百年後もきっとそのままの姿勢でいるのではないかと錯覚しそうな、静かな存在感があった。


「ゴッズを知りたいというのはお前さんじゃな」


 クラッドと何か話していた老人は、俺を認めると組み合わせた手を解いた。纏う静謐な空気はそのままで、空色の瞳が好奇心に揺れる。


「ええそうです、そこのクラッドに連れられてきました」


「ここに訪れるのは大抵じめじめしとるか、くたびれたやつばかりじゃからな。活きの良い若者は例外なく歓迎しよう。そこに掛けなさい」


 示されるままにテーブルの前の椅子に腰かけると、クラッドは「俺は欲しいものでも見てくる」と言って、さっさとテーブルの前を離れてしまった。


「ここはどうなってるんですか?」


「おや、まだ聞いていなかったのかい。このようなところに人を連れてくるのなら説明ぐらいはしていると思ったのだが、何も伝えずに引っ張ってきたのかい。不器用なあの子らしいが困ったことだね」


 小屋(のような場所)の隅のクラッドに目を向けながら老人は苦笑した。


 纏う空気こそなぎのようだが、両手にめられた指輪はシャンデリアの光を受けて怪しく光り、黒革のよれたコートからは妖気が立ち上る。優れた魔法使いなのは疑いようもない。


「そうですね。ゴッズを習得する当てがあるという事しか聞いていません」


「まぁここのことなど気にしなくてもよい」


 くっくっと笑うと、頭上に?マークを浮かべたままの俺をよそに老人は話し続けた。


「じゃが、お前さんを見る限り向かう方角が決まっておるようじゃ。気概のある若者は好物じゃが、彷徨(さまよ)っていない者にはわしから与えてやれるものがない」


「それは一体どういうことでしょうか?」


 要領を得ないやりとりに戸惑う俺に、老人は一人納得したような表情で唐突に告げた。


「お前さんのゴッズは『断絶』と『転移』ということじゃよ」

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