第14話覚醒の時

 ミア対ゼクスの勝負は観客側から見たらミアが有利に見えていた。そう観客側ではだ。

 試合は一方的にミアが攻撃。ゼクスがそれを避ける、防ぐと守ってばかりだった。だが実際は違った。


 「攻撃を何度も仕掛けても剣先が全く相手に触れない。流石帝王と呼ばれるのも納得だわ」


 ミアはゼクスに聞かれない程度の音声で戦闘の感想を語った。そう一方的に攻めているが一撃一撃は体にすら触れていないのだ。基本的にはカケルのような剣を流すように捌く剣術だ。そして捌ききれないと思った剣は体に当たる寸前で爆破魔法を体の前で発動させ、相手から距離をとるといった戦闘スタイルだ。


 「そろそろ良いかな?俺が攻撃しても」


 「そうね。私ばっかりじゃずるいからどうぞ」


 ミアは強気で言ったが、額には汗が浮き出しており焦っていたのだ。

 今現在誰にも一位の座を譲っていないゼクスの攻撃を受けるなどほぼ負けが決まった同然なのだ。学年二位の生徒にも僅差勝ったのではなく、圧勝いや一方的に勝ったのだ。


 ミアとゼクスの力の差は圧倒的だ。そんな相手と勝負するなど自分で死ぬと同じ事だ。だがミアはゼクス一人なら勝機はあると思っていたのだ。それは不意打ちだ。


 今も着々と魔力を高めているのも、その一撃で倒すためだ。狙うのはミアが倒れて油断をしているときだ。戦闘で一番油断をするのが自分が勝利すると思う瞬間だ。その油断は力の差があればあるほど現れるものだ。ミアはその瞬間を狙っているのだ。


 「では。遠慮なく行くぞ!」


 その言葉と同時に強化魔法を自分の脚に部分的に着け、瞬発力を高めた。そして瞬時に間合いを縮めた。強化魔法を実行するまでは一秒も掛からなかった。これも彼の技術あっての業なのだ。


 そして、その勢いを殺さず剣を右下から左上に線を引くように、振り上げた。ミアもなんとか目で剣をとらえることができ、すかさず剣で受け止めた。


 するとミアの剣が「ピキッ」と悲鳴を上げた。どうやら先ほどの連撃でのダメージが思いの外大きく、ヒビが入ってしまったのだ。だがミアは疑問に思っていた。何故こんなに早く剣にヒビが入るのか?と。確かにあの連撃で剣がダメージを負ったのは確かだが、強化魔法で強度が増していたのでそう簡単にはヒビは普通は入らないのだ。


 考えられるのは、二つだ。

 一つ目は、相手の剣の強度がミアより強化魔法によって強くなっていること。

 二つ目は、剣になんらかの小細工をしているかだ。


 まあ奴らだったらどちらも有り得ることだがな。

 ミアはフンッと鼻を鳴らし、心でそう考えた。

 どちらにせよ、こちらにとっては好都合だ。後は倒れる振りをすれば全てが決まる。

 

 ミアは七割の確率で勝てると思っていた。残りの三割はゼクスが油断せず、不意打ちが失敗する。もしくは予想外の何かが……。


 「おいおーい。剣にヒビが入ったりしたら戦えないんじゃね。もう負け確定だな」


 ゼクスは不気味な笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄ってくる。その一歩一歩がミアにとっては敗北へのカンウントダウンにも聞こえた。体から放つプレッシャーは肉眼でも見えるようなオーラを纏ってると、錯覚するぐらい強かった。今まで体験したことの無いミアにとっては「怪物」と対面したかのように思えた。


 ミアはゼクスから放たれているプレッシャーにやっとで耐えていた。気が少しでも緩んだりしたら膝が笑い動けなくなるだろう。心の中では恐怖を押し殺すのがやっとだった。この時ミアは、『自分の作戦はもう通じない』と感覚的に分かってしまったのだ。あのプレッシャーは試合が終わるまできっと切らさない。確証はないが、これも感覚でわかった。


 「もうこうなったら自棄糞だ」


 ミアはゼクスに向かって溜めていた魔力の塊をぶつける為に駆け出そうとした。

 だが体は脳からの命令が届いてないような感覚だった。体は微動だにしなかった。

 視線を身体に向けるとそこには、紫色の蛇のように見える気体が体中にへばりついていた。振り払おうとしても体は動かず、どうしようもなかった。


 だが誰がこんな事をしたのか分からなかったが、後ろから聞こえた声によって理解した。


 「ゼクスせんぱーい。何一人で終わらせようとしてるんですかー」


 そうその声の正体は一年生七位ヴォルルフ・デォーイだった。

 ヴォルルフは剣を手首でぐるんぐるんと回しながらゼクスの傍まで歩いた。


 ヴォルルフの姿を見た時、思考が一瞬止まった。何故彼がここに居るのだと。状況を理解したと同時に『カケルは!?』と心で叫んだ。


 ミアはすぐさま後ろに顔を向けた。

 そこに映っていたのは光景は目を覆いたくなるような状況だった。そこに居たのは、ぐったりとうつ伏せで倒れているカケルの姿だった。所々には強く打たれたのか服に血がじんわりと染み込んでいた。


 ミアはそこで全てを悟った。相手の狙いはカケルを潰し、私の恨みを果たすことだと。


 自分のせいで巻き込んでしまった。

 自分のせいであんなに傷ついた。

 自分のせいで痛い思いをしてしまった。


 彼女には強い後悔感と、猛烈な殺意が沸いた。


 「許さない。絶対に許さない!!!」


 ミアは怒り狂った表情を作り声を荒げた。

 顔はいつものような美しい顔は無く、あったのは今までの顔とは思えない怒りだった。

 するとゼクスとヴォルルフはミアの方に目を向けた。


 「おいおい。今のお前に何が出来るんだよ」


 ヴォルルフは馬鹿にするような口調でミアの方に足を向け歩きだした。

 それに対してミアは今すぐにでも殺してやると言ってる鋭い双眸をヴォルルフだけに向けた。

 距離が残り一メートルぐらいの所で足を止めた。


 「それお前じゃ解けないよ。なんせそれは束縛系魔法道具(マジックアイテム)だからな」


 そう言うと、耳に付けていたダイヤモンド型のピアスを指ではじいた。


 魔法道具(マジックアイテム)。

 それは物に魔方陣を描き、魔力を流すと発動する道具だ。どんな物でも作れる訳ではない。まず魔方陣が描ける物。そしてその物には絶対に宝石を埋め込まなくてはならないこと。作れる者も限られているため容易には入手できないものなのだ。だが価値に比例するように、その効果も絶大なのだ。


 普通に魔法を使うより何十倍も効果は増し、それに対して使う魔力も多いが、ヴォルルフは魔法を使ってない状態で発動したため、半分も消費しなかった。


 「魔法道具は規則違反よ!そんなの認められる訳が無いわ。」


 「そんなの、バレなければ良いんだよ」


 ミアは審判に視線を送ったが、相手はそれを無視した。視線に気付いているのにだ。

 するとゼクスもこちらに向かってきた。そしてヴォルルフの隣で足を止めた。


 「じゃあ、そろそろ始めますかぁ!」


 そう言うとゼクスは剣の腹(鋭く無い部分)で叩き付けた。

 束縛されて無ければ、殴られた腹を押さえて地に倒れこみたいが今はそれが出来ない。奥歯をかみ締め、苦しい表情をしたがなんとか耐えた。


 ゼクスは相手の顔を見ると、苦虫を噛み潰したかのような面持ちになった。

 『おいおいこんなものか』と挑発をしてるかのように苦しみながらも笑っていたからだ。また、それは最後の足掻きにも見えていた。こうなったら最後意識が飛ぶまで耐えて見せると。


 「ふっ。いい心構えだ。それだけは褒めてやる」


 「そ、それはどうも」


 「だが、二人でやったらおまえは持たないだろう」


 「はっ。そんなのやってみなくちゃ分かんないよ」


 「そうか。ならお望みどうりやってやるよぉ!」


 それからはもう試合と呼べるものか、分からなかった。

 試合は相手が降参。もしくは審判が判定で決まるのだがミアは降参をせず、否――降参をさせなかったのだ。あの二人は。それに加え審判は何事も起こっていない顔で止める気も無いのだ。


 その後は二人から剣で腹、腕、脚、と殴りつけていた。体には打撲がいたる所に見え、服には所々血が滲んでいた。ゼクス達はミアが気を失いそうになると、殴るのを止め気を立て直させて、気をなくす寸前まで殴るの繰り返しで拷問に近いものだった。


 痛い。

 苦しい。

 誰でも良いから助けてほしい。


 ミアは神に祈るように心の中で呟いた。これは助けてほしいという欲。つまり本音なのだ。だがその欲は一人の少年の姿を見て無くなった。

 『カケルは一人でボロボロになるまで耐えた。私のせいであんな姿になった。これだけでは許されるとは思っていないけど、私もあなたと同じ……いやそれ以上に。これは私に科せられた罰だから。』


 ゼクス達にとっては恨みを晴らしている時間であったからのか、会場全体に響き渡るような笑いで嬉しそうに剣を振っていた。

 その光景を目の当りにした観客からは「何故止めない!?」「学園側は何を考えている!」「酷い。酷すぎるわ」と批判声が上がっていた。

 

 だが規則は変えることが出来ないため、学園側も何にも言えなかった。


 そして、ヴォルルフは顔まで殴りつけようと剣を天に振り上げ、半円を描くようにミアの頬目掛けて振り下げようとしたその時!ヴォルルフの頬に目にも見えない速さで何かが「スッ」と掠った。


 「ん?なんだ何か熱いものが頬を……う、うわー!!ち、血だぁぁ!!だ、誰がこんな事をぉぉぉぉ!!」


 ヴォルルフは手を頬に触れると、指先には赤黒く、ほのかに鉄のにおいが漂う液体。そう血が着いたのだ。血を見ると、顔を赤く熟れたトマトのように赤くし、声を荒げ激怒した。


 そして、投げられた剣は壁に突き刺さっており、ヴォルルフはそれを見た瞬間開いた口が閉じなかった。そう。その剣は半分に折れており、剣を使っていた人物はただ一人しか居ない。カケルだ。


 ヴォルルフはまさか!?ありえない!と言っているような顔で投げられた剣の軌道をたどると、そこには少年の姿は豹変していた。


 髪は黒から青に変わり、真っ黒に染まっていた瞳は紅色の宝石のような赤に変わっていた。体系は全く変わっていないが、周りに纏っているオーラ。そのオーラから放たれるプレッシャーはゼクスよりはるか上で、帝王と呼ばれているゼクスでも立っているのがやっとだった。オーラには普通ではありえない色が付いていた。


 色は何色にも染まらない黒。オーラの本当の正体は魔力なのだ。

 魔力は普通目に見えないが、あまりにも濃度が濃すぎると色が付いていくのだ。


 そして少年は仁王立ち、ゼクス、ヴォルルフに殺気が含まれた視線を向けた。


 「おい。お前らいい加減にしろよ……」


 姿が豹変し、言葉遣いも変わり、怒りを露にしたその人物。

 その姿をした少年は学園最弱、相馬カケルだった。

 

 

 

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