VR その1

 目の前にリンエイがいる。

「私はどうだった?」

 真っ白な顔に、はっきりと桃色のえくぼが見えるほどニヤリしたリンエイは、そう俺に聞いた。

「あ、いや……」

 いきなり過ぎるて、口に出し難い。

リンエイは可愛く、俺の好みの子であった。

会社の女性の同僚よりもだ。

斉藤さんとかには申し訳ないが、斉藤さんがべた褒めしている彼女の雨宮よりもずっとだ。

が、俺は生まれてこう聞かれたことはなかったので、なんと答えたらいいのかが分からず、言いよどんでしまった。

「むう、感想はないの?」

 少し唇をとんがらせて、リンエイは言う。

「よ、よかったよ」

「それが感想なの!?」

 ぺしっ。VRにいるのに、なぜか物量感があるリンエイの突っ込みの手に圧倒され、俺は少し後じさりした。

それを見て、目が細くなり、赤い瞳が危険なほど真っ赤になるリンエイ。

いや、リンエイの力が強すぎるんだが。

そう言いたいが、それを言わせない顔であった。

しかも、空気が熱くなっている。

おいおい、いきなり怒るのか?

それはまずいよ。

俺の頭に、以前リンエイに殴られた時と、平手打ちをもらった時の記憶がよみがえる。

確か寝ているときだったな。

両方ともそれをもらった後に目覚めたんだった。

そうしたら、このVRにいるときはどうなるのだろうか?

でも、これでVRから出てしまったら、どうやったらリンエイが復活できるのかが聞けなくなる。

それはまずい。


「あ、えっとね。復活」

「……」

 リンエイの目じりがまだ険しいが、気温が和らげた気がした。

これは話せってことだよね。

「慈明僧に聞いたのだけど、慈明僧、『天上聖母』様からは、リンエイの身体をきれいに保管するように指示されたけど、どうすれば、リンエイを復活できるかが分からないんだって。何か聞いてない?」

「え?何それ。私も知らないわよ」

「え?」

「知らないって言ったのよ」

「でも、『天上聖母』様から何か聞かれているんじゃないの?」

「何も」

「で、でも、前回会った時には、あの慈明僧が戻してくれるって言ってたじゃん」

「うん、言ってたわ」

「それって誰から聞いたの?」

「慈明僧本人」

「!?慈明僧と会話したの?」

「違うわよ。慈明僧が勝手に私の身体のそばで言ったのを聞いただけだわ。あなたも見たでしょう。あの部屋の中で」

「なんて?」

「三十日保管すれば、『天上聖母』様がきっと復活してくれるだろうって」

 そのようなことを慈明僧が言ったっけ?

慈明僧との会話を思い出そうとする俺だったが、それをリンエイが破った。

「だから、私は慈明僧が復活してくれると思ったのだけど、違うの?」

「うん、本人は知らないって言ってたんだけど……、あ、それじゃ、『天上聖母』様からは?」

「私、その『天上聖母』なんとか様とは会ったことがないわ」

「じゃ、誰と会ったことが有るの?」

「あなたに決まっているでしょう」

 話しながら慌てている俺に対し、なぜかリンエイはくくくと笑いながら回答していた。

「まだ若いのに、記憶力が悪いのね」

 いや、それは否定はしないが、なんかリンエイとの会話がおかしい。

ちょっと整理が必要だ。


俺は深呼吸をして、ゆっくりと提案するように言った。

「リンエイ、最初からゆっくりと思い出してね」

「いいわ」

「慈明僧が言うには、『天上聖母』様が最初にリンエイに話しかけてから、慈明僧の方に向かってきたってさ。そういう人の印象はないの?」

「ないわよ」

 リンエイの即答に、思わず俺は「しっかりと思い出してよ」と頼んだ。

「私は記憶がいい方よ」

 とリンエイはムッとしながら、何かの名前を二分間ほど言い続けた。

「ま、待って、今のは?」

「うちの海鮮料理のメニューよ。ほら、これがあなたが食べていたものよ。皇帝蝦の串焼きから始まって……」

「いやいや、なんで知ってるの?」

「だって、うちの店にも行ったんでしょう?それにしても、私が久しぶりに行ってお父さんを見て、思わず涙ぐんだのに、それをじっと見ちゃうとかひどい男だわ」

 今度はじろっと赤い瞳で俺を睨めつけながら言うリンエイ。

混乱しながらも、おれはゆっくりと確かめるように言った。

「海鮮料理って、ひょっとして、海坊主か?」

「そうよ。今更分かったの?私、言ってなかったっけ?あなたが忘れているだけじゃないの?」


 そう言われて、俺は記憶を探そうとした。

思い出した。

そういえば、リンエイの名前はその海坊主から聞いたんだった。

でも、リンエイからその店のことを聞いたことはない気が。

まぁいいや、何か繋がってきそうなので、話を戻すことにした。

「分かった分かった。リンエイは話したかもしれないけど、それはちょっと後にしよ。今はまず、どんな神様に会ったのかを調べてないと」

「神様?うん、会ったよ」

「え?」

 たぶん、あほな顔をしてリンエイを見ているであろう俺に、リンエイは気づかないのか、こめかみを押さえながら斜め上に視線を向けて言った。

「いつか分からないけど、媽祖様には会ったわ」

「……。待って、リンエイ。そのその媽祖様ってどなた?」

「あら、知らないの?台湾ですごく有名な女神様よ」

「俺は分からないが、『天上聖母』様じゃないのか?」

「違うわよ。名前が違うでしょう」

 手をひらひらさせて、けたけたとリンエイは笑った。

いや、神様はいろんな名前をもってそうなんだが。

まぁ、いいや、神様と会ったんなら、それを聞こうじゃないか。

「それで、その媽祖様はなんて?」

「うん、なんか、三十日我慢すれば、夫が復活してくれるって」

おいおい。

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