Ⅰ-Ⅱ

「通ってもいいかしら?」


 道は平坦なものになり、洞窟の入り口が目前にある。

 番人を務めている男達は、ブリセイスの問いに二つ返事で応じた。彼女を追って中に入っていく俺も、彼らは引き止めようとしない。


 むしろ深々と頭を下げている。加えて畏怖の感情すら瞳に籠っていて、過剰な出迎えを受けている気にさせてきた。


「彼ら、何なんですか?」


「洞窟を抜けた先に、居を構えてる傭兵団ね。ラダイモンには何度か雇われたことがあるそうよ」


「じゃあ、先王であるメラネオスさんは面識が?」


「あるみたいね。さっき彼らと再会した時も、凄く懐かしんでたし……メラネオス様がオレステスに追われていたことも知ってたみたい」


「ほー」


 となると、一緒に戦うことになるんだろうか。他人に尻拭いをさせているようで釈然としないが、戦力としてはメラネオスの指揮に入る筈。俺にはさして関係あるまい。


 洞窟を進んでいくと光は徐々に薄くなっていくが、歩くのに困る程ではなかった。既に出口も見えている。


 しかし、考えてみるとおかしな風景だ。

 位置的に、俺達が向かっているのは地中。光があるのであれば、天井に穴でも空いていることになる。


 だが地上を走っていた時、そんな場所は見当たらなかった。

 となると何かの道具に頼っているんだろう。神域のように、神の加護を受けて照明を確保しているのかもしれない。


 そしていよいよ、広大な空間へと踏み込んでいく。


「おお……」


 町、だった。

 天井を岩盤に覆われて、立派な町が存在している。ヘパイストスが住んでいた集落よりも断然広い。二、三倍の面積はあるだろうか。


 反面、やや風の流れは籠り気味である。室内ではよくある感覚だ。

 外と同じく昼間のように明るい室内。かといって大量の松明が並んでいるわけでもなく、どうにも説明のつかない光景だった。


「どうなってるんです? この町」


「神の加護によるものだそうよ。随分古い町で、神の名前までは分からないそうだけど」


「ってことは、他の情報はあるんですか? 像が残ってるとか」


「ええ、木彫りの像が残っているらしいわ。……まだ直接見てないから、それ以上のことは言えないけど」


 話し終えたブリセイスは、これまで通り先頭に立って町を歩く。

 一番最初に入ったのは、町の中心と思わしき大通りだった。食べ物を中心に様々な品が並んでおり、ここが地中にあることを忘れさせるほど賑わっている。


 一体どこから運んで来るのか。そんな疑問を抱きながら、俺はブリセイスに続いて奥へと進んでいった。


「向こうに大きな建物が見えるでしょう? あれは領主館。メラネオス様と、この町の主人があそで待ってるわ」


「お、じゃあ色々と詳しい話が聞けそうですね。早く行きましょう!」


「はいはい、焦らないの」


 またもや宥められながら、俺は人込みを掻き分けていく。

 周囲から向けられる視線に、これといった特色はなかった。帝国人風の格好をしているのに、誰一人奇異の目を向けることはない。


 多分、彼らにとっては珍しくない存在なんだろう。

 視界を動かしてみれば分かる。俺と似たような格好の人間が、何人も人混みの中に混ざっていることが。

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