Ⅰ-Ⅱ

 アテナとヘパイストスは同じ父を持つ神だ。戦いに関係のある神同士、それなりに交流があったと記憶しているが。


「……アテナ様、いい加減ヘパイストス様をお許しになっては如何ですか? あの方もすっかり反省していますし」


 と、ブリセイスは落ち着いた口調で女神に提案する。


 それを聞いて、アテナは少しヘソを曲げている感じだった。――そういえばこの兄妹、昔にちょっとしたトラブルがあったっけ。


 伯父に少しばかり同情しながら、俺は首を横に振る女神を眺めていた。


『私はあの男と、もう二度と会わんからな。許すつもりもない。な、なんせヤツは私を押し倒して……せ、せせ、性的な行為を強要してきたのだぞ!』


「でもアテナ様、オジサンだって悪気があったわけじゃないんですよ?」


『貴様が言うとまるで説得力に欠けるな!?』


 む、失敗だったか。

 しかし伯父に悪意がなかったのは事実である。むしろタイミングを考えなかったアテナにこそ、問題があるんじゃなかろうか?


 ――まあそんな言い訳は男性の視点だから出るわけで、処女神・アテナに通用するものではなかろう。


『ま、まあ確かに、ヤツの作る神器の出来は素晴らしい。鍛冶の神として相応しい機能の物を作ってくれる』


「じゃあ許してあげないと駄目じゃないですか。神々の力を宿した武具――つまり神器は、オジサンじゃないと作れないって聞きましたよ?」


『確かにそうだ。しかしな、兄上は私の信頼を裏切ったのだぞ! ――そもそも私は、もう二度とヤツには合わないと誓いを立てた! これを破るなどもっての外だ!』


「あー、そう来ましたか」


 ギリシャの神々は、一度立てた誓いについて絶対に破ることをしない。例えどれだけ自分に不利益だろうと、だ。


 人間の世界でも同じだが、神々の間でも信用は第一。誠実な性格の持ち主であると、神は常に証明しなければならない。


――まあ誠実の方向性が捻じれてたり、不都合な誓いを新しい誓いで揉み消すなんて、ウチの神々には良くある話だが。


「んじゃあ仕方ないですね。オジサンの方には俺から言っておきます。アテナ様、そこまで起こってませんでしたよ、って」


『その目は節穴かー!?』


 さすがに起こった女神は、拳を握り締めて殴りかかってくる。

 だが霊体。衝撃が俺に伝わることはなく、そのまま素通りしていった。


「ははは、なにしてるんですか。幽霊みたいな状態で殴れる筈ごほぉっ!?」


『私の肉体が物質へ干渉できなかろうと、代わりの衝撃を起こすことは可能だからな。覚えておくように』


「は、はい……」


 立ち上がって、吹き飛ばされた数メートルの距離を戻っていく。

 

 腐っても神の力と言うべきか、結構な力だった。今後は挑発を慎むようにしよう。間違いなく身体が持たない。


 話題を完全に切り替えるためか、アテナは短く咳払い。


『ここからは私が支援してやろう。ありがたく思うが良い』


「はいはい」


『ま、まったくありがたみを感じていないな!? これだから最近の若いやつは……』


「年寄りみたいなこと言わんでください」


 言わせたのは俺だけど。

 空気が粉砕された所為か、今度こそ、とアテナはもう一度咳払いをする。


『ここからは私が手を貸そう。ちょっと面白いものを持ってきたのでな』


「面白いもの?」


『これだ』


 言って、アテナは指を鳴らした。

 すると、女神の足元に黒い布が出現する。所々が千切れた、随分と古めかしい布だ。……これを一体、何の役に立てろっていうんだろう?


 物の正体を見抜けていない俺とブリセイスに反し、女神は自慢げに胸を反らしている。

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