Ⅱ-Ⅲ
やはり蛇。俺が打ち殺した大蛇と、ほぼ同じ大きさの個体が俺達を包囲している。仲間の仇討ちといったところだろう。
良い根性だ、嫌いじゃない。
しかし相手と、そのタイミングを見誤るのは失敗だ。数多の神から力を与えられている俺に、ヘビ風情が勝てるものか。
はっ、と短く息を零して、俺は紅い槍を天へと掲げる。
槍は淡い光を放っていた。先ほど、荒野で一戦交えた大剣使いと同じ光。
神の威光を行使する、神秘の光が。
「猛れ、
瞬間。
天を突くような真紅の刃へと、神馬紅槍は姿を変える。
蛇たちの敵意が瞬時に止む。しかし逃走はなく、恐怖に慄くわけでもない。ただ唖然と、顕現した神の力を見つめるだけだ。
逃げたところで、意味がないと悟ったのだろう。
「何だ何だ、もう少し抵抗してもいいんだぞ? きちっと相手をしてやるからな」
『――』
それでも彼らは動かない。
なら、
「さよならだっ!」
狂喜的ですらある笑みを浮かべ、俺は
炸裂する神の力。轟音と暴風が巻き起こり、まずは前方にいた蛇が跡形もなく消滅する。森に根を降ろしている木々も例外ではない。
破壊は数十秒ほどの短いもの。が、それでも、無粋な連中を蹴散らすには十分すぎた。
一通り終わったところで、刃と化した槍を持ち上げる。後ろにはまだ蛇が残っているので、相手をしてやらなきゃいけない。
「不意打ちをしないのは礼儀が良いな。――逃げずに戦ってくれりゃあ、もっと礼儀がいいんだが?」
蛇たちの判断は即決だった。
彼らは脱兎のように、緑の奥へと去っていく。
「よし、今度こそ安全だな。お嬢さん、大丈夫か?」
「……失礼ですけど、お名前は? それにその槍は、確か――」
「?
「やっぱり……」
美女は何かに納得しながら、服についた土を払って立ち上がった。
どこか潤んでいる瞳は、旧知の者と再会したことを喜んでいる風に見える。が、俺はこんな美女と知り合った記憶はない。女は大好きだが、生前の女性関係についてはヘルミオネ一人ぐらいだ。
しかし目前にいる女性は、俺を知っているように話しかけてくる。
「ああ、神に感謝します。まさか異界の地で、貴方と再会できるなんて……」
「――あの、ところでお名前は?」
「? 私のことを忘れてしまったの? ブリセイスよ」
やっぱり。
名前だけなら知っている。俺の父――俊足の大英雄・アキレウスが戦場で獲得した美女の一人だ。
父に大そう惚れ込んでいたようだが、軍のいさかいに巻き込まれて離れ離れになったと聞いている。
「ブリセイスさん、俺は父上じゃない。息子のヒュロスだ」
「――え? 似すぎじゃない?」
「よく言われるよ」
ちなみに性格も似ているとか。個人的には大歓迎の評価だが、恥ずかしいような畏れ多いような。
「……」
美女・ブリセイスはじっと俺の顔を見上げてくる。
ややあって、
「ふふ、お父様より素敵よ、貴方」
そう、頬に口付してくれたのだった。
「……」
「この先に私達の集落があるから、案内するわね。――君も神々に呼ばれたんでしょ?」
「え、ええ、アテナ様に」
「まあ、あの御方に? さすが猛将王、って呼ばれてるだけのことはあるわね」
「父上には遠く及びませんけどね」
「そう?」
ついつい敬語になりながら、歩き始めた彼女の後姿を追っていく。
頬にはまだ、啄ばむような口付の感触。
ヘルミオネ以外じゃ初めてだなあ、と俺はちょっとした感動を覚えていた。
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