Ⅱ-Ⅰ

 召喚された場所から移動すること、数十分。


「……嘘だろ?」


 荒野の中に、突如豊かな森が現れた。


 正直、目を疑いたくなる光景である。これまで荒涼とした世界が続いていたのに、そこだけ別の土地から持ってきたように激変しているのだから。


 オマケにもう一つ、気掛かりな点があった。


「なんだ? 森を囲むみたいに壁が……」


 形はドーム状。木々が生い茂っているのでよく確認できないが、反対側まで伸びているんじゃなかろうか?


 壁は半透明で、森自体に来るものを拒絶する雰囲気はない。


『あれは境界神域と呼ばれるものだ。結界の向こうは私達、神々の加護で満ちている聖域。故に緑豊かな土地となっているのさ』


 召喚された直後から、律儀に同行してくれているアテナが言った。

 俺は適当に相槌を打つだけ。……個人的にはさっさと、落ち着ける場所に移動したいところである。


『森の中に集落がある筈だ。そこでまず、情報収集を行うといい』


「……アテナ様は何か知らないんですか? この辺りがどういう場所なのか、とか」


『知らん。私はもともと、別の土地を管理していたからな。ここが私達にとって、敵地であるということぐらいしか分からん』


「ほほう。面白そうですな」


 腕を競う相手に遭遇できず、退屈な日々を送ることはなさそうだ。

 これで困っている人々でもいれば完璧なんだが、それは件の集落へ辿り着いてからだろう。


「んじゃアテナ様、早く行きましょうよ。俺も現地の人に話聞きたいですし」


『ああ、そうだな。私も情報収集がしたい。頼むぞ』


「って、神様なんですし、自分でやった方が早いんじゃないですか?」


『そうもいかない事情があるんだよっ』


 隣を追い抜いて、アテナは俺達が立っている丘を下りていく。

 目指す森までそう距離は開いていない。平地にたどり着いてしまえば、後は数十分の距離だろう。


 霊体であるアテナは、そのまま空中を浮遊しながら走っていく。案外と容赦のない速度で、普通に歩いていたのでは置いて行かれそうな勢いだ。


 なので走る。神々の加護によって強化されている俺の足なら、視界の隅々まで瞬時に移動可能だ。


「で、事情っていうのは?」


 自慢の紅い髪を靡かせながら、俺は話を続けていく。


『さっき言っただろう? 神々の加護は、世界そのものによって否定されている。故に私達は、本来の力を発揮することが難しい』


「今ここに来てますけど?」


『それはそうだが、今の私は力を数百分の一にまで落としている。神としての力を行使することは不可能に近い。せいぜい英雄を召喚できるぐらいだ』


「そういや、さっき召喚された英雄とか何とか……」


『この世界にお前のような存在が呼び出されていることは、既に知れ渡っている。それぞれ一騎当千の力を持つもあり、警戒されているわけさ』


「なるほど」


 そこで、オレステスが繋がるわけか。

 ひょっとするとヤツも英雄の扱いかもしれない。アレでも一応、王の中の王、と呼ばれた将の息子だし。


 森はもう目の前。思った以上に身体が軽く、あっと言う間に駆け抜けてしまった。


 境界神域とアテナが呼んでいた場所は、これまで以上の存在感で俺達を迎える。……勝手に中に入っていいんだろうか? これ。


『問題ない。神子として選ばれた者は、境界を自由に通過できるからな』


「便利ですねえ……」


 まあ在り難いことには間違いない。風を切るように走りながら、俺は境界線へと接近する。


 難なく通過した、その直後。

 女性の悲鳴が、聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る