BATTLE CRY③

 ニッカとクルールは同じ村出身の幼馴染で、冒険者として名を上げるために一緒に王都にやってきた。自分たちは吟遊詩人の英雄譚に出てくる主人公と同じであると信じて疑ってはいないのだが、いかんせん王都に来たばかりのころは右も左もわからなかった。そこで、まずはその時々のメンバー募集に参加して、冒険者としての生活にも慣れたところでE級への昇格を目指すことにしたのだ。


「目をつぶれば、その冒険の一つ一つが目に浮かぶぜ……。というか、いずれ俺の冒険は本になるから、ちゃんと覚えておかないと駄目だと思うんだ!」


 先頭を歩くニッカは短剣――魔剣ミスリルスライサーを掲げて言った。短剣がニッカの言葉に呼応するように、松明の光を受けてぬらりと光った。


 今回は受験生の三人ともバッカスのように魔力で光を灯すことができないので、松明を頼りに冒険することになった。実際はステラが光源の魔法を扱えるのだが「試験官として手を出せる範疇の外なの。ごめんなさい」ということだった。


 リズもシオンたちと探索する際、あえて松明を使ってみたりしていたので手間取ることはなかった。エルフであるシオンは光源を出すような簡単な魔法なら習得していたが、パーティによっては魔法に頼れないこともあるため、色んな道具についても知っておく必要があると提案していたのだ。


 松明はバッカスの魔法に比べると頼りないが、以前ギルドで購入したものより明るく感じる。


「なんだかこの松明、明るくないですか?」

「リズちゃん、違いの分かる女ね! それはクルール印の上質な油を使っているから、安物よりも明るくて長持ちするスグレモノなのよ!」


 リズの言葉に、クルールが嬉しそうに反応した。錬金術師であるクルールは、ローブのポケットやリュックの中に様々な道具を備えていて、松明も彼女が用意したものだった。錬金術師と名乗っているが、卑金属を貴金属に変質させようと躍起になっている学者組とは異なり、魔物の素材や迷宮の植物から薬品等を調合するのが専門らしい。


 リズの一言は、そんな彼女の琴線に触れたようで、いかにその油の品質が優れているか、また精製にどの様な工夫が必要であるかなど早口でまくしたてられた。リズといえば、クルールの専門的な話を理解することが出来るはずもなく「はぁ」「へぇ」「なるほど」以外の言葉が口から出ることはなかった。


 クルールの止まらない講釈に困惑しながら、どうにか話題を変えようと辺りを見渡すと、ミモザに教えてもらった薬草が目についた。


「あ! クルールさん、あそこに生えてる植物って、迷宮にしかない薬草なんですよね!」


 あまり話題が変わりそうにもないが、油の純度を上げるために必要な各地方の絹の特徴について専門用語を交えて話されるよりは良いに違いない。


 しかし、クルールの反応は芳しくなかった。


「あー、はいはいそれね。最上層だと良く見かけるから、相当ストックがあるのよね……」


 と、あまり興味なさそうに見ていた瞳が急に見開いた。そして、リズを押しのけると、薬草のそばに生えている見覚えのない植物に飛びついた。


「うそ……やっぱりそうよ……間違いないわ……」

「ク、クルールさん? どうしたんですか?」

「え? ……ああ、ごめんごめん。この植物の根っこが即効性の神経毒持っててね、魔物への麻痺薬に使えるのよ。ただ、今までの探索では見かけたことがなかったからラッキーだわ! リズちゃんのおかげね、ありがと!」


 手袋をしたクルールは手際よく根を引き抜くと、袋に詰めてリュックにしまった。そして「今度来た時に忘れないように、場所を記録しておかないと」と言って、地図に×印を描いた。


 ゴードンが気まずそうに言った。


「その地図、ギルドの備品なんだが……」

「……!?」

「まぁ、買い取ってくれれば構わないんだが。……それに、×印だと試験の目的地とごちゃごちゃになってるぞ……」

「……あら、ほんとね!」


 言うやいなや、目的地の×印を消そうとするクルールを慌てて止めるゴードンであった。




 しばらく進むと、魔物の鳴き声が聞こえてきた。ブキィと鼻を鳴らすような音なので、オークに違いない。


「ついに俺の出番だな! 魔物どもめ、魔剣ミスリルスライサーの錆にしてくれるわ!」


 ニッカの言葉に、リズも腰の剣を抜いた。


 パーティの前に現れたのは四匹のオークだった。向こうもこちらの匂いに気づいていたようで、すでに戦闘態勢に入っている。


 二人は左右に分かれて、オークの群れに突撃した。左から突っ込んだリズは、剣を振り下ろし魔物を袈裟切りにした。崩れ落ちるオークの奥から、ニッカが短剣を振り下ろす姿が見えた。


「くらえ! 疾風爆砕金剛烈破――斬ッ!」


 大仰な技名と共に繰り出された短剣は、オークの首元を深く切り裂いた。


 それぞれ一匹ずつ仕留めたが、まだ二匹残っており油断は禁物である。二人の隙をつこうと、オークたちが棍棒を振りかぶる。


 リズは剣を振るい棍棒を弾き返し、ニッカは素早くバックステップを踏み攻撃を躱した。オークたちは攻撃が失敗したため、体勢を崩してしまっている。その隙を逃さず、二人はそれぞれ反撃に出る。リズの剣が敵の胸に深々と刺さり、心臓を貫いた。


「金剛爆砕……疾風爆砕金剛烈破斬!」


 技の名前を間違えたニッカは、早口で訂正するとオークの首を切り飛ばした。ゴードンの手を借りることなく、魔物の群れを殲滅させることが出来た。


「ふん、俺にかかればこんなもんだな」

「なにが『こんなもんだな』よ。技の名前間違えてたくせに。分かんなくなるくらいなら叫ばなきゃいいのに」


 勝利に酔いしれるニッカを、クルールが小馬鹿にする。


「はぁ!? 技名を叫ばなかったら、力が入らないだろ!」


 信じられないという様子で、ニッカが肩をすくめる。クルールは呆れ顔で、リズに言った。


「こんなこと言ってるけど、技名叫ぶとか恥ずかしいよね? そもそも短剣振り下ろすだけなのに技にしてる時点でおかしいし」

「まぁ、名前を付けるのは分からないですけど、声を出すとおなかに力が入りますし、意味がないとは言えないかなぁと……」

「ほら! リズちゃんもそう言っているじゃないか!」

「声を出すことは効果があるかもしれないけど、だっさい技名は意味ないでしょ」


 リズの言葉に、したり顔のニッカであったが、すぐに論破されてしまった。


 ――申し訳ないけど、あの技の名前は私もどうかなぁって……


 そうは思っても口には出さないリズであった。

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