ススメ☆オトメ②

「いやぁ、このメンバーなかなかバランスがいいね」


 迷宮を歩きながら、シオンがニコニコ笑い、そう言ってきた。


「バランスがいい、ですか?」


 リズが聞き返す。


「そう。リズちゃんは剣士でしょ。それに楯役、魔法使い、僧侶のパーティに、僕らが弓使いに剣士。前衛後衛のバランスが取れてるよね」

「へぇ、そうなんですね。それにしても迷宮っていう割に、きれいに舗装されてますね」

「まぁ、迷宮に入ってすぐは整備されきってるからね。魔物も出てこないよ」


 足元は迷宮の入り口から続く石畳そのままで、壁には等間隔で明かりが灯されている。

 迷宮は下へ下へと続いているが、入ってすぐとその下の階までは、このように舗装されているとのことだった。しかし、そこから下の階は魔物のせいで舗装の作業が進んでいないらしい。


 シオンは弓使いで、クロは剣士だった。

 エルフは美男美女が多いと聞くが、シオンも例にもれず、金色の長髪はこの薄暗い迷宮の中では淡く輝いているのではないかと思えてくる。優しげな青い瞳はサファイアを思わせる。

 クロの方は、髪も瞳も真っ黒で新月の夜を思い起こさせる。吊り上り気味の瞳からは、少し近寄りがたいような感じもするが……。

 この二人は両方とも軽装だった。弓使いのシオンは革の胸当てと手袋しか装備していないのは理解できなくもないが、クロの方も金属製ではあるものの胸当てしか装備していない。本人曰く「避ければいいだけのこと」とのことだったが、胸当てのほかに、ガントレットとグリーブを装備しているリズには少し驚きであった。


 魔物のでる階層に向かう道中、戦闘の打ち合わせをしておく。基本的にリズとクロが前衛として魔物の足止めを行い、シオンが援護、ローグがレベッカとクオリアをかばいつつ、レベッカの魔法でとどめを刺す算段となった。


「じゃあ、ここから先は魔物が出てくるからな。気ぃ引き締めていくぞ」


 ローグが振り返って、声をかけてきた。目の前の階段を下りれば魔物の根城になる。迷宮探索はここからが本番だ。

 探索はローグを先頭にクロ、リズ、レベッカ、クオリアと続き、殿はシオンが務めることになった。

 階段を下りると、照明がないため一層暗くなった。多少、暗闇に目が慣れてきていたとはいえ、見通しが悪い。


「私に任せといてよ」


 レベッカはそう言うと「光よ。わが杖に宿りたまえ」と唱えた。すると、杖の先端に付いた水晶が淡く輝きだした。


「わぁ、すごいですね!」


 リズが驚きの声を上げる。


「まぁ、魔法使いとしては、これくらい朝飯前よ」


 レベッカを中心とした光源の範囲は広く、ローグが敵を発見してから、戦闘に移るには十分に思えた。これで探索が楽になりそうだ。


 しかし、いざ探索を始めてみると、緊張もあってか体力の消耗が激しい。少しの物音でも過剰に反応してしまう。大体は勘違いで、ローグやレベッカに笑われてしまう。

 おっかなびっくり進んでいると、クロが振り返って話しかけてきた。


「あんたさ。そんなに肩肘張ってたら、いざって時に動けねーぞ」

「うぐ。す、すいません……」


 みんな自分に合わせて最上層の探索に付き合ってくれている上、完全に足を引っ張ってしまっている。そのことに対して、リズは自分が情けなくて仕方がなかった。そこにクロの言葉が胸に刺さり、涙目になってしまう。それを見たクロが慌てふためく。


「お、おい!別に責めてるわけじゃねーぞ!やらかしちまったって訳でもねーんだからよぉ!」

「あー!クロくん、なに女の子泣かしてんのさー」


 シオンが後ろから非難の声を上げる。


「うるせぇ!そんなつもりじゃなかったってーの!……その、怒ってるわけじゃなくてだな、先頭のおっさんも俺も気を付けて進んでるんだから、気を張る必要がないってことだよ!」


 クロは、そう言うとぷいっとそっぽを向いてしまった。


「そこのオオカミ君の言うとおりよ。前の二人がちゃんと見ててくれてるから、この辺りなら魔物がいるって言われてから準備したって、大丈夫よ」


 レベッカが後ろから優しく声をかけてくれた。慣れている人たちとのパーティでよかった。これが初心者ばかりだときつかったかもしれない。


「気を使ってもらってありがとうございます。クロさんもありがとうございます」


 リズはクロにも礼を述べた。最初は非難されたと思ったが、その真意はリズを気遣っての発言だったからだ。クロは、振り向いてこちらを見た。その瞳は驚きで見開いている。


「べ、別に礼を言われるほどのことでもねーよ……」


 そう言うと、そっぽを向いてしまった。


 薄暗く窮屈な感じのする迷宮にも慣れてきた頃、クロが腰に差した剣を抜いた。反りのある片刃の剣が、闇夜を照らす三日月のように輝く。


「魔物がいる。ゴブリンだな。向こうはまだ気づいてないみたいだ」


 ローグが振り返る。


「俺には見当たらないが……?」

「俺は人間より耳と鼻が利くんだ。まだ見える距離にはいないけど、気をつけろ」

「こっちに向かっているのかい?」


 弓に矢をつがえながらシオンが訊ねる。クロの知覚能力を信頼しているようだ。


「ああ、近づいてきてる。五匹いるな。ここだと乱戦になりそうだ」


 今、リズたちが歩いている通路は広く五人ほど横に並んでも通れそうだ。ここで戦闘になれば、ゴブリンが五匹とも殺到してくるだろうとのことだ。


「まぁ、打ち合わせどおりで問題ないだろ。嬢ちゃんも、そう緊張しなさんな……ってのは無理な相談か」


 だが、ゴブリン五匹というのは、そこまで脅威ではないらしい。ローグも臨戦態勢に入ってはいるが、余裕がみられる。


「い、いえ!頑張ります」


 ロングソードを両手でしっかり握り、リズが答える。開戦すればリズが右から、クロが左から飛び出し切りかかる。ローグは二人の攻撃を受けず、魔物が後衛に向かってきた際の楯役。レベッカとシオンが後方から支援する。リズは事前の打ち合わせを反芻する。


「来たぞ!」


 ローグが声を上げる。ゴブリンを視認したようだ。クロが素早く飛び出す。リズも慌ててそれに続く。後ろから、レベッカの声が響く。


「光よ!先を照らせ!」


 その言葉を受け、杖の輝きが指向性を持ち、前方を照らし出す。

 クロの言ったとおり、ゴブリンは五匹いた。ゴブリンは最上層に最もよく現れる魔物だ。その身長は十歳ほどの子供と同程度だが、その緑色の皮膚は筋肉でせりあがっており、頭に一本の角を持っている。

 突然の眩しさに、ゴブリンたちは慌てふためき、状況を理解できていないようだ。反射的に目の前を腕で覆っており、得物の棍棒を構えているものはいない。リズはその中でも向かって右端の敵に切りかかる。


「やあぁぁっ!」


 掛け声とともに、振り上げた剣を振り下ろす。ゴブリンは袈裟切りにされ、倒れ伏す。再び剣を構え、その隣のゴブリンと向かい合う。敵は未だに奇襲に対し、理解が追い付いていないようだ。素早く剣を横に薙ぎ、その首を切り飛ばした。


「嬢ちゃん、やるじゃねぇか!」


 ローグが感嘆の声をあげる。どうやら戦闘は終了したようだ。リズがクロの方に目をやると、二匹のゴブリンの頭が体と別れを告げている。もう一匹は眉間から矢を生やし、仰向けに倒れている。シオンの手によるもののようだ

「はは、ありがとうございます」

「なんだか手馴れてる感じでしたね。前にも経験が?」


 クオリアがそう訊ねてくる。


「うぇ!? ……は、はい。わたし小さいころから剣術を習ってて、以前に魔物の討伐にも参加したことはあります」


 迷宮のような狭い場所での戦闘ではなかったが、故郷での経験が少しは役に立ったようだ。


「この調子なら、戦闘も問題ないようですね。とりあえず、戦利品でもいただきましょう」


 ゴブリンの角は加工が容易な割に頑丈であり、日用品としては裁縫針や釘などの原材料になるほか、矢じりや鎧の装飾にも用いられる。

 クオリアがそんなことを説明していると、ローグがゴブリンの角を二本こちらに渡してきた。


「ほら、お嬢ちゃんの取り分だ」

「え? 私が二本もらっていいんですか?」

「おう。大活躍だったからな。それに、初めての探索なんだ遠慮すんな!」

「で、ではお言葉に甘えて……。ありがとうございます」


 ローグから角を受け取り、それを眺める。冒険者としての初めての戦果だ。そうしていると、冒険者になったのだという実感がわいてきた。


 ――そうか……さっきは夢中だったけど、冒険者になったんだ。冒険者としてやれたんだ……。


 リズは、この二本の角が自分を冒険者として認めてくれた証のようで、安堵感と嬉しさが胸を満たしていくのを感じていた――。

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